救急車を拒む血まみれ男

 深夜3時、車通りの少ない道路を走っていると、倒れた原付と転がったヘルメットが視界に入った。
 数十メートル行き過ぎたが気になってバックする。見回すと一軒家の玄関前で座り込んで呻く男性。
 「大丈夫ですか?」車を降りて声をかけると男性はこちらを向く。左目瞼の辺りをゴルフボールくらい腫らし、鼻と口は血まみれ。周辺至るところに血の染みがついている。
 「救急車呼びましょう」それしかないと思い声をかけるとその20歳の男性はゆらぁと立ち上がって必至に拒んだ。
 「大丈夫です」「いや、大丈夫違うよ」「いや、もう大丈夫です」「相当酷いで、血まみれやん」「マジで大丈夫です。それより、ツレがもっとやばいす」「ツレって?」「マジでヤバいっす」と言って道路の先を指差す。見ても何もない。「どこ?」「あっちの交差点っす」やはり何もない。どう見ても単独事故に見える。とにかく救急車を避けたいらしい。
 「わかった。とりあえず救急車呼ぶで」というと「大丈夫です。ほら迎えが来てくれました」と言って僕の車のボンネットをぽんぽんと叩く。
 「それうちの車やから」ちょっと混乱してるらしい。
 今度は「じゃあ、車乗せてってください」と言って勝手に助手席のドアを開けて乗り込もうとする。
 ちょっと怖い。そして、血まみれの人乗せるのちょっと嫌やなという感情が沸く。
 「ちょっと待って、ちょっと待って。どこに行きたいん?」「○○(現在地の市の名前)です」「ここ○○やで、駅か?」「△△(同じ市内だがずいぶん離れた地名)です。」
 「ちょっと待って。無理。救急車呼ぶで」「勘弁してください。親に迷惑かけたくないんで」
 僕はとりあえず「わかった。とりあえず手足は大丈夫みたいやな。あと、あっちでツレが倒れてるんやな。見てくる」と言って車でその場を離れた。青年が指差した方向に少し走るも、やはり"ツレ"らしき人はいない。
 血まみれ青年から見えないように車を路地に入れて、地元の警察に連絡し来てもらうことにした。
 電話した後、青年の元に戻るともう少し年上らしき男性が車を止めて話しかけていた。
 声をかけて少し話をすると、地元のだんじり祭りの青年団で顔見知りらしい。今日寄り合いがあったらしく飲酒していた様子。
 警察が到着したので状況を説明し、あとは警察に委ねて帰った。
 
 合点がいった。あれほど血まみれでも救急車を頑なに拒否したのは、飲酒運転の発覚と青年団への迷惑を気にしてのことに違いない。青年が原付で帰ることがわかってて飲酒させたのなら青年団の責任も問われかねない。そうなったら大ごとだろう。
 青年は電車で帰ると嘘を言って飲酒し、隠してあった原付に乗ったのかもしれない。(小川)
 

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