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【怖い話】 おにぎりの家 【「禍話」リライト104】

 Aさんが、事故物件の内見に行った際の体験である。

 Aさんは旦那さんと息子さんとの3人家族。
 都会の方に引っ越しをすることになった。
 お子さんはまだ小さいものの、将来のことも考えて少し広い家の方がよいだろう、と考えていたという。

 広さだけではなく立地条件や職場との距離、周辺の環境に気を配りながら、いい物件がないか探していた。

 ある不動産屋に出向いて、何件か家を回っていた時のことだ。その日は息子さんも連れていたという。
「次の家なんですけれども」
 不動産屋の青年が言う。
「条件はAさんのおっしゃるのにピッタリで、価格もお手頃、ではあるんですが──ええっと、こちらの、物件でして」
 ファイルを開いてAさんに示した。データや間取りを記した紙が挟んである。

 一軒家で、2階建てだった。好ましい広さと大きさだ。立地もよかった。環境は? 閑静な住宅街で、これも悪くなさそうだ。
 だが、気になる点があった。
 やけに安いのだ。
 書き間違いではないか、というくらいの額だった。「お手頃」どころの金額ではない。

 はてな、と首をひねりながらAさんは尋ねた。
「ここって、他と比べてすっごく安いですよね? なんでですか?」

「あの、それがですね──」
 青年が言う。
「そのー、2階で、前の住人の方が亡くなってまして。それで安いんです」
「あ、そうなんですか。ご病気か何かで?」
「いえ、あの、」声をひそめる。「自殺ですね」
「えっ」

 事故物件ってやつか、とAさんは思った。

 事故物件。 
 厳密には「心理的瑕疵物件」のひとつである。

 借主・貸主に何らかの「心理的な」抵抗が生じる恐れがある要素
 (中略)
 自殺・他殺、事故死、孤独死
 付近の墓地、嫌悪を感じる施設の立地
 近所に居住する反社会的勢力(暴力団)の存在

(全国不動産協会 埼玉県本部サイトより抜粋)


「事故物件」とは俗称であり、上記の要素の一番目のことを指している。
 ははぁ、コレがそれなのか。怖い話で聞いたり読んだりしたことはあるけど──
 Aさんはファイルに目を戻す。
 実際に「事故物件」に出くわすのは生まれてはじめてだった。しかも探したわけではない。偶然の出会いである。
 
 お金には困っていないから、ここに住む理由はない。もちろん住む気もない。
 しかし興味を引かれた。

 不謹慎かもしれないが、どういう感じなんだろう、と気になってくる。
 独特の雰囲気があったりするんだろうか。
 妙に暗かったりするのかな。
 どことなく、違和感があったり──

 
 好奇心が膨らんでいく。

 絶対に住まない。
 住まないけれど、他の家を見て回る流れで立ち寄ってみるだけだ。たいした手間は取らない。

 それに不動産屋としても、見学すらない事故物件を抱えているのは困るだろう。
 内見がひとつ入るだけでも気分が違うのではなかろうか?
「あの家、内見が一件ありましたよ」「おぉ、そうか。まぁ簡単には売れないだろうけど、見てもらうだけでもなぁ」──みたいな。
  
 
 色々と考えた末に。
 Aさんはこの家を見に行ってみることにした。



 不動産屋の青年に案内され、息子さんの手を引きながら、住宅街の中にある家に向かう。
 夏の暑い盛りだった。外を歩くだけで汗が吹き出した。

 ぴかぴかの一軒家だったという。
「でもちょっとね、思ったんですよ。メッチャ綺麗に『直した』のかなぁ、って」

 門から入って、玄関を開けてもらう。屋内も新品同様に見えた。
 それまで巡ってきた家々には多少なりとも使用感があったが、この家はそうではない。
 人が居た痕跡を塗り潰したような綺麗さだった。

 玄関から上がって、人の気配のない廊下に目をやる。すると息子さんが、
「わぁ~、広くてキレーだぁ!」
 と言いながら、Aさんから離れてトテトテと勝手に歩きはじめた。新築同様の家に見えるので興奮しているらしい。
「ほらぁ、騒いじゃダメだよ」
 注意はしたものの、ぶつかりそうな家具や倒してはいけない物品もない。ガスや電気も来ていないから、危険はごく少ないだろう。
 不動産屋の青年も嫌な顔はしておらず、むしろ微笑ましいといった顔つきで眺めている。
 ──イタズラしたり、2階に上がったりしなければいいかぁ。

 それでも一応、Aさんは息子さんを呼び止めた。
「走ったりしちゃいけないよ」
「うん!」
「おうちの中を見て回ってもいいけど、危ないことしちゃダメだからね」
「うん!」

 Aさんの言葉に頷いてから、息子さんはこんなことを言った。

「あのねぇ! ここ、おにぎりの匂いがする!」

「え?」
 息子さんはくんくん、と鼻を鳴らす。
「おにぎりの匂いがする!」

 Aさんも意識して嗅いでみるが、これと言って特別な匂いはしない。
 子供なので鼻が敏感で、塗り直した塗料や柱の木の香りを「おにぎり」と言っているのだろうか?
 だが「ごはん」ではなく「おにぎり」だと言う。どこがどう違うのか。
 ──子供の言うことはわからないな、と思った。


 はしゃぐ息子さんに時折声をかけつつ、1階を見て回った。
 廊下、居間、座敷、台所、風呂にトイレ、どこも新築同様である。これであの安さとはやはり信じられない。
「では、2階に──」
 不動産屋の青年に促される。
 Aさんは息子さんに「おとなしくしててね!」と言い残し、青年と共に2階へ上がることにした。


 こちらが寝室です。まぁ別の使い方もできますが。
 ここが書斎です。
 こっちが物置ですね。
 青年は淀みなく丁寧に案内してくれる。
 最初は綺麗すぎる、と思っていた。
 でも見慣れてくれば気にならなくなる。

 そういえば、とAさんはふと思った。
 2階で自殺したとは聞いたけれど、どこの部屋かまでは聞いてないな──

 青年は最後に、廊下の一番奥のドアに手をかけた。
「で、こちらが和室となっておりまして」
 開けた。
 Aさんは中を見た。



「あぁ、ここだな」と思った。


 Aさんに霊感などはない。理由もない。
「ここだ」と反射的に思ったのだ。


 改めて室内を眺める。
 畳敷きの、ごくありふれた和室だった。
 やはり「ここだ」と直感させるものはまるでない。自分でも不思議に思った。

「あの、すいません」
 Aさんは青年の方を向いた。
「お話にあったお部屋って、ここですか?」

「えっ」
 青年の顔色が変わった。
「はい、そうなんですが。あの、もしかしてボク、何か」
 困った顔をしている。
 自分の態度に匂わせるものがあったのでは、と心配しているようだ。

「いや、違うんですよ」Aさんは首を振る。「あなたがどう、って言うのではないんです」
「あ。そうですか。失礼しました」
「すいません、変なことを聞いちゃって」
「何か、部屋に違和感でも」
「いいえ。綺麗なお部屋ですよ」
「変な匂いでもしましたか」
「いえ。ただ、何となくわかったと言うか」
「何となく、ですか」
「えぇ、そうなんです」
「…………」
「…………」


 沈黙があった。

 無言でふたり揃って廊下を戻り、物置や書斎や寝室を再び覗く。
 そうしてから廊下の奥へと進み、もう一度和室を覗いてみた。
 
 リフォームされている気配はあるものの、違和感はない。やはり「事故」のよすがは微塵もなかった。
 ドアを開けた瞬間には妙な直感が働いたけれど、よく眺めるとどうということはない。普通の和室だ。

 Aさんは和室に入ってみた。青年も続く。
 いい物件だな、いい家だな、と思いはじめていた。
「一軒家にこういう部屋がひとつあると、家族で住む時に余裕があっていいですよねぇ」
「そうですよね。何にでも使える部屋、というか。なかなかこういう『遊び』のある物件って、ウチだと扱いがなくって」
「そうなんですかぁ。物置でもいいし、布団を敷いてもいいし、趣味のスペースとしてもアリですよねぇ」

 Aさんと青年の間にあった緊張感がほぐれていく。

 その流れで、青年が「あぁ、そうだ」と部屋の隅へと足を向けた。
「この部屋、実は収納があるんですよ。屋根裏にあたる部分で──ちょっと待ってくださいね」
 部屋の隅にあった金属の棒を手に取り、天井の穴に引っかける。
 ぐっ、と引っ張ると天井板が斜めに下りてきて、木の階段が出現した。
「おぉーっ、すごいですねぇ」
「上も結構、モノが置けますよ。広いですし」
「へぇー」

 青年の言葉に促されるように、Aさんは木の階段を昇っていく。
 階段の途中で止まって、頭を屋根裏に突っ込んだ。
 屋根裏は真っ暗だった。
 こもっていた夏場の熱気がAさんの顔を撫でた。
 その瞬間、


「死ぬ」と思った。


 理屈ではない。
 ここにいては駄目だと思った。

 暗がりに獣が潜んでいるような。
 崖の先にひとりで立っているような。
 刃物を持った人間が潜んでいるような。
「ここにいると死ぬ」
 という猛烈な恐怖に襲われた。


 
 勝手に鳥肌が立って震えが来た。
 怖い。
 怖い怖い怖い。
 頭を抜いて急いで階段を降りた。

 降りると目の前に青年がいた。
 説明しようのない恐怖を気取られないように、
「あの、やっぱり閉め切ってたせいか、上は暑いですね!」
 Aさんは軽い口調で話しかけた。
「最近、暑かったですから! 屋根裏なんかすごい蒸してて。ほら、汗かいちゃって。ねぇ?」

 Aさんの言葉を、青年は黙って聞いている。
 さっきまでとは違う顔つきだった。
 探るような、不安そうな表情で、Aさんの方を見つめている。
「あの、この屋根裏って、何か」
「いえ、何もないですよ」
 青年は即答した。
「その──変な話なんですけどね?」
 階段を指さす。
「ここの収納はいらないので階段をふさいで下さい、ってお願いしたら」
「はいできます。全部無料でやります」
 言い終わる前に青年は答えた。


 この部屋の、あのあたりなんだな、とAさんは思った。
 前の住人が死んだのは、屋根裏か階段のあたりなんだろうな、と。
 それだけ考えて、あまり深く想像しないようにした。


 

 Aさん一家は当初の予定通り、その「事故物件」ではなく別の家を選んで引っ越した。
 何の異変もなく、平和に暮らしている。


 ただ。

 息子さんが時折、「行きたい行きたい!」とダダをこねるという。
 どこに行きたいの? と聞くと、その物件のあった区画を言う。

「あそこに行って、お兄さんと会いたい!」
 お兄さんと言えば、不動産屋の青年のことだろう。親しくしていた様子はなかったのに、彼のどこを気に入ったんだろうか。

 お兄さんと会ってどうしたいの? と尋ねる。
 すると、
「お兄さんと一緒にねぇ、おにぎりの家に行きたい!」
 と答えるのだという。


 ──その「お兄さん」は、あの不動産屋の青年なのだろうか。
 もしかして、別の「お兄さん」だったりしないだろうか。
 そんなことがふと頭をよぎったりするが、Aさんは深く考えないようにしている。



 ちなみにAさん御一家が引っ越した家は。
 件の「事故物件」から、歩いて5分ほどで行ける距離にある。




 

【完】
 

 

👻またまた! 本が出る!👻

 実用書と児童書でおなじみ、最近では『だいじだいじ どーこだ?』というすばらしい絵本がベストセラーになっている大泉書店さんから、シリーズ第2弾!
『Occult ーオカルトー ~闇とつながるSNS~ 2』が、11月27日(店頭発売)/29日(ネット書店発売)に出ます。 

 今回の表紙はメガネのイケメン。だ、誰なんだこのイケメンは……!
 全20話で、「禍話」からは前巻と同様、8話が参加。なんと余寒さんの「怪談手帖」からも1話、カチコミをかけております。子供に……怪談手帖を……? いいことだよね!(急変) 子供は妖怪とか好きだし! どんどん読んでもらったらいいね!


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☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 禍話インフィニティ 第十一夜 で紹介された体験談から、編集・再構成してお送りしました。
 なおセンシティブな内容だったため、投稿者・体験者ご両人に確認の上、放送時の内容から一部改変してあります。ご了承ください。


★禍話については、こちらもボランティア運営で無料の「禍話wiki」をご覧ください。
 先月末をもって、前任の管理人で、本サイトを制作していただいたあるまさんから正式に、聞き手の加藤よしきさんに管理が移譲されたようです。
 あるまさん、今までありがとうございました。お疲れ様でした。


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