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【自然の郷ものがたり#20】この風景を後世に残すために【写真企画】

阿寒の風景をめぐる

阿寒湖畔から、遠く雄阿寒岳を望む

野鳥がさえずる湖畔を歩くと、開けた空に雄阿寒岳の姿。

「ようこそ阿寒へ」と両手を広げるように裾野を伸ばしています。穏やかな波が打ち寄せる湖には、特別天然記念物のマリモが育ち、アメマスやニジマス、ワカサギなど多くの魚たちが釣り人たちを楽しませます。一刻一刻と表情を変える湖を眺めていると、時が流れるのも忘れてしまいます。

温泉街の営み、阿寒の文化が生まれる場所

湯けむり香る温泉街を歩くと、あちらにもこちらにもお土産屋さん。カラフルな看板に「木彫り」や「民芸」の文字が溢れ、鹿の角や、アイヌの伝統模様が彫られたキーホルダー、ご当地グルメなどが並んでいます。

見ているだけでも心が踊る温泉街には、アイヌのルーツをもつ人々や、昔からこの地で暮らしている人々、阿寒湖の文化や自然に惹かれて移り住んだ人々のお店が混じり、新しい阿寒の文化を発信しています。

苔生す森が支える生命たち

賑やかな温泉街を抜け、少し車で走ると、阿寒湖の驚くほど近くに深い森があることに気が付きます。アカマツなどの針葉樹とシラカバなどの広葉樹が混ざりあう静かな森に、クマゲラのドラミングやエゾジカの鳴き声が響きます。

苔生す倒木には次の世代の木が根を張り、静かに世代交代を行っています。豊かな森の植生は、昆虫や他の生き物たちに住処を与え、阿寒エリアの豊かな生態系をつくりだしています。

阿寒富士山頂より、大地の鼓動を感じて

岩場を登り、あがる息。阿寒富士山頂まではあと少し。胸の鼓動を抑え、最後の一歩を踏み込むと眼前には、雌阿寒岳から立ち上がる噴煙と、その向こうに阿寒湖、そして雄阿寒岳の姿が。立ち込める硫黄の香りに、大地の鼓動を感じます。

阿寒周辺はかつて大火山帯でした。これらの火山活動の恩恵として、ふもとでは温泉が湧き、温泉街の暮らしがつくられてきました。

阿寒の風景を守ってきた人たち

前田一歩園財団の成り立ち

森と山と湖が織りなす美しい阿寒の風景を「前田一歩園」の名前を抜きにして語ることはできません。1906年、日本の殖産興業の父とも称される前田正名さんは、地域の産業活性化に尽力すべく、阿寒の国有未開地の払い下げを受けてこの地を「前田一歩園」としました。

牧場経営や豊富な森林資源を元にした造材事業が始まり、馬牧場の造成のため相当強い伐採が行われましたが、正名さんは次第にその自然の美しさに「この山は伐る山から観る山にすべきである」と語ったと伝えられています。それを受けた息子の2代目園主・正次さんは「原生の森に戻す」考えを明確にし、その思いを受け継いだ正次さんの妻で3代目園主・光子さんにより、牧場跡地の植林や天然林の再生など、原生の森の姿を目指した「復元の森づくり」が始まりました。

戦後の木材需要や森林開発の危機を乗り越え、1983年に一歩園は財団法人化、阿寒の自然を後世に残す仕組みがつくられました。

森づくりの基本

「復元の森づくり」に向けて具体的な森づくりに挑んだのが、初代財団常務理事である新妻栄偉(にいづま・さかえ)さんです。「自分の足で歩き、自分の目で見て、森と語り、森を知る」ことを大事にし、職員とともに全森林をくまなく歩きました。自然との調和を図りながら、森を育てるために木を伐り、木を植え、林道を造りました。

このような長年にわたる森づくり経験の蓄積、さらに東京大学北海道演習林の林長だった高橋延清先生をはじめとする専門家の方々の意見を元に作られたのが、現在の前田一歩園の森づくりの基本方針です。森づくりの考え方と技術は未来に向けて、代々引き継がれています。

前田一歩園 3代目園主・前田光子さん

森づくり6つの方針

1.樹木を伐採する際、森林環境を大きく変化させないよう配慮する(皆伐を行わない)
2.原生の姿に近づける(山全体で針葉樹と広葉樹の割合を70:30へ誘導する)
3.烏や動物の住みやすい森とする(大径木、景観木、烏獣の営巣木、貴重木などは努めて保全する)
4.マリモ生息地や烏獣棲息地を守る(川のそばの木はできるだけ残し、水辺の環境を保全する)
5.針広混交の複層林に誘導する(人工林の上木と天然稚樹を保残育成する)
6.木の無いところには木を植える(更新不良地には植え込みを行う)

前田一歩園で行っている4つの事業

森林保全事業
阿寒湖を取り囲む約3600haの森林において、風致景観や野生動植物の生息・生育環境に配慮しながら、森林の多面的な機能の強化・充実を図るため、人工林の保育や天然林の改良、エゾシカ被害対策などの事業を行っています。

自然普及事業
優れた自然環境の保全と適正な利用が促進されるよう、自然環境に関する調査研究、自然観察会、自然セミナー、保全活動に対する助成や顕彰などの事業を行っています。

土地貸付事業
阿寒国立公園特別保護地区(湖畔は集団施設)および保安林に指定されている所有地を、地域の生活基盤の安定や観光振興などに寄与するため、ホテルや公共施設、一般住宅地などとして、有償あるいは無償で貸し付けを行っています。収益は森林保全事業と自然普及事業の財源となります。

温泉事業
阿寒湖温泉のホテルや公共施設などに、良質な温泉を供給する事業を行っています。収益は森林保全事業と自然普及事業の財源となります。

執筆:百目木幸枝
写真提供:前田一歩園、ニュー阿寒ホテル、國分知貴、崎一馬、中道智大、名塚ちひろ

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