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【2024年】Forbes JAPAN "医師×VCが見るヘルスケアトレンド"アーカイブ

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*本記事は2024年1月~月に寄稿させていただいた分をまとめております



5月 
年会費600万円ジムの中身

米国高級ジムチェーンEquinox(エキノックス)社が、年会費4万ドル(約600万円)のコンシェルジュヘルスケア事業を開始しました。「Opitmize (最適化)by Equinox」というサービス名で、最適化されたコンディショニングと健康寿命の延長を売りにしています。

中身はこうです。まずは心臓、肝臓、腎臓、代謝、免疫など、さまざまな機能を調べる100のバイオマーカーを採血で検査。また、ジムであることの強みを活かした運動機能評価プログラムで心肺機能などの計測を実施します。その後コンシェルジュがこれらのデータを踏まえて、パーソナルトレーナー、栄養士、睡眠コンサルタント、整体師といった専門家を巻き込み、個別化したプログラムを組んでくれます。まさにトップアスリートの全身管理に匹敵する内容です。健康管理用スマートリングであるOura Ringも配布されるそうで、継続した日々のモニタリングから得られる情報も加味しながらプログラムが調整されます。

最近米国では、医学、バイオテック、フィットネス、栄養、睡眠など、いろいろなサービスを組み合わせた富裕層向けの個別化コンシェルジュ医療が流行っています。例えば、直近では、バイオマーカー検査や全身MRI、医師による健康管理アドバイスなどを含めたプラットフォームを提供するスタートアップSuperpower社が、プレシードラウンドで400万ドル(約6億円)の資金調達を発表しています。

金額の高さや物理的なアクセスの悪さなどから既存の医療制度への信頼を失っている人が多いなか、一定以上の利用料が支払える層にとっては、安心して健康管理をしてもらえることは代えがたい価値です。なかでもEquinoxが発表したプログラムは世界で最も高額だと言われています。さすがにこの値段は高すぎる……と思いきや、すでに20万人が順番待ちで登録しているとのこと。果たしてどこまで広がっていくか、非常に楽しみです。


4月② 
米国トップ製薬誕生なるか バイオ界の総力戦

いま、米国ヘルステック界で最も大きなトピックは「肥満治療」といっても過言ではないでしょう。生活習慣管理やオンライン診療も盛んですが、創薬側も見逃せません。先週、肥満薬を開発するバイオテックベンチャーMetsera社が$290M(約450億円)の資金調達を行い、ステルス解禁(自社の情報を公開せず水面下で事業を推進すること)されたことが話題になりました。

今回のラウンドをリードしたのは、米バイオテックVCの巨匠ARCH Venture Partners。バイオテック界が総力をあげたカンパニークリエイション案件です。同社は2022年、Metseraを設立。Novartis社へ会社を売却したことがあるCEOを中心に、バイオテック経験が豊富なチームを作り、肥満領域で活動する200社以上の企業のパイプライン(新しい薬の候補となる化合物)を調査しました。韓国のバイオテックスタートアップとライセンス契約を結んだり、肥満治療に必要な、腸のペプチドデータベースを所有するスタートアップを買収したりと、有望なパイプラインを集結させることで新薬開発を加速させようとしています。

現在普及している肥満治療薬はGLP-1と呼ばれる薬ですが、Metseraは、使いやすい経口薬の開発をすることはもちろん、筋肉量を損なわない、睡眠の質が低下しないといったニーズに応える肥満治療薬の開発を目指しています。多様な複数のパイプラインを持つことで、現在の肥満治療薬市場をリードしているNovo NordiskやEli Lillyを超える製薬企業が生み出されようとしています。

4月① 
グローバル製薬会社に見る マーケのtoC化


国際的な製薬会社である米Eli Lilly(イーライリリー)社は今年の1月、自社のD2CプラットフォームLilly Direct(リリーダイレクト)の立ち上げを発表しました。同社が得意とする糖尿病・肥満症・頭痛の領域の患者さんに対して、オンライン診療や自社薬剤を処方するデジタル薬局、予防・管理に関する情報などを提供します。ペイシェントジャーニーを広くカバーするデジタルプラットフォームで、製薬企業の中では初の取り組みとして注目されています。直近では、3月にAmazonとの提携を発表しており、Lilly Directで処方された薬剤をAmazonのデジタル薬局経由で届けてもらうようなスキームが構築されました。

このプラットフォームの特徴は、とにかく消費者向けにデザインされていることです。消費者がホームページ上で自身の疾患を選択するとすぐにオンライン診療や薬局へアクセスできるようになっており、わかりやすい薬剤の説明ページもあります。

Eli Lilly社は、昨年バイデン大統領がインシュリン(糖尿病治療薬)の価格高騰を抑制するような政策を提言したことを受け、自社のインシュリンを一般価格より割安な月額上限35ドル(約5,300円)で届けるようなプログラムも提供し始めました。自社プラットフォームを構築することで、消費者がより安くサービスや製品を購入できるようになったのもメリットです。

近年は生活習慣病やプライマリーケア(総合診療)領域でD2Cサービスが急増しています。こうした動きが加速するなか、製薬企業側にも、いかに患者さんに選ばれるか、というユーザー目線が重要になってきます。最近は製薬マーケティングのデジタル化が注目されてきましたが、各社が医療従事者・病院向け以外にも消費者向け戦略をどのように展開していくか、今後要注目です。

3月 
Apple Vision Pro ヘルスケアをどう変える?

今年2月に発売された話題のApple Vision Pro。究極のエンターテインメントデバイスとうたわれていますが、ヘルスケアでの応用ついても盛んに議論がなされています。特に特徴として注目されているのは「アイトラッキング」と呼ばれるユーザーの目の動きを追跡して映像に反映する機能です。この技術を軸に、医療では主に3つの点で活用が進んでいます。

1. 手術現場の業務効率化

一つ目は手術への活用です。例えば整形外科の脊椎手術の領域では、CTやMRIで撮影した画像を手術中の患者さんの身体に重ね合わせ、脊椎のどこを手術しているのかわかりやすくする取り組みが(Vision Proとは異なるデバイスで)すでに実現しています。麻酔科医への支援も可能です。麻酔科医は患者さんの身体の状態を観察しながらバイタルサインのモニターを複数見るなど、常にさまざまな方向を見て情報を統合する必要があります。Vision Proを活用することで、各情報がヘッドセット上に統合され、患者さんの身体の方向を見ながらも異常を検知しやすくなるなど、手術現場の効率化・安全性が一層向上しそうです。

2. 治療

VRを活用した疾患の治療で、いま特に注目を集めているのが神経・精神疾患領域です。例えばAppliedVRという慢性疼痛のVR治療を行う会社は、痛みの軽減に役立つリラックス方法などのセッションをVision Proで体験できるアプリ開発を行っています。また、ロサンゼルスにあるCedars-Sinaiという病院はVision Pro用メンタルヘルス向けチャットボットXaiaを発表しました。大自然の中など癒される環境でAIセラピストと会話したり、メディテーションを行うなどのコンテンツが提供されます。Vision ProのようなVRデバイスは通常の液晶画面に比べてより没入感のある体験を提供できます。結果、患者さんの神経や精神への働きかけが重要な領域での活用に期待が高まっています。

3. 医学教育

医学教育では、心臓の構造など複雑な身体の仕組みを立体的に把握することが重要ですが、これはまさにVRの得意領域。Vision Proの活用も積極的に検討される見込みです。また、手術など医療機器を使うシュミレーションができるようなVRアプリも開発が進んでいます。より実戦に近いかたちで医学教育を行うことで、医療従事者が自信を持ってより安全に施術できるようになるわけです。

ただ、Appleはプライバシー保護の観点から第三者の開発者にVision Proのアイトラッキングのデータを公開していません。この点は今後のVision Pro向けのサービス発展などで大きな課題です。また価格も$3,499(約51万円)と高額で、どこまでマスに活用されるかも未知数です。

詳細はこちらも:

2月 
米名門VCが病院買収 スタートアップの実験場に

https://x.com/_dr_anna_/status/1749054210497520063

今年1月、有名な米国VC General Catalyst社が、オハイオ州にある病院グループSuma Healthの買収を発表しました。Suma Healthは病院3施設、医師グループ、保険会社を傘下にもちます。General Catalyst社はヘルスケア領域のスタートアップに積極投資しており、すでに20の病院とは提携関係にあります。さまざまなスタートアップと病院との連携を推進していましたが、今回は病院自体を買収するというVC業界初の試みです。

投資先のスタートアップにとっては現場のフィードバックをもらいながらプロダクトを改良したり、大病院という優良顧客が得られるという意味で、夢のような実験場所です。病院にとっても最新のプロダクトを実際に試してみたり、地域の健康に貢献するイノベーションの可能性を探索しやすかったり、メリットは大きいでしょう。

一方で、臨床現場での意思決定は病院グループの医師に委ねられているため、製品を導入してもらうには、丁寧なコミュニケーションを取りイノベーションについての理解を深めてもらうことが重要になります。すでにさまざまなITベンダーと契約しているなか、新たに投資先のプロダクトへ契約し直してもらえるかも課題となるでしょう。

今回の買収は$3B(約4,400億円)。ファンドからの出資とは関係ない形で資金調達し、デットも活用した可能性が高いと各メディアでは噂されていますが、財源は明らかにされていません。ファンドからの直接出資ではないとはいえ、病院グループを通して医療システム自体を再構築するという長期戦が、LP投資家に受け入れられるかどうかが気になるところです。なによりも、VCと病院の連携という戦略によってケアの質向上、アクセス改善、コスト削減など、ヘルスケア業界にとっての大きな課題が実際に解決できるのか、今後も要注目です。

1月 
ジョー・バイデン妻も後押し 24年のヘルスケアトレンド

新年早々、心苦しいイベント続きでしたが、そのようななかでもオンライン診療ツールが被災者の支援に乗り出すといったニュースも見かけ、ヘルステックが社会において担う役割について再確認することができました。そんなヘルステック産業が今年もますます発展していくことに期待を込めて、2024年のトレンド予想をお送りしたいと思います。

1. AIの実用化が進む

2023年は医療に特化したLLM「HippocraticAI」の開発やカルテ記載補助ツールなど、AIを活用して医療スタッフの業務負担を軽減するツールが増えてきました。また、診断支援ツールとしては日本発スタートアップであるAIメディカルサービス社のAI搭載内視鏡画像診断支援ソフトウェアが製造販売承認を取得したことが昨年末に話題になりました。今年こそは業務改善ツールと診断支援ツールのいずれもが開発フェーズから医療現場で当たり前に活用されるフェーズへと移っていくでしょう。

2. フェムテックは研究や企業連携が本格化

女性の健康・フェムテックの領域はここ数年徐々に注目度が高まってきていましたが、今年こそ研究開発の推進やスタートアップ投資という面で本格的な動きが見られるでしょう。昨年末には、米国大統領、ジョー・バイデンの妻でファーストレディのジル・バイデン氏が心疾患や更年期といった女性の健康に関する研究を後押しすると発表したことがグローバルで注目されました。また、国内では働く女性の福利厚生を中心にヘルステック企業との連携が加速しています。

3. 疾患特化のプラットフォームが増える

今年発売予定の次世代アップルウォッチでは血圧・睡眠・血糖値もモニタリングできるようになります。ヘルステックプレーヤーとしては、モニタリング技術・デバイスで差別化することはますます難しくなり、予防や長期的モニタリングといった切り口から、より多くの患者(ユーザー)獲得とデータ蓄積の両輪を回すことが重要になってきます。この場合、差別化の軸は特定疾患への専門性に求められることが予想され、その結果として、特定疾患の診断からモニタリングまでを管理できるプラットフォームが勝ち残り、またそのようなプラットフォームになるためのM&Aも進むと考えています。

特に米国では投資環境が引き続き冷え込んでいたりデジタルセラピューティックスの停滞があったりと、必ずしも楽観視できる状況ではないですが、今年もより多くの人たちの健康に貢献出来るよう業界を盛り上げていければと思います!

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