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真夜中の檻

 小型の護送車が横転していた。
 夜の山道のど真ん中だ 。あやうく激突しかけた。私は車を降りた。ボロのコートではひどく寒い。
 ヘッドライトに照らされた車体に近づいていく。前方が潰れていた。砕けたガラスが靴の下で鳴る。

「止まれ」と声がした。
 車の陰から腕が伸びている。手には銃、テーザーガンと一目でわかった。
「抵抗するな。いいか」
 私はあぁ、と答えた。

 姿を現したのは、長い黒髪の青年だった。
 病院着で、頭から血が垂れている。裸足だ。
「悪いけど、乗せてもらうよ」
 私は首を振った。
「これじゃあ通れない」
「そうか。わかった」
 空いた手を護送車に当てる。
 腕が一瞬で丸太のように太った。
 一気に押し出す。
 車は谷へ落ちて、数秒後にかすかな衝撃音がした。
「……驚かないんだな」
 青年の腕は元に戻っている。
 私は答えなかった。

 車に乗り込むと、青年は銃を胸元に入れた。
「おとなしくしてくれよ?」
 目で促され、私は車を出した。


 峠を下りていく。
 エアコンの熱風を浴びて、青年はあぁ、あったかいな……と呟いてから、こちらを向いた。
「あんた俺にビビんないね。研究所の人じゃないよな?」
 私は無言だった。
「これ、高い車だよな」天井を叩く。「あんたの服に釣り合わないけど、」
 アクセルを踏む。エンジン音が上がる。窓の外の木々が後方へ飛んでいく。
「おい、危ないよ」
「急いでる。11時には街に着きたい」
「街か。じゃあ俺はその手前で」
「いや、一緒に行ってもらう」
 青年は鼻で笑った。
「あんた、自分の立場を──」
 言いかけて、口をつぐむ。
 異音の方向に目をやる。
 後方、トランクの中。
 身をよじる音とくぐもった叫び。目を覚ましたらしい。
「──何を積んでる?」
「女をひとり。それとこれを山ほど」
 私はコートを開いて、腹に巻いた束を見せた。
「F5だ。1キロ範囲が消し飛ぶ」
 青年の顔に怯えが走った。
「街に、何をしに行くんだ」
「人殺しだよ。50人ばかりな」
 女がトランクを激しく蹴りはじめた。



【続く】


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