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二進法の亡霊 【逆噴射小説大賞2021・没作品】

 山小屋の戸を蹴り開け、「動くな!」と叫んだ。
 思った通り、小屋の管理人がスマートフォンをニコライに渡そうとしていた。俺は銃を構え直す。
「その男に、スマホを触らせないでくれ」
「お早いお着きで」ニコライは俺の方に首を向ける。「ずいぶんお疲れのようだね?」
 返事の代わりに、差し出されたままのスマホを撃ち抜いた。
 ひっ、と管理人が逃げて隅で身を縮める。ニコライはおや残念、と言い腕を下ろした。
「下ろすな。高く上げろ。両手をだ」
 ニコライは手を上げない。俺に向き直る。うっすらと笑った。
「金属の弾丸では、私は殺せんよ」
「知ってるさ」
 片手で上着をめくって見せる。腰に差した箱形の銃。相手の顔が曇る。
「そいつは困るな。死んでしまう」
「あんたはもう死んでるだろ? 頼む、おとなしくしてくれ。ご家族の件は我々が」
「『死は死によってのみ償われる』、祖国の言葉だ」
 じり、とニコライが動く。動くな、と牽制する。
 何をする気だ。やっと僻地まで追い詰めた。山小屋に他に通信機など。

 奴の背後に、黒いものが見えた。
 黒電話──有線だ!

  奴が受話器を上げるのと、俺が銃を持ち替え発砲するのは同時だった。
 遅かった。一瞬で奴の肉体は溶けた。無数の0と1の砂塵と化し、受話器の中に吸い込まれた。

「クソッ!」
 黒電話に走る。追わなければ。だがジャンプしたのは5分前、俺の体は保つか?
「失礼」俺は隅で震える管理人に名刺を出す。「私が消えたあとで、ここに連絡を」
「消えたらって……あんた、何者なんだ?」
 俺はバッジを突き出す。
「FBIですよ。では、電話をお借りします」
 呼吸を整えた。
 大丈夫。いける。
 俺は腕につけた銀のリングを回した。
 全身が分解される感覚と同時に、受話器の中へと飛び込んだ。

 俺の肉体と精神は電子の波の中を飛ぶ。0と1に変換された心身に、激しく流れゆく0と1がピシピシと当たる。
 遠く、流れが人の形に乱れている所がある──ニコライだ。




【続く】

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