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#132 東京が教えてくれたこと

東京に来ている。東京学芸大学附属世田谷小学校の研究発表に参加するためだ。私はヒップホップ研究所というラボを参観する。ジャパニーズヒップホップ黎明期と中学時代がシンクロした私にとって、ドンピシャなラボである。担当教員に、「私は人間発電所を聴いて多感な中学時代を過ごしたんです!」とマニアックな話で突撃したいと目論んでいる。


心は踊っているが、実は、足取りは重い。勤務校でちょっと重めの案件があり、来週頭に6年生に対し、説話をしなくてはならくなったからだ。卒業を間近に控えた6年生が、悪しき集団心理のベクトルに導かれ、スクランブル状態に陥ってしまったからだ。私は教務主任であり、担任ではない。自分がそこに入って何を語れるのか。語ったところでどうなるのか。東京に来る前から、脳内の中心はそのトピックでいっぱいだった。もっと言うと、東京についてから、原宿通りを歩いているときも、そのトピックが重くのしかかっていた。

本日の宿は渋谷である。私は生粋のドミニスタであるから、基本出張の時はドーミーインにしか泊まらない。慣れない東京、スマホのマップを頼りにドーミーに向かって歩を進めていると、渋谷のスクランブル交差点に差し掛かった。多様な人種、多様な言語、多様な年代。何故か、ここで天啓が降って来たのである。僥倖とでも言うべきか。


「この中に俺のことを知っている人は1人もいない。そして今後関わることも一切ない。とどのつまり、今現在の関わりは一時的であり、非常に局地的なものであるのだ。どうにかしようと思うこと自体がおこがましいのであり、相手に委ねるしかない。環境が変われば、その環境に応じた形態に変容するのであって、打てる手立ては一つしかない。」


してほしくないことは、してほしくないと伝える。東京に出てくる前は、なんとかしてこの状況を打開しようと、感情論によった説話をしようと脳内で脚本を制作していた。しかしそれは悪手であることに気付いた。変わるか変わらないかは相手次第。未来永劫付き合っていくわけではないのだから、最終的な選択は相手に委ねようと決めた。


今からドーミー名物の夜鳴きそばを食べに行く。そこで一緒にそばをすする人も、今後関わることがない人たちである。今、同じ時を過ごしている児童も、無責任な言い方をすれば、お互いに一過性のもの。通りすぎていくものなのだ。話し合うテーブルは用意してある。そこに座るか座らないかはあなた次第というスタンスが、お互いに健康的なのだと思う。

明日の研修会は午後からだ。明治神宮は個人的なパワースポットなので散歩でもしてこようと思う。そこでまた新たな天啓が降ってくるかもしれない。てか、東京、控えめに言って最高。最後に韻を踏んじまったい笑。

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