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近代的原理を否定する陰謀論 :陰謀論者たちの反近代的エートスについて

はじめに

 昨今、陰謀論がなにかと話題に登ることが多い。
 2020年のアメリカ大統領選挙では、Qアノンと呼ばれる陰謀論に影響をうけた人びとが「不正選挙」を主張し、挙げ句の果てには2021年1月6日にアメリカ連邦議会襲撃事件を引き起こした。
 Qアノンの主張は以下のとおりである。「アメリカの政府の奥には一部のエリートから構成されている真の権力ネットワークである「ディープ・ステート」が存在する。そしてそれがアメリカの政界やメディアを支配し、国民をおとしめようとしている。トランプ大統領はその陰謀を阻止する救世主である」と。だれがみても現実離れしたものであることは明白だ(1)。
 また現下のコロナ禍では、コロナワクチンをめぐる陰謀論が世間を騒がしている。
その主張は以下のようなものだ。「コロナワクチンの開発が早かったのは、巨大資本が莫大な利益を見込んで科学的治験を大幅に省いて実用化したものであるためリスクが高く、打つと5年以内に死亡する」「コロナワクチンはDNAを改変してしまう」「ワクチンにはマイクロチップが仕込まれていて、5G電波で操られてしまう。また、人格が5G電波を介してクラウドサーバーにアップロードされてしまう」などなど。これまた荒唐無稽なものばかりだ。
 さらには、「地球は平らである」と主張する「地球平面説」を唱導する人びとまでいる。宇宙から撮影された地球の写真をみると、だれがどうみても「地球は丸い」。しかし「地球平面論者 flat earther」たちは、宇宙からの地球の写真撮影を可能にした宇宙開発を、NASAのでっちあげであり陰謀であると考える。この「地球平面説」は、現在アメリカを中心にその支持者を広げている。
 ほかにもさまざまな陰謀論が世のなかを騒がしている。読者のなかにも、陰謀論を主張する人にでくわして、困惑したことがある方もいるかもしれない。
 しかし陰謀論はさほど新しいものではない。
 古くは近代初頭のヨーロッパでは、フランス革命をはじめとするさまざまな社会変革は、しばしばフリーメーソンなどのような秘密結社の陰謀と結びつけられて考えられていた。
 ユダヤ人は古くからさまざまな陰謀と結びつけられてきたが、第一次世界大戦前後の時期に広く普及した『シオン賢者の議定書』という文書を端緒として、いわゆる「ユダヤ陰謀論」が世界中に広く根づいていった。
 日本においてはどうか。1995年の地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教の思想のバックボーンには、「前世」「超能力」「終末予言」「偽史」「疑似科学」などのような「オカルト的」もしくはいわゆる「トンデモ的」な要素が多く組み込まれていたことが知られているが、陰謀論もまた、そのなかの重要な要素のひとつであった。
 また、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロにおいては、アメリカ政府による自作自演だと主張するいわゆる「9・11陰謀論」が広まった。日本でもこの陰謀論が浸透し、「9・11の真実を考える」勉強会や講演会などが日本各地で開催された。
 ほかにも、2011年3月11日の東日本大震災の地震そのものの原因について、「これは地震兵器による日本への攻撃だ」という主張が広まったりと、枚挙にいとまがない。
 さらには近年よく知られている事例として、スマホやタブレットを持ちはじめた老齢の親がネット右翼的な陰謀論者になってしまったり、当直の医師が時間つぶしにネットを閲覧することで陰謀論に染まってしまうというものなどがあげられる。陰謀論はわたしたちの身近なところまで浸透してきている。
 では陰謀論とはいったいなにか。陰謀論を生じさせてしまうものはいったいなにか。本稿はこれについて、「反近代」をキーワードに考察していく。

1.陰謀論の定義について

 そもそも陰謀論とはいったいなにか。陰謀論については、これまでさまざまな定義づけがなされてきた。
『アメリカの反知性主義』の著作で知られる歴史学者のリチャード・ホッフスタッターは、陰謀論を「パラノイア・スタイル(the paranoid style)」と定義づけている。この「パラノイア・スタイル」の特徴は、歴史のあちらこちらに陰謀を見いだすのではなく、巨大な陰謀を歴史的な出来事の原動力とみなすことにあるといっている(Hofstadter 1996:29)。
 また、2020年にルートレッジ社から刊行された『ルートレッジ陰謀論ハンドブック(Routledge Handbook of Conspiracy Theories)』の序文において、陰謀論の以下のような定義が紹介されている(Butter & Knight 2020: 1)。陰謀論とは、時事的な出来事や歴史の大枠を理解するための方法であり、意図主義(intenstionalism)、二元論(Dualism)、オカルティズム(occultism)を特徴とするものである。また、陰謀論においては、すべてが企てられたもので、偶然に起こるものは存在しない。陰謀論者たちは、世界を悪辣な陰謀を企てる者たちと、その陰謀の無垢な犠牲者とに分ける。陰謀は秘密裏に実行され、その目的を達成したあとも陰謀を企てる者は姿をあらわすことはないと主張している。さらには「偶然に起こるものは一切ない、見かけどおりのものは一切ない、すべてはつながっている」と主張する(2)。
 また、陰謀論者たちの説明は、同じ歴史的な事実や同じ出来事についてのオフィシャルな説明に対立するものであるという定義もある(3)(Coady 2006: 2)。
 ひとまずまとめよう。陰謀論とは、あらゆる歴史的な事実や現在起こっている出来事を巨大な陰謀によってもたらされたと理解する方法であり、世間一般に流通しているそれらの歴史的事実や出来事についての説明の裏に隠された「真実」を提示する試みであると定義することができよう。 

2.「反近代主義者」としての陰謀論者

 では、陰謀論はなぜ生じるのか。結論から述べると、陰謀論は近代的なものへの不信や懐疑ならびに近代的原理によって支えられた自明性が崩壊したことによる不安から生じるものである。どういうことか。
陰謀論の多くは、社会秩序を乱す「近代的原理がもたらす歪み」にたいする人びとの不満や不安、近代的なものにたいする人びとの不信感を原動力としている。そして陰謀論者たちは、近代という「大きな物語」の背後に巨大な陰謀が存在しているという「真実」を見いだそうとする。
 たとえばQアノンの陰謀論は、近代民主主義への人びとの不満や不信感を源泉としている。自分たちが支持するトランプ大統領が選挙で落選するや、「選挙に不正があった」という民主主義そのものへの疑義を投げつけ、アメリカ政府を操る「ディープステート」の陰謀だという「真実」を唱導する。
 また、「地球平面説」やコロナワクチンをめぐる陰謀論は、近代科学への不信感を原動力としている。
 地球平面説については、宇宙開発に代表されるようなある種の「権威的な科学」への不信を抱き、それを「世界的な陰謀」とみなし、「地球は平面である」という非科学的な「真実」を提起する。
 ワクチン陰謀論については、過去に起きた薬害事件のような「近代科学がもたらす歪み」への忌避や、自然信仰やスピリチュアリズムを背景とした「反自然的なもの」や「人工的なもの」への忌避を源泉としている。薬害を起こす可能性のある有害なワクチンを人びとに接種させようとするのは、あるいは自然に反する人工物を人びとの体内に取り込ませようとするのは、なにか巨大な陰謀が働いているに違いない、と。
 さらには自然災害などの近代的原理によって支えられたものが機能不全になるような事態が発生したときも陰謀論が生まれる。わたしたちの生活の安寧さを保障するはずの近代的原理の産物である統治システム、経済システム、あらゆる科学技術を駆使したインフラなどが機能不全を引きおこし、その脆さを露呈させる。するとその原因は、近代的原理を凌駕するような巨悪の力によるものだと感じとってしまう。たとえば「この大地震はなにか巨大な組織が地震兵器を使って引きおこしたものだ」、と。
 このように陰謀論は、近代的原理に裏打ちされたものへの不信感と近代的なももの自明性の崩壊に直面したときの不安を原動力とする「反近代的」な営みであるということができる。
 それゆえに陰謀論者が提起する「真実」は、近代的原理が供給する客観的な事実や科学的に証明された事実といった一般的に流通している事実とは矛盾したり対立してしまう。
 すなわち陰謀論者たちは、「近代的原理がもたらす真実は偽物である。そしてわたしたちだけが真実を知っている」と主張する「反近代主義者」であるといえよう。

3.陰謀論者の「真実」への覚醒

 陰謀論者が「真実」に目覚める瞬間はさまざまであるが、多くの場合はSNSやYoutubeの動画などによって「真実」に目覚める。いわゆる「ネットde真実」という現象である。
 既存のマスメディアやジャーナリズムの多くは、権力の陰謀によって真実を伝えていない。権力に侵されていない自由な言論が確保されたネットメディアにこそ「真実」がある、と。
 しかし冷静に考えればわかることだが、既存のマスメディアやジャーナリズムは、巨額の費用をかけて多くの人員を動員して取材をしており、事実の検証などに多くの時間をかけている。しかしSNSやYoutubeの動画などで拡散されている陰謀論は、コストも手間もかけずに事実かどうかも検証されてない情報をひたすら垂れ流すだけである。どちらに「真実」があるか、とまではいわないが、どちらの情報が信頼に足るであろうか。
 しかし陰謀論者にそのようなことをいってもわかってもらえないであろう。彼(女)らは「真実」に覚醒してしまっているのであるから。
 陰謀論者が「真実」に覚醒する風景は以下のようなものではないか。
 プラトンの『国家』に「洞窟の比喩」というエピソードがある(4)。
洞窟のなかで拘束されて前を向いて壁しかみることのない囚人たちは、背後で焚かれている火が照らした事物の影を、事物そのものだと信じてしまっている。
 そこで拘束されていた囚人がひとり、地上へと逃げだす。拘束からの解放は、無知からのの解放を意味する、とソクラテスはいう。しかし解放された囚人は、まず自らの背後で焚かれている火に目が眩んでしまう。影のもとになっていた事物を見ても、眩んでしまった目では見ることができない。むしろ眩んだ目から、かすかに見える事物そのものよりも、壁に映しだされた事物の影のほうにリアリティを認めてしまう始末だ。
 さらにその囚人は洞窟の外まで連れだされ、そこで太陽の光を目にしてしまう。洞窟のなかで焚かれている火とは比べものにならないほどの強い太陽の光は、ぎらぎらとした輝きで囚人の目を満たしてしまう。「いまや真実であると語られるものを何ひとつとして、見ることができない」状態に陥る。しかし囚人は徐々に太陽の光に慣れて、「真実」を獲得する。
 拘束から解放された囚人は、この臆見と誤謬から解放された状態すなわち「真実」の獲得を幸いなものと考え、地下に残された仲間の囚人たちを憐れむようになる。そこでその囚人は、再び洞窟へ降りて行き、以前いた同じところに座を占めようとする。おそらく、自らの身の上に起こった臆見と誤謬からの解放、すなわち「真実」の覚醒を仲間たちと共有するために。
 しかしながら、太陽の光を目にした囚人の目は、急に洞窟に降りてきたところで、暗黒に満たされてしまう。暗闇に目が慣れないため、以前リアリティを認めていたはずの事物の影さえ見えない。それゆえに、洞窟から一度もでたことのない、影しか見たことのない囚人たちからは笑われ、おかしなことをいう滑稽な存在だと思われてしまう。
この「洞窟の比喩」のエピソードを陰謀論者にあてはめると、以下のようになるであろう。
 SNSやYoutubeの動画などで陰謀論という名の「真実」に触れてしまうと、はじめはその衝撃から目が眩んでしまう(「そんなことがあるはずがない!」等)。しかしその強力な「真実」の光に慣れてしまうと、それまで自明と思われていた事柄が、偽りのものであるかのように感じられてしまう。そこで、これまで自分が触れていた自明と思われた事柄は臆見や誤謬に満ちたものであり、自分はそれらのようなものから解放されたことで「真実」を獲得した、と覚醒する。このようにして陰謀論者ができあがる。
 「真実」に覚醒した陰謀論者の目には、近代的原理に満ち溢れた世界が霞んで見えてしまい、それが偽りの世のなかであるかのように感じてしまう。社会を支えている近代的な原理や科学技術は「真実」とは程遠いところにある。むしろそれらの背後には巨大な陰謀組織がある。それこそが「真実」である、と。
 それゆえに、陰謀論者は自らの知る陰謀論を知らない市井の人びとのことを「真実」に触れていない気の毒な人びとであると考えてしまう。気の毒な彼(女)らのために「真実」へと導こうとするが如く、「福音」を述べ伝えようとする。しかしその陰謀論を知らない市井の人びとの目には、その陰謀論者の「福音」を述べ伝える様があまりにも滑稽に映ってしまう(5)。
 このように陰謀論者はひとたび強力な「真実」の光を浴びてしまうと、あらゆる近代的原理に支えられたものが虚偽のものであると感じとってしまう。無論、その「真実」の光の方こそが虚偽のものであるのだが。
近代民主主義、近代的な人権理念、近代科学技術などは、「真実」を歪めるものである。むしろそれらの背後にあり、それを動かしている陰謀組織があるということこそが「真実」があると確信する。陰謀論に染まっていない人びとからは滑稽に見えてしまうが、陰謀論者たちのその確信は強固である。
 しかしこのような陰謀論者の反近代的な営為は、社会に害悪をもたらしてしまう。

4.陰謀論がもたらす弊害

 陰謀論者たちの反近代的な営為は、わたしたちの社会に多くの害悪をもたらす。
 たしかに近代的原理は、わたしたちの社会に多くの負の側面をもたらしてきた。過度な開発に起因する自然環境の破壊、いきすぎたグローバリゼーションがもたらす経済格差など、枚挙にいとまがないのは周知のことだ。
 しかし同時に近代的原理は、わたしたちの社会に多くの恩恵をもたらしてきていることも忘れてはならない。近代民主主義による政治的平等、近代的な人権の理念がもたらす社会的平等や個人の尊厳、近代科学技術がもたらす便利で快適な生活など。
 陰謀論者たちの反近代的な営為は、後者の近代的原理が社会にもたらす恩恵への攻撃であり、それらを蹂躙し崩壊させようとする試みである。どういうことか。

4−1.陰謀論の有害化

 これまで数多くの陰謀論が生みだされてきているが、むしろそれを面白がるサブカルチャー的な側面もあることも事実だ。たとえば古くからある「世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン」を標榜するオカルト雑誌『月刊 ムー』は、これまでさまざまな陰謀論を扱ってきているが、社会的な害悪を振りまくことで社会問題になったことはない。それはある意味マイノリティな好事家たちのインナーサークル内の露悪的な趣味にすぎない。このような陰謀論の消費の仕方においては、それはまだ無害である。
では、どのような陰謀論が有害なのか。最近話題になった、アビー・リチャーズが作成した「陰謀論チャート(The Conspiracy Chart)」が参考になる(6)。
このチャートは、逆三角形のかたちをしており、下の三角形の頂点から上の底辺に向かって5段階に分かれている。下から上に向かっていくにしたがって、その危険度が高まるという。
第一段階は、一見陰謀論に見えるが、現実に起こったことがあげられている。それらには、MKウルトラ計画や、コインテルプロ(1956年から71年まで、初代FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーが開発・実施した一連の違法・極秘行動)、FBIはジョン・レノンをスパイしていた、などが含まれている。
第二段階は、未解明の領域があげられている。UFOやエリア51、ジョン・F・ケネディ暗殺、プリンセス・ダイアナやマリリン・モンローの謎の死、デンバー国際空港の謎、などが含まれている。
第三段階は、根拠のない話だが信じたとしても無害なものがあげられている。歌手のアヴリル・ラヴィーンはじつは死亡していて影武者が演じている説やミステリー・サークル、環境活動家のグレタ・トゥーンベリはタイムトラベラー説、エルビス・プレスリーの死は偽装されたもので本当は生きている説、などである。
ここまではまだ、その内容を面白がることができることができる段階であり、サブカルチャー的に無害に消費できる段階である。しかしこのチャートによると、第四段階以降に危険度が増していくという。
第四段階は、信じるのは自他ともに危険な話であり、具体的には科学を否定するものである。5Gが新型コロナウイルスを拡散した説や、新型コロナウイルスは実験室で人為的に作られた説、地球温暖化否定論、エッセンシャルオイルがいかなる病気も治癒する説、ケムトレイル説(航空機がつくり出す航跡は、軍や政府が気象改変やマインドコントロールなどのために化学物質を空中に散布した証拠であるという説)である。
そして第五段階は、反ユダヤ主義や反エリート主義の領域であり、もっとも危険な領域である。Qアノンや地球平面説、ピザゲート、アメリカの月面着陸ねつ造説、イルミナティ、ニューワールドオーダーなどが挙げられ、それらはおもに「世界は極少数のエリートによって支配されている」という考えかたをベースにしているものが多い。
 このように、この「陰謀論チャート」の第四段階以降の危険性は、近代科学の否定と近代的統治システムの否定であり、レイシズムなどの近代的な人権の理念の蹂躙を引きおこすものであるということができる。ではそれらが引きおこす弊害とはいかなるものか。

4−2.近代的原理を否定する陰謀論の弊害

 まず陰謀論による近代科学の否定について見ていこう。
 近代科学の否定のなかでとりわけ危険度が高いのが、近代的医療を否定する陰謀論である。特に代替医療をすすめるために提起される医療系陰謀論は危険度が高い。
 一見医学の装いを纏っているが、じつは医学ではない「ニセ医学」が近年問題になっている。「抗がん剤は毒である」「ワクチンは危険だ」「既存の治療法は悪い波動が発生して危険だ」などといい、近代医療を否定する。具体的には、血液クレンジングや気功、免疫を高める食事療法、ホメオパシー療法、手かざし療法などがあげられる。しかしさらに身近なところでは、「コラーゲンでお肌プルプル」を宣伝文句にしている健康食品もまた「ニセ医学」にカテゴライズされている。
 これら「ニセ医学」の主張や、それにもとづいた数々の代替医療は、近代的原理によって支えられている近代医学への不信感を煽るものである。特にがんをはじめとする重篤な疾患への対処方法として、近代医学では治療困難だったものが治癒するという謳い文句で人びとを寄せつけて、代替医療へと誘導する事例が多々見受けられる。
 その際に提起されるのが陰謀論である。「この治療法を国が認めないのは、多くの医療従事者が儲からなくなってしまうからだ」「医療利権がこの治療法の認可の阻害要因となっている」「医療業界や製薬会社に影響力をもつ巨悪の組織がこの治療法を妨害している」など。陰謀論によって、その治療法こそがあたかも「真の治療法」であるかのような効果を与えてしまっている。
 また、このような「ニセ医学」にもとづいた代替医療の宣伝に、芸能人をはじめとするインフルエンサーが関わっていることが多い。医学的にその治療効果が証明されていない、もしくはむしろ治療法としては逆効果であるはずの代替医療がSNSをはじめとするさまざまなメディアで拡散されていく。
 こうした近代医学を否定する「ニセ医学」が社会に害悪をおよぼすのはいうまでもない。適切な医療を拒否して代替医療を選んでしまったことで命を落としてしまうケースが数多くあがっている(7)。また、がんなどの重病を罹患した有名人が代替医療を選択してしまったがゆえに、病状が悪化して亡くなってしまったケースを想起した読者もいるかもしれない。本来であれば、近代医療が提供する標準的な医療で助かったはずの命が、陰謀論をバックボーンにした代替医療によって助からなくなってしまうのは、人びとの生存権を明らかに蹂躙するものである。
 つぎに、反ユダヤ主義や反エリート主義の領域についてはどうか。
 反ユダヤ主義の陰謀論については、すでに歴史がその多くを教えてくれている。ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』で以下のように述べている。

 不幸の打撃に見舞われるごとに嘘を信じやすくなっている大衆にとって、現実の世界で理解できる唯一のものは、いわば現実世界の割れ目、すなわち、世界が公然とは論議したがらない問題、あるいはたとえ歪められた形ではあれ、とにかく何らかの急所に触れているために世界が公然と反駁できないでいる噂などである(Arendt [1952]1973):353=2017:3-90)。

この現実世界の割れ目を最大限に効果的に示す「噂」こそ、「ユダヤ陰謀論」であった(8)。このユダヤ陰謀論によって膨大な数のユダヤ人たちが攻撃のターゲットとされ、大量虐殺へと至ることで「人道に対する罪」が行なわれたという歴史的事実を忘れてはならない。世界史上稀にみる大規模な反近代的な営為であった。
 また、ほかにも排外主義につながる数々の陰謀論が生みだされている。
 たとえば在日コリアンの人びとを排斥する目的で主張される陰謀論がある。在日コリアンたちは不当に特権を享受している。政治家や公安警察を買収して、マスメディアをつかって韓流ブームをつくりだしている。地方参政権問題の問題が起きているのは彼らの仕業であり、その主張に近い左派の政治家や評論家、マスメディアの関係者たちにも在日コリアンが多い、などなど。
 こうした陰謀論を背景に、在特会(在日特権を許さない市民の会)による在日コリアンの人びとを排斥するヘイトスピーチデモが社会問題になり、ヘイトスピーチ規制法の制定・施行につながったのは記憶に新しい。これもまた近代的人権理念による社会的平等を毀損する、反近代的営為である。
 また政治を担う立場にいるはずの人物が陰謀論を主張するという問題もある。自由民主党の比例代表選出の衆議院議員杉田水脈による「コミンテルン陰謀論」はその際たる例である。
 杉田氏によると、旧ソ連崩壊後、弱体化したと思われていたコミンテルンが息を吹き返しつつあり、そのターゲットが日本となっている。コミンテルンによってこの日本を貶める勢力による陰謀、工作活動、世論操作が行なわれているという。そしてこのコミンテルンの陰謀によって日本の一番コアな部分である「家族」を崩壊させようと仕掛けていると主張している。
 たとえば保育所や学童保育はコミンテルンや共産党によって日本を弱体化させるために仕組んだ施設であり、保育所は子どもを家庭から引き離し、洗脳教育を施す施設であり、学童保育についても共産党の陰謀によってつくられたサービスであるという。
 またLGBT支援や夫婦別姓、ジェンダーフリーなども同じくコミンテルンの陰謀によるものであり(9)、これもまた日本を弱体化させるために仕組まれたものであると主張している。 
 おそらく杉田氏自身の保守的な家族観にそぐわない政策や施策について、陰謀論を利用して批判しているのであろう。しかし社会的平等に資する政策や施策の背景に陰謀論を読み込むのは、近代的原理に裏打ちされたあらゆる権利を毀損する反近代的営為であることは疑うべくもない。政権与党の衆議院議員が日本国憲法はおろか、近代的な社会的平等の理念に反する主張を行ない、それを棄損させようとするのは大きな問題である(10)。
 このように陰謀論者たちの反近代的営為は、近代的原理がわたしたちの社会にもたらしている恩恵を否定する。近代医療の否定による生存権の侵害、ホロコーストを引きおこした反ユダヤ主義を扇動する陰謀論、排外主義を誘発する陰謀論による人権の侵害ならびに蹂躙、政治家が唱導する陰謀論による社会的平等に資する政策や施策の否定などなど。いずれもわたしたちの社会の秩序を紊乱し、社会のなかでわたしたち人間が人間であるための権利を侵害するものである。近代的原理は多くの「負の側面」をわたしたちの社会にもたらしたのは事実である。しかし近代的原理がわたしたちの社会にもたらしている恩恵については、なんとしても陰謀論者たちから守らなければならない。

おわりに

 では、どのような人たちが陰謀論に染まってしまうのか。
秦正樹の研究によると、いわゆる「右でも左でもない」極端な政治思想を持つわけでもない、自らの政治的な考え方について「普通」と自認している人ほど、陰謀論を信じやすい傾向にあるという。
 たとえば、普通を自認する人ほど「日本の政治的・社会的機関の中枢は韓国(人)に支配されている」と考える傾向が強い。また、自身を普通と自認する人ほど、新しいレイシズムやゼノフォビア(外国人への排外主義)の意識が強いという。
 さらにもう一歩踏み込んだ調査結果によると、以下のようになるという。第一に、日本全体のおよそ4分の1の人は「北朝鮮政府と日本政府はグルだ」と考えている。第二に、自身の政治的な考え方について「他の日本人と同じ」と考える人ほど、「ネトウヨ」的な言説に賛同しやすい傾向にある。そして第三に、政治的な考えについて普通と自認している人ほど、いわゆる陰謀論を真に受ける傾向にある(秦 2020)。
 陰謀論は、たとえば「ネトウヨ(ネット右翼)」のような極端な政治的イデオロギーに共感を覚えている人たちが染まりやすいのではないかという通俗的な予測からすると、上記の研究結果は意外なものに映るであろう。
 しかし「普通の人」が陰謀論に染まりやすいにしても、それは単に政治的識がなかったり、単に不勉強なだけなのではないかと思うかもしれない。だが秦正樹の別の研究によると、それは否定されている。いわば、知識は陰謀論の「防波堤」にはなり得ないという研究結果がでている。
 この研究では、陰謀論の受容性とネット利用について調査している。その際、「三審制」「参議院の任期」「11年に放送内容偏向を訴えるデモの対象となった放送局」「立憲民主党の支持基盤」に関する4つのクイズを用意し、その正解合計数を「政治知識量」として用い、政治知識と陰謀論の受容度の相関を測っている。
 その結果として、政治知識が最も低い人とくらべて、政治知識が最も高い人の方が2倍、陰謀論の受容度が高いということが判明している。つまり、知識は陰謀論の「防波堤」にはなり得ず、むしろ陰謀論的志向を強化させる可能性があるという結果が得られた(秦 2021:37-40)。自分の持っている政治知識の背景に、知られざる「真実」があると読みこんでしまうということなのであろう。
 しかしながら、陰謀論にたいする有効な処方箋はいまのところないのが実情である。陰謀論に染まってしまった人に対して、「正しい知識を身につけろ」「勉強不足だ」と批判したところで、納得させることはできない。むしろさまざまな陰謀論的な情報や「真実」の数々に触れながら、それらを「正しい知識」として内面化し、態度を硬化させてしまうばかりである。それゆえ、陰謀論を諫める側としては、批判するのではなく寛容で包摂的な態度で接するしかない。
 このように、近代的原理を否定し、社会に害悪をもたらす陰謀論にだれでも染まってしまう危険性がある。わたしたちの社会に一定の秩序をあたえている近代民主主義や人権の理念、近代科学技術がもたらす恩恵などを否定し、人間の尊厳まで蹂躙してしまう危険性のある陰謀論が蔓延し、わたしたちを危険に曝してしまっている。そしてわたしたちも陰謀論に染まってしまう可能性がある。しかもそれへの有効な対処法がないという絶望的な状況である。妖怪が世界中を徘徊している。陰謀論という妖怪である。
 しかし必要なのは、陰謀論に染まってしまう側や受容する側への対応だけではない。陰謀論を供給し、流通させてしまう側への対処も必要である。
 たとえば、近年書店で山積みになっている排外主義を誘発させかねない歴史修正主義的な陰謀論にもとづいた書籍が問題になっている。もちろん「表現の自由」もあるが、排外主義やヘイトスピーチなどの犯罪を誘発させてしまうものを野放しにさせてしまうのは問題である。それらを供給する側への一定の規制が必要なのではないか。
 またSNSなどを提供するプラットフォーム事業者についても、社会に害悪をもたらしてしまうような陰謀論にもとづいた投稿や動画への一定の規制も必要であろう。
 しかしながらそのような規制を行なうと、陰謀論者たちは「巨悪の組織の陰謀によって、われわれの言論が封殺されている」などとまた噴きあがってしまうのであるが。


【注】
(1) その一方で日本でもネット上を中心に、Qアノンにシンパシーを覚えた「Jアノン」と呼ばれる人びとがトランプ大統領を支持するデモが行なわれた。さらには、日本の右派論壇を中心に「アメリカ連邦議会襲撃事件を引き起こしたのはANTIFAである」という「もうひとつの陰謀論」が主張され、門田隆将や百田尚樹などを中心とする右派文化人たちが繰り返し拡散していた。いわば「日米陰謀論合戦」の様相を呈している状況であった。
(2) (Butter & Knight 2020: 1)において紹介された歴史学者のGeoffrey Cubittと政治学者のMichael Barkmanによる定義。
(3) それゆえに陰謀論は、フェイクニュース、オルタナティブファクト、ポスト・トゥルースや歴史修正主義などと相性がよい。これらと陰謀論の関係については本稿の考察の範囲を超えるため、別の機会に考察したい。 
(4) 514A〜517A、藤沢令夫訳『国家(下)』(岩波文庫)、104〜111頁
(5) しかし陰謀論者の述べ伝える「福音」に触れることで、新たな陰謀論者が生まれることが多々あるのも事実である。
(6) アビー・リチャーズの以下のツイート(https://twitter.com/abbieasr/status/1312512066071060480)参照(2021年9月10日閲覧)。また、同ツイートについての解説記事「5段階「陰謀論信じたら危険度チャート」がSNSで話題─整理したら見えてきた現実との境界線」(https://courrier.jp/news/archives/216895/)参照(2021年9月10日閲覧履歴)。
(7) (NATORM 2016)には数多くの、ニセ科学の具体的な事例や被害の実例が数多く紹介されている。
(8) さらにアーレントは以下のように述べている。「周知のようにユダヤ人の世界陰謀の作り話は、権力掌握前のナチのプロパガンダのうちで最大の効果を発揮した嘘となった。反ユダヤ主義は19世紀末葉以来、煽動(デマゴギー)的プロパガンダのもっとも効果的な武器となっており、ナチが手を貸すまでもなくすでに1920年代のドイツとオーストリアで世論の最も強力な要素の一つをなしていた(Arendt [1952]1973):354=2017:91)」。
(9) 杉田水脈のLGBTへの批判については、雑誌『新潮45』の2018年8月号に「「LGBT」支援の度が過ぎる」を寄稿し、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と書き、LGBTの権利を拡張する動きに疑問を投げかけたことが記憶に新しい。この主張の背景にもコミンテルン陰謀論があるのは疑うべくもない。この内容は、多くの批判を浴び、結果的に同雑誌は休刊に追い込まれている。
(10) また、中国の軍事研究「千人計画」に日本学術会議が積極的に関わっているという陰謀論的なデマを政治家が拡散し、学術会議、在中日本人研究者への根拠のない「反日」バッシングへと発展したという事例もある(石戸2020)。


【参考文献】
Arendt, H.,([1951]1973) The Origins of Totalitarianism New Edition with Added Preafaces. A Hevest Book.(=(2017). 大久保和郎・大島かおり訳.『新版 全体主義の起源 1〜3: 全体主義』, みすず書房.)
Butter, M., & Knight, P. (Eds.). (2020). Routledge handbook of conspiracy theories. Routledge.
Coady, D.(ed.).(2006)Conspiracy Theories The Philisophical Debate, Routledge.
Hofstadter, R. ([1952] 2006). The paranoid style in American politics, Harvard University Press.

石戸諭.(2020). 「政治家のSNSが酷すぎる: 「中国千人計画」デマに踊る国会議員たち」, 『文藝春秋』, 98巻12号, 118-124.
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研究が示す驚きの事実」. 現代ビジネス(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77698 2021年9月16日閲覧).
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