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シーンの前(before scene) : 役の背景を想像させる

東京を中心に演技を教えている演技講師の秋江智文といいます。マイケルチェーホフヨーロッパやMICHAという国際的な団体で講師養成を受講し、演技スクールや事務所などで演技を教えております。

今回も演技の基礎について分かり易くお伝えします。またワークもあるので役者仲間とやってみてください。


シーンの前(before scene)

 まず好きな映画や芝居の開始直後の役を思い浮かべてください。

 登場した役からは雰囲気、緊張感、意図などが感じ取れるはずです。思わずこの役に何があったんだろうかと想像し、演技に引き寄せられてしまいます。
 例えば西川美和監督の「素晴らしき世界」の役所広司さんの演技を観れば、もうすでにこの主人公が背負っているものや、これからどんなことに立ち向かおうとしているのかが一目でわかります。冒頭部分から役に惹きつけられてしまいます。

 芝居の前に何があったのかを理解するかで、役に何があって、どう存在して、何を求めて、何をしているのかが見えてくるはずです。今回はこの「シーンの前(ビフォーシーン)」に関してお伝えします。

芝居開始までのこと

 吹雪の日で、役が外から家に帰るのが芝居の開始だとすると、役者は身体についた雪を払ったり、寒さで身体を丸めたりしたりします。動きもせわしなく震えているかもしれません。では、猛暑の日に1hジョギングした後に、クーラーの効いた部屋に入ってくるのであれば、あなたはどんなことをしますか?袖で汗を拭く、水を飲むといった行動以外に、おもわずクーラーの涼しさで体が緩んだり、笑みになったりします。役は芝居直前までの出来事に大きく影響を受けます。シーンの前にどのような天候や時間を経験していたかによって役の登場は大きく変わります

 こうした天候や時間や場所の影響以外にも、会社を首になった、プロポーズに成功した、事故にあったなど、シーンの前に起きたであろう出来事(イベント)にも影響を受けるのです。

 アーサーミラー著「るつぼ」という台本の冒頭のト書きでは

「パリス牧師は祈っている。言葉は聞こえないが、取り乱している様子がうかがわれる。ぶつぶつ呟き、泣きそうになり、泣き出し、それからまた祈る。しかし彼の娘はベッドの上で身動きしない。」

というシーンの入りです。強烈な芝居の開始です。観客は、芝居の開始から明らかな異常事態に何が起こって、どんなことが起こっているのか話に引き込まれます。


役の過去が言動を左右する

 シーンの前(before scene)は、芝居直前までの台本から読み取れる役の人生全てのことを言います。
 是枝監督の「万引き家族」は、万引きを常習としているかりそめの家族の話です。冒頭からスーパーマーケットで父と子と思われる人が万引きをするところから始まります。彼らの堂々とした姿、サインの送り方、店内の目線の配り方などから、この家族と思われる二人が常習犯である背景が見えてきます。さらに、明確ではないにしても、彼らの複雑な人生の成り立ちすら垣間見えてきます。冒頭のたった数分のシーンにかかわらず、観客はビフォーシーンを通して、映画のストーリーに入り込んでいきます。

シーンとシーンの間


 シーンとシーンの間に何が起きたのかことは、役の一貫性を保つうえで重要な観点です。シーン①の最後に「OOさんに告白する!」と出て行って、シーン③でがっかりした感じで来たら、シーン間で明らかに告白の結果が思った方向に行かなかったことを意図しています。芝居によってはこのシーンとシートの間で年月の経過があったり、場所の移行があったりします。

 このシーンとシーンの間に何が起きたかのか理解していないと、役の一貫性が保てません。今までに芝居を観ていて、ある役が話の展開にしたがい、性格や関係性が崩壊し、最初と最後では全く違う人間になってしまっている印象を受けたときはありませんか。もちろん台本が原因で役そのものが一貫していない場合もあるでしょう。考えられるもう一つの原因は稽古でシーンごとに稽古をするので、役者自身が一貫した役をイメージできていないからということもあります。シーンの前を読解することで、役の成長や変化を感じ取れるものになるのです。

ビフォアシーンが面白い映画

個人的に、このビフォアシーンの変化を使った面白い映画は「ハングオーバー」です。

ラスベガスで夜4人の男が酒を飲んだら(実は薬を盛られていた)、なんと次のシーンでは朝になっており、ホテルのスイートルームで目を覚まし、部屋は散らかり、バスルームには虎がいて、なぜか知らない赤ん坊までがいる。

映画全体としてはそのシーンとシート間(ここではたった一晩)で何が起きたのか明らかにしていく話です。あまりに馬鹿げすぎてぶっ飛んだコメディで大変面白い話です。

 ビフォーシーンをしっかり理解することで、役に背景を持たせ、お客さんを役の世界に引き込んでくれると思います。

エクササイズ

 目的 :シーンの前の事柄でどれだけ演技に影響があるのか理解する。
所要時間:20分程度

ペアや複数人ないし、映像にとって一人でも行えます。

「ある出来事に影響を受けて、とある部屋に入ってきて、椅子に座り水を飲むまで行う。」
※どんな部屋、どうして水を飲むのかは、選択した状況から正当化(イメージを設定)する。

■選択肢
・寝坊した。
・人を殺めてきた。
・告白された(うれしい)。
・事故を見た。
・大雨に打たれた。
・解雇された。
・携帯をなくした。
・ジョギングして帰ってきた。
・徹夜明け。(2日間寝ていない)
・試験に合格した。
・風呂上り。
・性行為のあと。
・旅行帰り。
などなど
■チェックポイント
・テンポリズム
・姿勢、所作
・呼吸
・ムード
・目線
・表情など


(説明的な動きに頼ると、内面がおろそかになりますので、できるだけ避けるようにしましょう。けれど思わず出てくるものに関してはOK.)

 他にもこのシーン前を使ったエクササイズがたくさんあります。もしよろしければマイケルチェーホフ東京のレッスンにご参加ください。

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