メメント・モリ

ラテン語で「死を忘れることなかれ」的な意味だった気がする。

つい昨日ラノベゲームの一つの√をやり終えて、ふとメメント・モリという言葉が思い浮かんだ。(√の中身が良い時ほど終わった時の脱力感がすごい)

これに似た意味で「蠍座カレンダー」という話があるのだが、その話の中にも「人はみんな生まれた瞬間に蠍に刺された。いつ毒が回ってくるのか、誰も知らない。毒を回避するために誰かを恨んだり殺したりできない」というフレーズがあった。

何が言いたいかというと、若いと身近な人の死という部分に対して目を背けたり、知らないふりをする部分があるのかなぁということである。(蠍座カレンダーの場合は、死の対象は自分だが)

小説でも、ライトノベルゲームでも、どんな話でも、その人物を知れば知るほどいなくなった時の脱力感がすごいものになるのだろう。多分現実でも同じだと思う。その死によってもたらされる傷が癒えるのには、時間がかかる場合が多い。

また、親しくなればなるほど、付き合い方が雑になったり、疎遠になったりするものである。僕だけかもしれないが。

そう思う中でTwitterを見てると、なんだかそういう死の部分が抜け落ちているように感じる。自分のツイートからリプライの履歴まで。気軽に付き合える分、気軽に手放せるところを見ると、縁が軽くなったとでもいうのだろうか。


これは自分に向けてのメッセージでもある。


死に怯えろというわけではない。ただ、死を忘れないでいてほしい。

自分にも、他人にも、あらゆるモノにも、死は存在するのだと。

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Dot

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