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【怖い話】 幽体離脱のあと 【「禍話」リライト108】

 幽体離脱という体験がある。
 眠っている時に体から、半透明の肉体や意識だけが抜け出て、寝ている自分を眺めていたり、部屋を俯瞰で見下ろしていたりする。
 そういう体験である。

 幽体離脱の怖い話となると、
「布団の中にいる自分のそばに黒い影がいた」
 とか、
「抜け出た自分を引っ張る手が」
 などというのがよくあるパターン、なのだが。

「そういうのじゃないんッスよねぇ」
 Xくんは言う。
「あっ、最初に言っておくとこれ、深く聞けなかったもんで、オチとかはないんですよ──それでもいいッスかね?」
 特に構いませんよと言うと、彼は話しはじめた。


 小学校の林間学校での話だという。
 夜、十人ほどが布団を敷いた大部屋で、「怖い話でもやろうか」ということになった。

「まぁ男子ばっかりですから、こういう謎の肝だめし展開とか、よくあるでしょ? それがどういう流れか、」

 自分の体験談だけ、という縛りが設けられた。

「最初に話したふたりが、口裂け女とか学校の怪談みたいなので誤魔化したせいだったかなぁ」

 それ知ってるよ、有名なやつじゃん、つまんねぇー、という声が上がって、「じゃあ、マジの話だけにしようぜ」となってしまったらしい。

 小学生による自身の体験の怪談、というのはなかなか厳しいものがある。
「オバケが出てこなくても大丈夫?」「ビックリしたことでもいい?」「夢の話でもいいかなぁ」などと、ゆるゆるになっていった。
 Xくんにもそんな体験はなかったから、変な夢の話でお茶を濁した。

 そんな中。
 Jというヤツの番になった。
 Jはクラスでもリーダー格、ガキ大将といった立ち位置の少年だった。
 ガキ大将と言っても気さくでおおらかで、皆に好かれていたそうである。

 そのJが、「う~ん」と唸って腕を組み、
「これって夢なのか、不思議な話なのかわかんないんだけど、それでもいいか?」
 首をひねりながら言う。 

 Xくんを含めた周囲の人間は
「おお、いいよいいよ」
「実体験なら何でもいいから」
「ほんとの話なら大丈夫だよ。喋ってみてよ」
 と肯定して、Jを促した。

 Jはそうかぁ、と呟いてから、こんな話をしはじめた。



「こないだの夜なんだけど、オレ、家で寝てたんだよな。自分の部屋で。
 で、夜にフッと目が覚めたら──屋根裏部屋にいたんだよ。
 家の2階の上にある、広いけどほとんど使ってない、物置みたいな部屋なんだけどさ。
 それで、部屋の中に立ってたんじゃないんだよ。座ってるわけでもない。
 こう──宙に浮いてたんだよな。うつ伏せでさ。体が軽くて、ふわふわしてんの。
 最初は面白ぇなと思ったんだけど、ふわふわしてるのって落ち着かないんだよ。
 やだなぁ。下りらんねぇかなぁ。夢なら覚めればいいのになぁ。

 そう考えてたら──

 自然に体が縦になって、足からスーッと下がってってさ。部屋の床に着地したんだ。
 それで、すげぇイヤなのがさぁ。足の裏に感覚があったんだよ。
 床板の冷たさとかもわかるし、ホコリが溜まってるから、足の裏に柔らかい感じがあって。
 ちょっとだけ動いたら、木の床の──木目? あのざらついた感じも伝わってきて。
 余計に落ち着かなくてさ。なんだこれ、と思ってたら目の前が真っ暗になって。
 で、気がついたらベッドの上だったんだよ──っていう、俺の変な体験」


 ……………………。


 話し終えた途端に、周囲から
「それ、ユータイリダツじゃね?」
 という声が上がった。


 小学生でも「幽体離脱」くらいは何となく知っている。Xくんも怖い本で読んだ記憶があった。
 うわぁ凄いじゃんという感嘆と、怖いなぁマジであるんだなぁという怯えが飛び交う中、当のJくんはぽかん、とした表情をしていた。

「えーっ、だって幽体離脱ってアレだろ? 魂が抜けて、自分を見下ろしてるみたいな」
 そう言うJにXさんは「いやいや」と応じた。
「お前の場合さ、魂が抜けすぎて、天井とか床とか突き抜けちゃったんだよ」

 他の連中もそうだそうだ、と言う。
「天井とかマジで抜けられるんだな。わぁ、俺ドキドキしてきた」
「家を抜け出して隣町に飛んでいくなんて話も読んだことあるぜ」
「マジで? お前もうちょっと頑張ればイケたんじゃねぇの?」
「Jも浮いたままさ、壁とか触ってみたらよかったのに」
「そうだよ。壁をスーッって抜けてたらチョー面白かったじゃん!」


 自分たちの身近にあの「幽体離脱」の体験者がいるのだ。。みんな興奮していた。
 浮わついた空気の中、当事者であるJは釈然としない顔つきのままだった。
「そうかなぁ? これが幽体離脱なの? そうなのかなぁ」
 と、いつまでも合点がいかない様子だった。


 ある程度は盛り上がったものの、当人が戸惑ってばかりだったので、興奮はさほど長く続かなかった。 
 次のヤツが話し、また次のヤツが話して、ほどほどの怖さが部屋に漂ったあたりで、怖い話会はお開きになった。


 電気を消して、みんな布団に入る。
 Xくんの隣にはJが寝ていた。

 Xくんは先ほどの話で、ちょっと気になっていたことがあった。
 消灯して、あちこちから寝息が聞こえてきた頃に、Xくんは隣に声をかけた。
「なぁJさぁ、起きてる?」
「ん? 起きてるけど」
「あのさぁ──」

 Xくんが気になっていたのは、Jの話の「床に足がついたときの感触」のあたりだった。

「大人になってから思い返すと、そういうディテール? 細かいところのリアルさに心を掴まれたんッスかねぇ。うわっ怖い、って」

 と現在のXくんが付け加える。

 他の奴らが話したものは正直「作り物」っぽかったけれど、Jの話のそういう部分には「実話」らしさが宿っていた。

「さっきの、幽体離脱みたいな話、あったじゃん」
「うん、幽体離脱みたいなやつね。それが?」
「あれって、ほんとの話なの?」
「本当だよ」

 隣にいるJは事もなげに答えた。

「体が下りてって、足が床について、ホコリっぽかった、って言ってたのも」
「うん。ウソじゃないよ」
「本当に裸足で、屋根裏部屋に立った、みたいな感触だったんだろ?」
「そうそう」
「そうなんだ──あっ、じゃあさぁ」
 Xくんはあることを思いついて、尋ねてみたくなった。
「お前、確かめに行ったりはしなかったの?」
「うん?」
「そんなにリアルな感触だったならさ、屋根裏部屋に自分の足跡がないか、見に行ったりしなかった?」

「あ~、それがさぁ」
 暗い部屋、隣の布団から声が返ってくる。
「確かめに行ったんだけど、いっぱいあって、わかんなかったんだよ」

「え?」
 Xくんの思考が止まった。

「だからさ、屋根裏の床に、大きい足跡とか小さい足跡がいっぱいあって、どれがオレの足跡かわかんなかったんだよね」


 それだと、確かめようがないだろ? 
 闇の中から聞こえるJの声は、普段と同じ調子だった。


 Xくんはものすごく怖くなって、生返事をしてから布団に潜り込んで、そのまま無理矢理に寝た。


 翌日もそのまた翌日も、何事も起きなかった。
 今に至るまでXくんにもJにも、なんの異変も現象も起きていない。

 Jとはその後もひととおり付き合い続けて、高校で別になった。
 とてもいいヤツだったとXくんは言うのだったが、

「自分の家の屋根裏部屋に足跡がいっぱいあった、なんてことを、ぜんぜん怖がりもせずに言うってのは──ねぇ?
 時々、思うんですよね。もしかしたら普段付き合ってる友達や同僚が、見えない部分でこう、大きくズレてたりするんじゃないか、って。
 Jとはまだ間接的には繋がりはあるんで、聞こうと思えば聞けますけど。でもそれって──イヤじゃないッスか」

 突っ込んで尋ねてみて、もっと怖いことを言われたりしたら、どうしようもなくなるでしょ。


 だから、これだけの話なんです。
 オチはないんです。

 Xくんは静かに話を結んだ。




【完】



☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
「禍話インフィニティ 第三十三夜」
より、編集・再構成してお送りしました。


★禍話については、こちらもボランティア運営・完全無料、検索もできる「禍話wiki」をご覧ください。


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