【魔拳、狂ひて】構え太刀 四

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 深夜の森の中に、一つの赤い光が灯っていた。
 焚き火である。
 火の勢いは、強くも弱くもない。程よい勢いの炎が、パキパキと音を鳴らしながら、薪を燃やしていた。
 その焚き火の周囲を、三つの人影が囲うように、胡坐をかいて座っている。
 人影の正体は、三人の剣士を斬殺した、あの構え太刀三兄弟であった。
 
「──で、兄貴の方はどうだったんだ? 草間とか言ったっけ。実際強かったのかい? それともハズレ?」
 剣次郎が、剣一郎に問い掛ける。
 その顔は、葉山と剣を交えた時と同じ、にやけた表情であった。

「うむ。確かに、纏っていた雰囲気は、過去に闘った猛者共に近いものではあったが、腕は彼らよりも劣っていた。少しは楽しめるかと思ったのだが、一瞬で終わってしまった」
 剣一郎は、無表情のまま返答する。
 言葉の節々から、落胆の思いが現れていた。

「……ひょっとして兄貴さァ、『|空太刀《からだち》』使っちゃった?」
「いかにも。一太刀目から全力で振らせてもらった。」
 神妙な顔で再び尋ねる剣次郎に、剣一郎は澄ました顔で答える。

 そのやり取りを横で聞いていた剣三郎が、大声で笑った。
「がはははは! 相変わらず一郎兄者は容赦がないのう! その草間とかいう男が可哀想になってくるわ!」
「オイオイ兄貴ィ、サブの言う通りだぜ? 兄貴が初っ端から本気出しちまったら、楽しむ間もなく終わっちまうんだからよォ!」
 剣次郎が、苦笑いしながら窘める。
 剣一郎も、それにつられるように苦笑した。
「フッ……確かにな。しかし、かつて我々が剣を交えた者の中には、空太刀を難なく躱す者もいた。草間という男も、生ける伝説と称される程の腕前を持っていると耳にした。故に、最初から全力をぶつけてみたのだが……期待外れだったな」
 そう言って、肩をすくめた。

 ──彼らが口にする『空太刀』とは、剣一郎の得意とする技である。
 己の体内で練った妖気を刀に宿し、それを振ることによって旋風を発生させる。それにより、遠い間合いの相手をも斬り裂く事が出来るのである。
 草間との立ち合いの際に、彼の両足を切断した技が、それであった。

「次郎兄者よ、そちらの方はどうだったのだ?確か、我らが別行動をとる前に『武者震いが止まらねェ!』とか言いながら、実に楽しみにしておっただろう」
 今度は、剣三郎が問い掛けた。

 その問いかけに対し、剣次郎は、退屈そうな表情で語り始めた。
「ああ、ダメダメ。最初は結構面白かったんだけどよォ、一回斬り付けたらビビって、守りの姿勢になっちまってさ。それからこっちの攻撃だけで、あっさり終わっちまった。喧嘩っ早いヤツだって聞いてたんだけどなァ……」
 そう言って、溜息をつく。
 その様子から、剣一郎以上に落胆していることが伺えた。

 そんな次男の姿を見て、長男と三男が笑った。
「フッ……大方、立ち合いの最中に熱くなり過ぎて、葉山とか言う男に猛攻を仕掛けたのだろう。お前は途中から、加減が出来なくなるきらいがあるからな」
「がはは! 以前も、そのようなことがあったな! 確かその時は、次郎兄者の気分が高揚し過ぎて、相手を挽肉に変えてしまったが……もしや、今回もそうだったのでは?」
「あっ、やっぱ分かっちゃう? そうなんだよなァ……テンション上がっちまうと、どうも歯止めが効かなくってさァ……」
 そう言って、右手で頭をポリポリと掻いた。

「剣三郎の方はどうだったのだ?確かお前の相手は、新潟の木寺順平だったな」
 剣一郎が、剣三郎に向き直って問い掛ける。
 剣次郎も、弟の巨体に顔を向けた。

「おう、俺の方も兄者達と一緒だったぞ。冷静で鉄のような意思を持ち合わせた男だと噂されていたが、俺の怪力の前では敵ではないわ! 全く、あと少しばかり根性を捻り出してくれれば面白かったものを!」
 鼻息を荒くしながら、そう語った。

 剣三郎は、噂に聞く木寺順平という剣士に、期待を寄せていた。
 木寺ならば、己と剣と正面からぶつかってくれるのではないかという、ある種の希望を抱いていたのである。
 故に、剣三郎には、為す術もなく殺された木寺が許せなかった。

 そうやって憤慨する末弟の姿を見て、剣次郎は大笑いした。
「ギャハハハハハハハハ! バーカ、お前の怪力に耐えられる人間がいるわけねェだろうが!!」
「剣次郎の言う通りだ。我らでも、稽古の時にお前と競り合うのは一苦労するのだ。いくら凄腕の剣士と言えども、相手は只の人間だ。一瞬で刀ごと斬り裂かれるに決まっている」
 剣次郎に続いて、剣一郎はそう言った。
 そして静かに、焚き火に新たな薪をくべるのであった。

 その後も、兄弟達の語らいは続いた。
 一人が言葉を発すれば、二人は黙って耳を傾け、その後返答する。
 その光景は、遠目に見れば、三人の男性が普通に談笑しているように見えるかもしれない。
 しかし、彼らの話題は、そして彼らを取り巻いている空気は、明らかに普通ではない異質なものであった。
 まるで、人間の皮を被った別の『何か』が会話をしているような──そんな雰囲気であった。

 ──実際の所、彼らは人間ではなかった。
 彼らの正体は──『妖怪』。
 数百年ほど前に、この日本で誕生した、人為らざる存在──『構え太刀』であった。

 ──彼らはかつて、日本各地を回り、多くの剣士達と剣を交えていた。
 そして、その幾多の強敵達を打ち倒し、命を奪ってきたのである。
 そうすることによって、彼らの中の闘争本能と殺戮衝動は満たされていた。
 また、死闘の中に、『多くの人間の剣士と闘い、そして殺す』という、己の存在意義を見出していた。

 数多の猛者達と渡り合う中で、彼らの剣の腕は、次第に洗練されていった。
 そして遂には、そこらの剣士の腕では太刀打ち出来ない程の強さになってしまったのである。

 しかし、三兄弟にとって、それからの日々は退屈なものであった。
 以前のように、凄腕の剣士と立ち合っても、相手は彼らの剣技に対応出来なかった。
 彼らは楽しむ間もなく、相手を瞬殺してしまう。
 時には、彼らの噂を聞きつけた血気盛んな剣士が、勝負を挑んでくる事もあった。
 彼らはその度に、『我らを圧倒するような力を持った剣士なのではないか』と、淡い期待に胸を膨らませた。
 しかし、蓋を開けてみれば、威勢が良いだけの三流剣士で、一太刀目で物言わぬ肉片と化した。
 そして、その無残な遺体を見下ろした後、彼らは大いに落胆したのであった。

 そんな退屈な立ち合いが、彼らの新たな日常となった。
 何の刺激も無く、何も得るものがない、一方的な勝負。
 それを繰り返していく内に、明確になっていたはずの彼らの存在意義は、ぼんやりとしたものになってしまった。
 三人にとって、それは耐え難い苦痛でしかなかった。

 ──そして彼らは、ある決断を下した。
 それは、数百年の間眠りにつき、強敵が現れる時を待つ事であった。
 数百年という時間さえあれば、剣術は更なる進化を遂げるであろう。
 そして、人間の剣術家達の水準も、大きく向上しているに違いない。
 そう信じて、彼らは眠りについた。

 そして一年前。
 彼らは永きに渡る眠りから目覚め、現代の日本に甦ったのである。

 彼らが目覚めて最初に行ったのは、人間社会に溶け込む事であった。
 その中で、三兄弟は現代の剣術家達の情報を集め、それぞれが誰と立ち合うかを決めた。
 長男・剣一郎は、生ける伝説と称される剣士──草間進太郎と。
 次男・剣次郎は、血気盛んで勇猛な、己と近しいものを感じさせる剣士──葉山修一と。
 三男・剣三郎は、長兄のように冷静沈着で、冷徹なまでの意志の強さを持った剣士──木寺順平と。
 
 立ち合いに向かう前の三人は、それぞれ、期待に満ち、生き生きとした表情をしていた。
 自分が立ち会う相手が、どれ程の実力を秘めた剣士なのか。
 現代の剣術が、どれ程までに進化を遂げたのか。
 遠足を待ち侘びる子供の如く、期待に胸を膨らませていた。
 再び三人が集った時、それぞれが闘った相手の事を話そう。
 そして、それぞれの武勇伝を、誉れ高く語ろう。
 そう約束し、三人は別れたのであった。

 しかし──再会した三人の様子は、これであった。

 先程まで、物足りない心を誤魔化すかのように、話に華を咲かせていた3人であったが、不満を覆い隠すことはできず、徐々にその表情は曇りつつあった。
「全く……人間とは、ここまで弱い生き物だったのか!? 我らにいらぬ期待を持たせおってからに!」
 剣三郎が忌々しげに言葉を漏らす。
 そして、力任せに枯れ木をへし折る。

「数百年も経ちゃァ、人間共もちったァ成長すると思ったけどよ……結局は、無駄な時間を割いちまったってワケかよ……」
 剣次郎も苛立った表情をしながら、剣三郎が折った薪を手に取る。
 そして、投げやりに薪をくべた。

「とは言え、このままでは、数百年という時間を無駄にした我らが報われん。この際、剣士でなくとも良い。どこかに、我らと対等に闘うことの出来る強者はいないものか」
 剣一郎はそう言うと、腕を組み、目を伏せた。
 それに続くように、弟たちも腕組みする。
 しばらくの間、三人は唸りながら考え込んでいた。

「ん~~~~~~……。……あ、そうだ」
 しばらくして、剣次郎が、膝をポンと叩いた。
「どうした剣次郎。誰か、死合うに値する強者でも知っているのか?」
「おお、次郎兄者よ! 我らにも教えてくれ!!」
 剣一郎と剣次郎が食いつく。
 剣次郎は、兄弟たちの中では悪知恵が働くほうである。
 その為、何か作戦を考える際に、剣次郎の思い付く策は重宝されていた。

「へへっ、それなんだけどよォ……」
 勿体ぶるように少し間を空け、剣次郎が口を開く。
 それから、兄と弟の顔を見回して、考えを打ち明けた。
「『|退魔師《たいまし》』と|闘《や》る……ってのはどうだい?」

 ──退魔師とは、妖怪や悪霊などと闘う事を職とした人間である。
 彼らは妖怪たちと同じく、遙か昔から存在しており、現代にも、妖怪退治や悪霊祓いを行う退魔師がいた。

「退魔師、だと?」
「次郎兄者よ、何を考えておるのだ?」
 剣次郎の考えを聞いて、剣一郎と剣三郎が怪訝な顔をする。
 次男が考えていることが、二人には全く理解出来なかった。

「剣次郎よ。我らが眠りにつく以前に、俺が一度、退魔師と闘おうと提案したことがあったな。だがその時、退魔師には楽しめそうな輩がいないからと反対したのは、他ならぬお前だったではないか」
「ああ、俺もよく覚えてるぜ。だけどな兄貴。風のうわさで聞いたんだけどよ。現代の退魔師の中には、えげつない手を使って、俺らを退治する奴がいるらしいぜ。そういう奴とだったら、結構俺らも楽しめるんじゃねェかな」
 ワクワクしながら、剣次郎が語る。
 その瞳には、期待が宿っていた。

「むう……。だが、次郎兄者よ。我らが出向いて、その退魔師共と立ち合ったとしよう。しかしそいつらが、今回の剣士達のように、取るに足らん木端共だったのでは話にならんぞ。一体、誰と闘うつもりなのだ?」
まだ納得していない様子で、剣三郎が問い掛ける。
その顔を見て、剣次郎はニヤリと笑った。
「ああ、まだ誰とってのは考えてないんだけどよ。現代の退魔師ってのは、強い奴もそこそこ多いが、腰抜けも多いらしい。なんでも、自分の力じゃどうにも出来そうにない妖怪には喧嘩売らねェで、自分が何とか出来そうな奴だけ相手にするんだ。……そこで、俺は考えた!」

 そこで一旦言葉を区切り、剣次郎は堂々と立ち上がった。
 そして、声高らかに言い放った。
「俺たちの手で、腰抜けのへなちょこ退魔師が尻尾巻いて逃げ出すような、でっかい事件を起こしてやるのさ! そうすりゃ、相当強ェ本物の退魔師が誘き寄せられて、俺達を退治しにやって来るってワケだ! どうだ!?」
そう言うと、剣次郎は自信満々の笑みを浮かべた。

「おお! 次郎兄者よ、それは妙案だ!」
「なるほどな。ふむ、暇潰しがてら、やってみる価値はあるかもしれん」
 剣次郎の案を聞き、剣三郎が肯定の意を示す。
 少し考え込んでから、剣一郎も同意した。

「しかし次郎兄者、でかい事件を起こすと言っても、我らに出来るのは剣術のみだ。一体、何をやらかすつもりだ?」
「そりゃァお前、人間共を殺しまくるに決まってンだろうが。まァ、俺もまだ詳しいことは考えてねェんだけどよ……」
 そう言って、剣次郎が苦笑いを浮かべる。
 思い付いた勢いで口走ってしまったのだが、具体的な内容は全く考えていなかったのである。

「フン……それならば──」
 口を開いた剣一郎に、二人の弟が注目する。
 そこで剣一郎は、妖怪らしい邪悪な笑みを浮かべながら、語り始めた。
「こういう案は、どうだ?」

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武田道志郎

魔拳、狂ひて

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