見出し画像

心の奥の取材ノート

元神風特攻隊員 浜園さんのこと


交わした言葉、ちょっとした仕草、振る舞い――
今もありあり思い出す、取材で出会った人たちのこと。
編集部


画像1

浜園重義氏(左)と宇城憲治氏(右)

 
季刊『道』で取材した元神風特攻隊員の浜園重義さんに宇城憲治先生と対談していただいた時のことを今でも鮮明に覚えています。

 取材の依頼のお手紙を出し、そのお返事を伺うためにお電話をさしあげたところ、電話口に出られた浜園さんは、「手紙は届いておらんよ」とおっしゃる。大変な不手際をしてしまったと大慌てで取材の趣旨を一から説明しようとすると、浜園さんは、それをさえぎって「私の体験を聞きたいのでしょう。私はそれはどんなことがあっても断れんのですよ。これは私の使命だからです。ですからどうぞいらしてください」とおっしゃるのでした。

 取材当日は、迷わないようにと、タクシーでくる私たちを道路にまで出迎えて待っていてくださいました。
 お話は、3時間以上にも及びました。最初から最後まで、言葉を失うような壮絶な体験のお話が続きました。

 いよいよ特攻の日、お母様から届けられたお団子を、飛行機のなかで一口食べようとしたら、そのお団子に、お母様の親指のあとがくっきりとついていたと。これまで泣いたことがない人間だったけど、それを見て、生まれて初めて男泣きに泣いたと言われていました。

 本当は、自分たちが突っ込みたかったのは、米軍ではなく、箒で掃くように自分たちを特攻に送っていった上官たちだと、宇城先生に訴えかけるように心情を語られていた浜園さんの姿が忘れられません。

 お話のあとは、この日のためにと海で釣ってきてくださったお魚を、奥様が手料理して出してくださいました。
 そのおいしかったこと。

 いただいたお話を編集し印刷に出すまでに、何回も読む原稿ですが、読むたびに涙があふれ、何度も何度も、最初から読み直さなくてはならなかった。
 今でも読むと涙があふれます。  
                         (編集部 木村)


(2005年5月取材 宇城憲治対談集 『大河にコップ一杯の水』第一集に収録)


―― 季刊『道』 №191(2017冬号)より ――


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?