西新宿女性殺人事件。冷静さを欠いた意見の数々

西新宿のタワーマンションに住む元ガールズバーの経営者の20代女性が51歳の男に刺殺された事件。
様々な意見が飛び交うが、中には常軌を逸した意見もある。
「水商売女性」や「痛い中年男性」への並々ならぬ感情を持つ人は多いようだ。差別意識や偏見がここまで露骨に表明される背景も含めて、散らかった議論に解を見出だしてみたい。

事実関係はわからないことだらけだ。逮捕された男が愛車を売り払ったようだが、それを今回の被害女性に騙しとられたのか、贈与なのか、お店の支払いであったのか、貸していたのかもまだわからない。
逮捕された男に同情する人も、水商売の女に熱を上げたバカな男だと言う人も、どちらも男が恋愛感情から金を渡したという前提に立っているようだ。
「事実がこれこれこうだとすると~」のように仮定して、そして今回の個別の事件当事者についてではなく、一般論としてこれらの意見を検討する。


まず殺されるに至る経緯を検証することは犯罪擁護でも何でもない。事情を勘案するなというなら「殺人罪はすべて死刑とかすべて無期懲役」でもいいことになる。

まず一番まずいのは「殺されてざまあ」系の発言をする人だろう。何らかのルサンチマンや嫌な思い出でもあるのだろう。言ってる人がかわいそうになる。
しかし、「20代の女と本気で結婚できると思う50男ヤバい」「水商売の女は色恋を匂わすのが仕事なんだ」という意見は、「ざまあ」よりは一見まともに見えるが、実は相当問題のある発言だ。
お店で高額の支払いをするとか出勤の前後に遊びがてら貢ぐというのは確かに営業の範囲だろうが、明確に「結婚する」というような言葉(もしくはその含意も含めて)があって1000万円単位の金額を渡して約束が反故にされたならそれは普通に詐欺だろう。水商売うんぬんはそこまでやればさすがに関係ない。
「水商売はそういう世界だ」と言うのは水商売の人が詐欺を平気でやる反社だと言ってるようなものだ。「言ってるようなもの」どころか明確にそのように言う元キャバ嬢を自称する著名インフルエンサーまでいるから驚く。明確な詐欺行為とお遊びの営業とは線引きがあるだろうに。
前払金だったという話も出ているが、出禁になってサービスを受けてない以上、余った分は返金されるべきだ。

また「本気にするのがバカ」ということであればほとんどの詐欺も被害者を守る必要はなくなる。
投資の世界で、「これは絶対に儲かる」なんて中田敦彦さんや前澤友作さんが言ってるわけがない。それもわからない人はバカだから詐欺広告で騙しても構わないとでも言うのだろうか。
50男のスケベ心を笑うなら、ローリスクハイリターンで儲けようとする浅ましさがある人を笑っていればいいのだろうか。

そもそも50代の男が20代の女と結婚できないと決めつけている人が多いのも驚く。
付き合う人も結婚する人もいるし、何なら男性側が優位な形での付き合いにもっていってる人だっている。
そしてあくまで私の独断と偏見で言えば、水商売の人は歳上男性への抵抗感は少ない。それどころか求めている割合も大きいように思う。それは「男はこうあるべき。女はこうあるべき」とか「相手に喜ばれる、人に認めてもらう形」が他の女性たちとは異なるからだろう。そういった偏りは他の職業だってあるはずだ。
独断と偏見ついでに言うと、これはお叱りを受けそうだが、車やバイク、スポーツ観戦(「選手」ではない)などの「男性的な」趣味を持つ人、経済系で成功してる人には女性との距離の取り方などを把握するのがやや苦手な人の割合が高いようにも思う。
それはまさに「男性的な」生理を生きているゆえに女性の感じ方、リアリティーが把握しにくいのだろう。女性への理想や幻想はどんな男にもあるのだろうが、それがやや飛躍していることも多いように感じる。
女子校や女子大出身者が、イチイチ男性を「オス」として見がちだったり、男性への理想、幻想にやや飛躍があることが多いのも同じだ。

なぜこんな怒られそうなことを書くのかと言えば、元キャバ嬢インフルエンサーがこういった現実や具体論を理解しているはずなのに、それらを勘案せず、詐欺まがいの「頂き」までをも擁護しているのは一線を越えていると感じたからだ。
先日有罪判決を受けたりりちゃんは、「趣味のあるおぢからは頂くな」と言っている。合法か違法か、常識的かどうか、「その界隈」のやり方としてどうかなど重層的な議論があってもいいのに「その界隈」を知ってそうな人が一足飛びに詐欺擁護はいただけない。あまりに単純だ。
繰り返しになるが今回の被害女性が詐欺まがいをやっていたと断定しているのではなく、「だとしたら」どうなのかを言っているだけなのでご了承いただきたい。
浅い思考のみならず、薄っぺらい人間観察から問題ある発言をいきり立ってしているのが本当に元キャバ嬢なのかちょっと理解できない。
いろいろと嫌な思いをしているのかもしれないが、はっきり言って「そのレベル」の客しかついてなかったからこそこんな浅い発言をしているんじゃないのかと思ってしまう。

このインフルエンサーは「女も悪い」という考えの人に対して「犯罪者予備軍」というレッテルを貼っているが、それなら必殺仕事人を喜んで観ていた多くの日本人は犯罪者予備軍だろう。あれは理不尽にも耐える人こそがカタルシスを得ている。つまりむしろ「自分ではやらない人、できない人」だ。
普段から理不尽な上司をぶん殴ってスッキリしている人なら必殺仕事人にカタルシスなど感じない。

また別な論者は「ホストに嵌まる若い女の子と中年男は社会経験が違うのだから、中年男性は保護する必要がない」と発言している。確かに現実にはその側面はあるが、それなら例えば20代前半は未成年とか準未成年とすべきだ。自由契約をする能力があるかどうかで未成年と成年を分けているのだから。

このように今回の事件への言論で、なぜここまで差別、偏見や合法違法の区別さえつかなくなるくらい感情的なものが多いのかと言えば、まずは差別したい人間が今回殺人犯だからだろう。
秋葉原通り魔事件の時も、加藤智大元死刑囚のルックスを揶揄するメディアまであったが、殺人犯に向けてだから「安心して」ルッキズムを表現できたのだろう。そしてそれが彼らの本心だということだ。

もう一つはネット空間での言論は顔が見えないことによる。「バカやザコが低劣な発言をしている」というのはよく言われるが、それだけではない。
自分では賢い気でいるインフルエンサーなどは自分への低レベルなアンチを言い負かしただけで、「全面的に自分が正しかった」と思いやすい。仮想敵のレベルを低いものと想定して安心する心理があるのだ。SNSなどでの下劣なコミュニケーションの中で意地になっていくと、彼らを倒すことに躍起になって冷静さを失う。くだらないものが圧倒的に多いとそうなるのも仕方ないが、自身をコントロールできなくなるならインフルエンサーなどはあまり向いていないだろうし、せめて刺激的な分野を決めつけて話したり反対意見を小バカにする態度はやめた方がいい。
水商売が詐欺まで認められる治外法権だなんて法的にも常識的にも認められていない。一線を越えている。


さて今回の「悪者」は誰なのだろうか。
私は女性が仮に騙していたとしても殺人に関しては悪いとは思わない。
この仮定のもとで悪い可能性があるのはまずは警察だ。もちろん警察は刑事的に有罪に持ち込めそうなものしか介入はできないし、警察権力の行使は抑制的であるべきだが、金の出入りと時系列ぐらいはストーカー案件化する前に男が警察に「相談」した段階で把握できたはずだ。
犯罪性の証拠はもしかしたらなかったのかもしれないが、取っつきやすいストーカー事件でやりすごしてしまえという安易さや、もっと酷いのは中年男性と水商売女性のありがちなトラブルへの「予断」はなかったのか。

次に悪いのは男だろう。殺す以前に、刑事しか対応しない警察への相談だけではなく、弁護士に相談するなど、民事の範囲も含めて対応することをしたのか。本人から見て大金を渡すなら、その証拠などを取っていないのも幼稚すぎる。それらをやっていないなら大人としてバカだと言われても仕方がない。
出せる分を出してしまえば「用済み」となる可能性を考えていないのもそうだ。ドラマや映画で、こものが悪いやつとデカイ取り引きをするはずが、一方的に脅し取られるのを観たことがないのだろうか。

今回一年以上接触がなかったのになぜこのタイミングで事件となったのかなどよくわからないことも多い。りりちゃんの有罪判決を見て「やっぱりおれが正しい」と思ったのかもしれない。

自力救済を禁じ、国家が暴力を独占するのは、そこに「正しさ」があるからだ。民事を含めた「法の傘」が正しく機能せず、男が自分を飼い慣らす傘の下から飛び出し「主体」となってしまったならば、誰にとっても事件が悲劇であったことは間違いないだろう。




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