訪問看護のカルテ、請求システム

 街角で「訪問看護ステーション」をよく見かけるようになった。在宅患者のナースステーションである。この十年で倍増し、現在全国一万一千、看護師が三人集まればマンションの一室でも開業できる。その訪問看護師にも電子カルテを使ってもらおう。二〇一二年の運用開始当初から準備を始めた。まずは放送大学の在宅看護論を録画。
 在宅医療は病気を治すことが目的ではない。慢性疾患を抱えた高齢者が自宅で穏やかに過ごしてもらえるよう支援する。「なので、じつはほとんどやることがないんですよ」とある医師。医師は診断するが、患者やご家族への具体的な支援や指導は、看護師でいい。高給の医師を月二回も訪問させているのは日本くらいらしい。看取りまで看護師がやる国もある。
 「看護師も記入できる電子カルテを」と言われたとき、他にないとは知らなかった。医師はカルテ、看護師は看護記録、それぞれ別に綴じられている。システムでも、カルテを選択して患者を選択か、看護記録を選択して患者を選択。一人の患者の記録なのに時系列に表示できない。
 病院なら医師と看護師は顔を合わせる。昨夜の様子を医師は看護師から聞くことができる。ところが、在宅医療では、医師と訪問看護師は別事業所で訪問も別々だ。あえてスケジュールをずらすから、患者宅で会うことはない。
 それではどうやって引き継ぐのか。厚労省が定めたのは紙ベース。医師は「訪問看護指示書」を書き、看護師は「訪問看護報告書」を書く。印を押して毎月郵送、急ぐならFAX。安定している患者なら、指示も報告も数カ月単位でよい。不安定になったら「明日行ってほしい」。月単位では役立たない。紙の指示書・報告書は請求の根拠資料であって、現実的引き継ぎにはならない。
 看護記録も書けるよう改造し、訪問看護ステーションに見せに行った。医師と文通できる、素晴らしい!と絶賛だったが、利用料の話になると暗くなった。すべての医師がこの電子カルテを使っているわけではない。指示書も報告書も請求のためには必要だ。また看護記録を患者宅に置いてくるため手書きもやめられない、電子カルテ導入は手間が増えるだけ・・・
 「請求までできるようになったら検討してもいい」というのが結論だった。だが訪問看護では、医療保険と介護保険どちらも使う。その時点ではまだ、クリニックの介護保険請求も開発できていなかった。
 待てよ、クリニックの看護師の訪問看護も認められている。それは「院内訪看」と呼ぶ。その場合、医療保険だけだから、現状でも請求できる。まず院内訪看から売り込もう。
 見つけたのは医師一人、看護師一人のクリニック。看護師は医師の診療に同行せず、主に院内訪看をしていた。それも夜間が多い。院内訪看の診療報酬はステーションより安いのだが、それでも彼女の売上は大きかった。(それに見合う給与を得ていたかは不明だが)
 このクリニック以外、なかなか見つからない。院内訪看は普及していなかった。じつは多くの看護師が、病院での夜勤が嫌で在宅クリニックに転職している。だいたい一人で患者宅を訪問するのは勇気が要る。そういえば、訪問看護ステーションでは男性看護師を見かける。
 「訪問看護ステーションを開業しよう」セミナーに参加してみた。参加者は、空き店舗を活用したいビルオーナーさんたちだった。講師は「すぐ儲かりますよ」とバラ色の事業計画をプレゼンしたが、鍵は看護師の募集だ。無料セミナーは、看護師の紹介が目当てだった。
 事業計画より、請求の実務が知りたい。ステーションで実際手伝わせてください。請求専門スタッフが居る、というステーションが承諾してくれた。クリニック内で開発しているメリットである。ソフトハウスなどがお願いしてみても、受け入れてはくれないだろう。
 十二月三十日、部下と訪ねた。「助かります。私も今月から雇われたばかり、いろいろ教えてください」話が違うと思ったが、ステーションの管理者は訪問看護師。朝から出かけてしまった。しかたがない。生徒の私たちが質問される不思議な現場実習が始まった。
 訪問看護は、ケアマネジャーの計画に従って訪問し、医師の指示に従って看護する。だから、請求根拠として「ケアプラン」と「訪問看護指示書」と「看護記録」の三つが要る。しかも、訪問時刻がケアプランの時刻と十分以上ずれていたら請求は却下されるという。指示書の有効期間が一日ずれていてもダメ。
 百人を越す患者の毎週の訪問を全て点検する。別々に送られてきたFAXの山に三人埋もれ「Aさんのケアプランはありませんか?」「こっちにはありませんね」「まだ届いてないのかも」紅白は断念することにした。
 看護師三人で開業できるが、数十人の患者では請求事務を雇うことはできない。看護師が残業してやることになる。患者が増えると残業も増える。月十日間のバイトでは、なかなか優秀な人材は応募してこない。フルで雇えるまで患者数を伸ばせないと、ステーションは空中分解になる。実際、開業数の半数以上が廃止や休止に追い込まれている。
 訪問看護ステーションの医療保険請求は紙である。紙でしか請求できない。患者一人一カ月の請求内訳をA4一枚にした書式に、ボールペンで数字を記入する。小規模ステーションに配慮しているのだろうが、早く電子化すべきだ。システム化にあたり難しいのは、計算ではなく印刷だった。最小のフォントをコンマミリ単位で調整しなければならないのだ。診療報酬改定で項目が追加されると、記入欄はどんどん狭くなる。
 共同開発の提案が舞い込んだ。そのソフトハウスはある大手に売り込んでおり、勤務管理プログラムは開発した。請求と合体して提案しようという。その勤務管理を見たいと思った。患者訪問は二十分から数時間。ケアプランで指定された時刻に訪問するため、移動も考慮してシフトを組む。どうしているのだろう。
 VBのデモ画面がなかなか動かない。待つ間、雑談しながら、彼らの売り込み先を探った。数十ステーションの請求業務を本部センターに集約しているという。
 一日の訪問ノルマが多すぎる。本当に達成できるだろうか。「いえ、認知の軽症患者に絞っているから達成できてるそうです」担当者が平然と答えた。最短の二十分訪問に絞り、数をこなしている。他の話も総合すると、なかなか売上至上主義のチェーンらしい。
 彼らは客の要望を聞くだけで、要求仕様の数字の意味まで分かっていない。受託できなかったのでホッとした。(あの勤務管理では当然か)
 看護師が残業して請求業務をやるのはもったいない。事務を雇えない中小ステーションをターゲットにアウトソーシング、つまり共同事務センターを作ろう。長い道のりであったが現在、沖縄の二十四時間コールセンタ内で実現している。

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