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【2023年】Forbes JAPAN "医師×VCが見るヘルスケアトレンド"アーカイブ

Forbes JAPANのニュースレターに毎月寄稿させて頂いている記事の2023年1年分のアーカイブnoteです。下記リンクよりご登録いただけますといち早くメールボックスに届きますので、ぜひ応援ください!



12月 
アマゾンがドローンで薬配送 米国医療の救世主に

Amazonがついに、今年10月からドローンによる処方薬の配達サービスを開始しました。500種類以上の薬が、60分以内に玄関に届くとのことで、まずはテキサス州からサービス展開を始めています。

今年2月にAmazonはプライマリーケアプロバイダー(かかりつけ医)のOne Medicalを買収しました。直近では、プライム会員向けに、このOne Medicalのオンライン診療サービスを月額9ドルで受けられるプランが開始されたことが話題になっています。

また、昨年11月にはAmazon Clinicと呼ばれる、風邪、頭痛、高血圧、アレルギー、ニキビなど簡単な疾患を中心に24時間オンライン診療を受けられるサービスも開始しています。Amazonで買い物するのと同様のインターフェースで、症状を選択すれば複数のオンライン診療プラットフォームの値段・空き時間が比較できるようになっており、消費者主体の医療サービスが拡大しています。

このように、One MedicalやAmazon Clinicでオンライン診療を受診すると、処方薬がドローンであっという間に自宅に届くという仕組みです。

アメリカの病院は予約を取るのが難しく診察料金が高いことで有名です。ネットショッピングのようなスピード感で簡単に受診できて薬も届くサービスは、アメリカで救世主となりそうです。

11月 
有望なシード起業家を発掘 「VCスカウト」の正体

今回はヘルスケア領域に限らないお話ですが、皆さんは“VCスカウト”という言葉を聞いたことはありますでしょうか?私がこの言葉を知ったのはスタンフォード大学留学中、クラスメイトがシリコンバレーの某有名VCファンドのスカウトを務めており、彼らから話を聞いたのがきっかけでした。

VCスカウトとは、VCファンドから一定金額の投資を任されて、個人で活動をしながらシードステージの企業にエンジェル投資を行う人のことを指します。スタートアップ側の投資家リストには、多くの場合、委託したVCファンドの会社名ではなくVCスカウトの個人名で載り、また報酬は投資のリターンのみによって決まります。

他方でVCファンド側のメリットとしては、自社の戦略(例えばシリーズAやレイターステージ)とは関係なく有望なスタートアップとの接点を早期に作れる点が挙げられます。自社の名前を使わず、幅広く「種まき」を行うことができるため、自社でシード向けのプログラムを実施する等のコストやリソースをかけずとも、将来の有望案件につながるコネクションの確立やシード案件の可能性やトレンドを模索することが可能になります。

VCスカウトの担い手は、起業家やエンジェル投資家、その他エコシステムとの繋がりが強い人が多いです。例えばシリコンバレーの場合はスタンフォード大学所属の起業家などがVCスカウトとして活躍しているケースがよく見られます。VCスカウトが学内の人脈を活かして有望な起業家仲間の案件に投資することで、VCとしても大学のスタートアップエコシステムとの繋がりを持つことが可能になります。

シードスタートアップへの投資は、さまざまな起業家をカバーする幅広いネットワークが重要になりますが、エコシステムに根を張った個人を上手く活用する「VCスカウト」の仕組みは、日本においてもその役割を果たしうるかもしれません。

10月 
在宅診療に進出 大手家電量販店の新戦略

Amazonや薬局大手のCVSなどがヘルスケア事業に参入していますが、新規のプレイヤーとして存在感を高めているのが米大手家電量販店「Best Buy」です。2018年にはシニア向け見守りサービスGreat Call社の買収、2021年には慢性疾患の遠隔モニタリングプラットフォームCurrent Health社の買収を発表するなど、在宅×遠隔モニタリングの領域で事業を拡大しています。

ここでカギとなっているのはGeek Squadと呼ばれる、Best Buyの24時間体制のテクノロジーサポート部隊の存在。もともとは、必要に応じて自宅に駆けつけ、パソコンや家電の修理を行う、カスタマーサクセスとして2002年頃から活動を開始しました。彼らはいま、24時間対応と家電へのノウハウをヘルスケアにも応用しようと取り組み始めており、他者との差別化を図っています。

具体的に始めているのは、複数の病院グループと連携し、慢性疾患の患者さんの在宅モニタリングを支援することです。コロナ禍を経て、各病院は心不全や慢性閉塞性肺疾患、高血圧、糖尿病などの慢性疾患患者向けに在宅管理プログラムを開始しました。一方、在宅で管理するためには血圧計、体重計、体温計、血糖測定器などのデバイスを正しく活用することが必須です。ここで登場するのがGeek Squad。24時間体制で患者さんの自宅まで出向き、家電のノウハウを活かしてデバイス設定を手助けします。実際に、Geek Squadの助けがない場合と比較して、患者さんが在宅での正しく治療に従える割合(アドヒアランス)は19%向上、デバイスのトラブルも18%減少したとの結果が出ています。

さまざまなプレイヤーがヘルスケアに参入するなか、まさに自社の既存事業の強みを活かして独自の戦略を築いている面白い例といえるでしょう。日本の家電量販店各社にとっても、異分野へ参入するうえで参考になる事例です。

9月 
「慢性腎臓病テック」米薬局大手が投資する理由

コロナ後、ヘルステックの資金調達額は低空飛行と言われるなか、慢性腎臓病の領域が盛り上がりを見せています。具体的には、米Monogram Health(2019年創業)が今年の1月にSequoia Capitalや米大手薬局チェーンCVSから$375M(約548億円)、米Strive Health(2018年創業)が今年5月にNEAやCVSなどから$166M(約242億円)、ともにシリーズCとしての調達を発表しました。今年は数が少ないメガディールの注目案件として話題になっています。

慢性腎臓病は世界に8億人ほどの患者がいるとされる疾患です。なんと有病率は10%強で糖尿病の倍。透析が必要になったり合併症の発症も多いことから、医療費の負担も大きく、テクノロジーを活用した「value-based care(患者を、疾患に限らず総合的に診療することで医療費に対する臨床結果の効率化を目指すケアの考え方)」を提供しようとするスタートアップが多く出現しています。

例えば、先に挙げた2社が提供するのは、血圧や心拍数といったバイオマーカーの遠隔モニタリングとAIアルゴリズムによる患者の病状変化予測。複数の専門医がリアルタイムで確認できるようになり、患者のリスク管理を容易にしました。

適切なタイミングで透析や腎移植といった高度治療に移行できるため「急変による入院率が全国平均の半分になった」「医療費が20%削減できた」「在宅透析が受けやすくなり患者のQOLが向上した」というポジティブな結果が出てきています。

いずれも注目すべきポイントとしてはCVSによる出資。CVSは、Value-based careをヘルスケア戦略の中心に据えています。遠隔モニタリングやAI、オンライン診療といったテクノロジーを活用することで、予防やリスク管理コスト削減が叶う慢性腎臓病の領域はまさに相性が良いといえるでしょう。

8月 
ジョブズの息子も立ち上げ 米国で「特化型VC」続々

先日、スティーブ・ジョブズ氏の息子であるリード・ジョブズ氏がオンコロジー(がん領域)に特化した$200M(約292億円)のVCファンド「Yosemite」を立ち上げ、話題になっています。米国のトップ研究機関も出資しているとのことで、アカデミアとの連携も期待されています。 米国では以前からヘルスケアやライフサイエンスに特化したVCは多くありましたが、近年はさらに細分化されてきています。

オンコロジーでは他にも、米国がん協会のVCファンド「BrightEdge」が2019年に誕生しているほか、がん領域のデータ活用やヘルステックに特化した「Oncology Ventures」が2022年に設立されています。投資領域として注目が高まっているメンタルヘルスや認知症領域でもここ数年で立ち上がり始めています。またフェムテックは、まだ領域自体の認知度が低く知見の蓄積も乏しいことから、専門性をもった投資家を中心に領域の活性化も目的とした特化型ファンドが現れるようになってきました。

米国はVCファンドの数が多く、LPからの資金調達と有望スタートアップへの出資機会獲得の観点から、かねてより専門性による差別化の必要性が論じられてきました。「お金の出し手」がいくらでもいるとなると、特に新設ファンドは、他のVCにはないスタートアップへの提供価値が重要になっています。一方、いくら米国のスタートアップ市場が大きいとはいえ、細分化しすぎると十分な投資機会が作れないというリスクもはらんでいます。

・大きく成長しそうなスタートアップが十分に見込める領域を選ぶ
・投資テーマに一定の幅を持たせる

といった工夫は必要です。この点オンコロジー領域は、創薬や診断検査、ビッグデータ活用からデジタルヘルスまで、十分な市場成長が見込まれ面白い領域です。

日本では現在のスタートアップ市場の規模を鑑みると、ファンドの細分化は必ずしも必要ではないかもしれません。ただ、各領域を一層盛り上げていくためには、一定の専門性を持った投資家がさらに増え、起業家と一緒に産業を作っていくことも重要でしょう。

7月 
年10兆円損失の「更年期」 新興に女性セレブなど投資

更年期障害は、症状を我慢してやり過ごす女性が多く、実は経済的インパクトもかなり大きい健康障害です。労働生産性低下や離職、医療費負担のコストを合わせるとグローバルで年間10兆円ほどの損失があり、2040年にかけて1.6兆円の市場規模になると試算されています。

ある米国のアンケートでは、40%の女性が更年期で仕事に支障があったと回答。17%が退職していることから労働生産性には大きなマイナスであることが明らかです。そんななか、日米で数多くのスタートアップが出現し始めています。

・バイオ系
卵巣機能の改善を目指す創薬ベンチャーOviva Therapeutics(米・2021年創業)、iPSから卵子を作成するDioseve(日・2021年)

・デジタルヘルス系
個別化された症状マネジメント、治療アプリMidday(米・2022年)、更年期女性の健康支援も含めた福利厚生プラットフォームnanoni(日・2020年)

・ウェアラブル系
温度感覚に働きかけることでホットフラッシュを緩和する腕時計型デバイスEmbr Labs(米・2014年)

資金調達額で見ると、フェムテック全体は2021年に$1.9B(約2660億円)で、そのうち更年期関連は$10.2M(約14億円)。かなり少ない額ですが、今年は上期だけで$25M(35億円)と急上昇中。女性セレブやイグジット済みの起業家などエンジェル投資家による支援も多く、徐々に注目を浴びてきています。

今後はイグジットの成功例を作っていくことや、保険者・雇用主が支払えるようなモデルを確立していくことが求められます。

また、更年期特化スタートアップだけでなく、女性の健康総合プラットフォーム(米MavenCarrot等)が更年期サービスを拡大する動きもあり、どちらが勝つかというのも論点です。現状は圧倒的なプロダクトを開発した新興プレイヤー、あるいはB2B顧客チャネルを握っている既存プラットフォームに勝算がありそう、とみています。

6月 
需要急増 「肥満治療」の未来

日本では今年4月に、肥満症に対するGLP-1処方が保険適用となりました。GLP-1はもともと糖尿病治療向けに開発された薬で、インスリンの分泌を促し、食欲を抑制します。近年は肥満治療やダイエットへの応用も注目され、特に肥満率が約40%のアメリカ(日本は約5%)では、多数のデジタルヘルススタートアップがこの肥満領域に参入しています。

最近米国では「肥満治療を支援してくれる会社で働きたい」という人が多く、企業が治療を福利厚生として提供するケースや、肥満治療を行っているスタートアップと企業が提携する例も増えてきました。

雇用主向けのプログラムとしては、オンライン診療最大手の米Teladoc(テラドック)、慢性疾患マネジメントプラットフォームのOmada(オマダ)などがGLP-1処方を含めたサービス展開を5月から始めました。個人向けには、D2Cウェルネスで有名な米Ro(ロー)が1月に、GLP-1処方にオンライン診療や栄養指導、コーチングを組み合わせたテーラーメイド体重管理プログラムを発表しています。

一方、このようなサービスが広まることには懸念点もあります。肥満は、生活習慣の長期的な管理が必要な慢性疾患であるにもかかわらず、安易に薬だけ処方され、適切な経過観察がなされない点です。あまりにも需要が急増しているため、偽のジェネリックが販売されていることも問題視されており、FDAが注意喚起しています。また、薬の価格が高価であるなか保険償還されないケースも多く、経済的理由から治療を中断する人も増えています。

そんななかで注目を集めているのが米Calibrate(カリブレート)という肥満治療に特化したスタートアップです。2020年に設立されたばかりですが、既に累計$165M(約230億円)資金調達しています。上記の懸念点を解消するため、GLP-1処方だけではなく生活習慣改善に長期的に伴走することを重視している点が特徴的で、最低1年間の契約が必要です。

肥満が社会問題として顕在化するなかで、薬への容易なアクセスを提供するデジタルヘルス。慢性的疾患としての肥満に対し、根本的治療に役立つだけの「質」の重要性が増していると言えるでしょう。

5月 
医師はAIに代替されるのか 「ヘルスケアLLM」の実力

生成AIの開発が急速に進むなか、ヘルスケア界で最近よく議論されているのは「医師はAIに代替されるのか」という論点です。

先日医学界の有名専門誌「JAMA」に掲載された論文では次のことが発表されました。それは「医師とChatGPTを比較すると、医学的アドバイスの質・共感力ともにChatGPTが高評価」というものです。

そんななかで注目を集めているのが、ヘルスケアに特化したLLM(大言語モデル)を開発している、米国のHippocratic AI(ヒポクラティックAI)というスタートアップ。CEOは連続起業家で、有名VCであるa16zとGeneral Catalystが支援、出資しています。5月16日にシードで$50M(約690億円)の資金調達を発表したことも話題となっています。

医療においては、著しく不安な状況にある個人とのコミュニケーションが中心になります。正確性や共感力が一層重視されるため、さまざまな医療専門職の意見をもとに独自開発を進めているといいます。

実際GPT-4と比べると、

・患者の状況に共感力を示す
・患者個人の背景に興味を持ち、個として関係性を構築する
・歯科、医療事務、医師、看護師、薬剤師などの資格試験の点数

といった点で優れた成績を残しているとのことでした。

特化型LLMが質・共感力を一層高めるとすれば、私たちの「大事な健康問題は生身の人間に相談したい」という感覚も徐々に変わってくるのかもしれません。

医療現場では、脅威との考え方があるのと同時に、スタッフ不足の解決策として期待する声も多くあります。現場や患者側のニーズを捉えたAIが開発されると、一気に導入が進む可能性もあるでしょう。

4月② 
米国「治療用アプリ」が倒産 DTxの難しさ

2013年創業の米「Pear Therapeutics(ピア・セラピューティクス)」は、薬物依存症や不眠症などに対するFDA承認されたアプリを開発してきました。2021年にSPAC上場し、アプリが薬剤のように処方され、保険償還される世界を目指していたものの、4月7日に破産を申請。DTx(デジタルセラピューティクス:アプリなどで病気の管理や治療を行うこと)界で話題になっています。倒産原因と今後のDTx発展に向けての学びについて考えてみたいと思います。

原因① エビデンス不足で保険償還が進まず売り上げ確保できなかった

アプリを使うことで入院などが不要になり、患者の短期的なコスト削減を示すことはできたのですが、保険会社に対しての長期的なメリットについては、説得力が足りなかったようです。

病院を通じて4.5万件の処方がありましたが、利用は進まず、保険償還されたのは41%。民間の医療保険からの売り上げを見込んでいたPearとしては大打撃でした。これからのDTxは、長期的な臨床的意義と経済的メリットをエビデンスをもとに示し、保険者を説得していくことが重要になりそうです。日本では、一度保険適応になると売り上げが立たないということはあまりないですが、それでも臨床的・経済的価値の提示は業界の発展のために軽視できません。

原因② 医師と患者両サイドで行動変容を促すことが難しかった

医師から患者に、既存の治療法ではなくPearのアプリを勧めてもらう。患者に従来の薬剤とは違った治療法を受け入れてもらう。これらを同時に推進するのが容易でないことを痛感させられました。いずれの行動変容でも、まずは①で述べたエビデンス作りが重要です。そのほか行動変容を促す例として、米Swing Therapeuticsという慢性疼痛に特化したDTxスタートアップの事例が参考になります。同社は、自社のオンラインクリニックを開設し、取り組みに共感してくれる医師を集め、パイロット的にモデルケースを作るところから始めています。

DTxを含めたデジタルヘルスはトレンドになっています。しかしPearの倒産は、トレンドに流されすぎず、まずは臨床的価値・既存治療法に対する優位性の提示が不可欠と思い知らされた一件でした。

4月① 
うつの予測も可能に 「メンタルヘルス」テックの最前線


 前回は、健康診断がサブスク化していくことやMRIなどの全身スキャンがより身近になっていくことについて紹介しました。今回はメンタルヘルスの未来についても考えてみたいと思います。

これまでメンタルヘルスは、不具合が起きた時の「治療」にのみ焦点が当たっていましたが、最近では予防医療が注目されつつあります。有名なメンタルヘルスのデジタルヘルスプラットフォームheadspace(米国)やCalm(米国)では、スマートフォンでのカウンセリングや瞑想プログラムを提供し、心の病に陥る前の予防や早期介入に力を入れています。

また、次の2社のように、スマートフォンのセンサーをバイオマーカー(​​タンパク質など生体内の物質で、病気の有無や治療の効果の指標となるものを)に、メンタルヘルスの状態を評価するような取り組みも増えてきました。

米国のhealthrhythmsは、2015年からスマホの加速度センサーを通じて睡眠、運動、活動量などを計測し、メンタルヘルスの状況をトラッキング。うつの発症を1週間以上前に予測できるアルゴリズムを開発しています。現在は大手病院と組み、精神科患者のモニタリングや再発予防に活用されています。

behavidenceは、2020年創業で、2022年3月にはシードラウンドで430万ドル(約56億円)調達。こちらもスマホを活用することで、うつやADHD、不安などの症状を検出し、その日のメンタルヘルスの状態を数値化してくれます。個人利用だけでなく、社員の健康管理、臨床試験などさまざまな場面での活用が始まっています。

このように日常生活からメンタルヘルスの状況が数値化されるようになれば、血糖値や血圧と同様の指標にもなっていくかもしれません。メンタルヘルスへの意識の高まりがあるなか、この領域のスタートアップがさらに増えていけば、健康診断の一環として組み込まれる日も遠くはないかもしれません。

3月 
健康診断の未来は?

オンライン診療、ウェアラブル、個別化医療、ビッグデータ、遠隔モニタリングなどのキーワードに代表される様々な技術革新やトレンドの変化に伴い、予防医療の市場は拡大しています。今回は中でも「健康診断」がどのような進化を遂げ得るのか、現時点の予想をいくつかご紹介します。
①定点観測から連続観測、都度払いからサブスクへ
ウェアラブルや遠隔モニタリングの普及により、これまでは健康診断時の定点観測しかできなかった身体の情報が連続的に手に入るようになり、運動・食事など日常生活の情報も加えて、より密に慢性疾患や健康状態一般の管理ができるようになってきました。課金方法についても、各定期健診に対して都度支払うというよりは、健康診断+連続的な予防医療サービスの対価として毎月一定額を支払うサブスクモデルが一般的になり得るところです。例えば、ForwardZoi が良い例です。
②全身スキャンの活用が進む
MRIなどの全身スキャンを健康診断に活用することについては、偽陽性も多くフォローアップのあり方も不明瞭だという点から賛否両論もありますが、これを健康診断のスタンダードとしようとしているスタートアップも出現しています。特に注目はSpotifyのファウンダーDaniel Ek氏が立ち上げたNeko。ストックホルムにある施設にて、独自開発した15分程度のスキャンを活用した検診を提案しています。テクノロジーを活用して低価格・高品質のスキャンが普及すれば、一つの健康診断の未来のあり方としては面白い観点なのではないのでしょうか。
③メンタルヘルスも健康診断の主要項目に
これまでは「治療」の局面にのみ焦点が当たることが多かったメンタルヘルスにおいても、予防医療の側面が注目されつつあります。例えばhealthrhythmsbehavidanceなど、日常のスマートフォンをセンサーとして活用し、活動状況等からメンタルヘルスの状態を評価するスタートアップが増えています。メンタルヘルスへの意識の高まりもあいまって、健康診断の主要項目に組み込まれる日も遠くはないかもしれません。
保険制度の違いが健康診断や予防診療のあり方に大きな影響を有する以上、タイミングや具体的な適用方法は国ごとに違う可能性が高いですが、健康意識の高まりや技術革新はどの国でも通じるテーマであり、この領域には引き続き注目したいと考えています。

2月 
実は「不妊治療大国」の日本 米国発テックのターゲットに

米国では医師兼投資家は多くいますが、私のような産婦人科医の投資家は比較的珍しいため、フェムテックの案件をみる機会が頻繁に訪れます。

なかでも最近気になっているのは、不妊治療関係のテクノロジーです。高齢化社会で家族計画を先延ばしにするカップルが増えてきたことで、このようなテクノロジーの重要性がますます注目されるようになってきました。興味深い例をいくつかご紹介します。

・Alife(アライフ):不妊治療での投薬や受精卵(胚)の選択などにAIを活用し妊娠率を改善するテクノロジーのプラットフォーム
・Kindbody(カインドボディ):テクノロジーを活用した便利な予約システムやモダンな内装など、受診しやすい雰囲気づくりを意識した、不妊治療・卵子凍結・婦人科専門の低価格なハイブリッドクリニック
・Béa Fertility(ビーファーティリティ):在宅で子宮頸管内人工授精(精子を子宮頸管に入れる最もシンプルな不妊治療法)が行える医療機器を開発
・Genomic Prediction(ゲノミックプレディクション):体外受精で最も健康な胚を子宮に移植できるよう、より精度高く検査できる着床前診断(染色体異常の検査)を開発
・Mate Fertility(メイトファーティリティ):不妊治療の専門医が不足する地域向けに、必要な不妊治療プロトコールの提案や受精卵の選択などを中央で管理することで、一般産婦人科クリニックでも質の高い治療が提供できるテクノロジーを開発

実は日本や中国は不妊治療大国で、米国でも市場として注目されています。例えば日本は人口が少ないにも関わらず体外受精件数が多く(日本は約45万件、米国は30万件)、一部の米国発スタートアップでもアジア市場から先に展開しようと検討する企業もあるほどです。

日本では2022年4月から不妊治療の保険適応が始まり、もうすぐで1年が経過します。経済的負担が減った、治療を受けられる人が増えた、などメリットが生まれました。より有効な治療法や技術を活用するために混合診療(保険診療と保険外診療の併用)の議論も日本で頻繁にされるようになりました。最先端の不妊治療テクノロジーを実際患者さんに届けるには、引き続き制度もその流れを踏まえながら議論していく必要がありそうです。


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