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褒美か?罰か?脳内物質から見た演技

 芝居の登場人物は究極の状況の中で、決断と行動を迫られます。ロミオはジュリエットに会うため、敵対するキャピュレット家の庭園に捕まったときのリスクをかえりみず忍び込みます。そうした状況下にいるキャラクター、つまりそれを演じる役者は、ただならぬ高揚感、切迫感、焦燥感を抱いており、観客はその鬼気迫り臨場感のある演技を観て心動かされるわけです。俳優はそうした役が経験しているだろう特別な感情や感覚を体験しなくてはいけません。
 ではそうした特殊な状況や俳優の行動からもたらせる「○○感」はなんなのか?そして何より重要なのは、その感覚や感情を再現することはできて、演技活かすことができるのでしょうか?

脳内物質って何?


 この感覚の正体の一端を担うのが脳内物質です。「アドレナリン」や「ドーパミン」という言葉を聞いたことがあると思います。脳内物質は、正確には数珠つなぎになっている神経細胞と神経細胞の間をつなぐ神経伝達物質になります。その物質の種類は数多く存在し、種類に応じて使われる場面や効果も違ってきます。例えば役割も勝負や怒ったときにでて覚醒状態にする「アドレナリン」、ご褒美があるとでて幸せにしてくれる「ドーパミン」など数多くあります。他には「メラトニン」、「エンドルフィン」、「セロトニン」など知っておいた方がいいものがあるのですが、今回は「ドーパミン」「ノルアドレナリン」、そしてそれを誘発させるための演技テクニックを紹介します。

ドーパミン:「ご褒美」を目指して行動

 ドーパミンは先も述べた通り、ご褒美があると出てきます。ドーパミンは幸せ物質といわれていて、ご褒美を得たときだけでなく、それを考えるだけ出てきます。仕事や勉強のあとに自分へのご褒美に甘いものや高めのランチを食べようと考えるだけでモチベーションが上がり、ご褒美のために私たちはワクワクしてやる気が湧いてきて目の前の課題に取り組めます。

目的達成のためにご褒美を設定

 演技において【目的】は、役が台本や関係性において成し遂げたいこと、という意味なのですが、ロジカルに考えているだけで演じるためのモチベーションを得られません。

 そこで意図的にドーパミンを使って、自分をやる気にさせていくのです。目的を達成したときのご褒美を設定することでやる気を湧かせていくのです。例えば、ロミオが庭園に忍び込み、ジュリエットに会いに行くシーンを演じる際、自分がジュリエットと幸せな家庭を持っている姿や、ジュリエットから「愛している。」と言ってくれ貰えている瞬間を想像するだけで、ドーパミンがでてモチベーションが湧いてきます。もちろん、この想像したご褒美が芝居中に得られなくても構いません、演技をする上で目的に向い相手に働きかけよう奮闘する姿があればいいのです。
 芝居でのご褒美は「私(自分が演じる役)は、あなた(相手役)から目的を達成したら、自分にとって最良の結果が得られるのか?」となります。これは台本に書いていないことでも構いません。

ノルアドレナリン:「最悪なケース」から逃げる?戦う?

 ノルアドレナリンはストレスな状況下で「闘争」か「逃走」と迫られたとき湧く物質で、覚醒し集中力がアップします。イメージはネズミが猫に追い詰められて、普段以上の力を発揮して猫に反撃するときに出てくる物質です。明日オーデションや稽古で「セリフ覚えないと怒られる!」追い詰められたり、作家が締め切りに迫られて「みんなに迷惑が掛かる」と奮起して台本を執筆したりした時に湧いてきます。
 芝居にどのようにノルアドレナリン使うのか?ノルアドレナリンは不都合な結果つまり「罰」を避けようとするために湧いて、人を覚醒状態にします。なので役にとっての最悪なシナリオをわざと心に描き、自分を追い込み行動するのです。ロミオにとっての最悪な結末は忍び込んで衛兵に捕まり拷問を受けるジュリエットに情けないと思われるなどになり、生死やプライドをかけているので警戒感が増して臨場感あふれる演技になります。最悪の結果を思い描くことで、俳優は覚醒して自然と一瞬一瞬の行動に真摯に向かい合うことができます。つまりノルアドレナリンを誘発させるために、役にとっての罰は「私(自分が演じる役)が、目的を達成しなかったときの最悪な結末」となります。

ノルアドレナリンに頼りすぎは、うつ病のリスクを上げる

 余談ですが、演出家や講師が俳優に非難や罵声を浴びせて追い詰める場合があります。これは俳優が恐怖や不安から立ち向かい、ノルアドレナリンの効果により中し覚醒する効果を望んで、追い詰めるかもしれません。実際にそれで俳優の殻が破られる場合もあります。
 しかし不安や恐怖ばかりの環境下で、ノルアドレナリンを使いすぎてしまい枯渇するとうつ病になると言われています。それに誰かに追い詰められないと演技するためのスイッチが入らない、自立ができない俳優を育てることになります。俳優を常習的で過度に追い詰めることはやめた方がいいでしょう。
 相互理解の中で適切な期限やルールを設けることで、俳優たちに適度な緊張感が生まれパフォーマンスが向上するでしょうし、俳優を自立へと導けると思います。

 実は多くの俳優は、無意識的にこうした脳内物質に働きかけていると思うし、実際それに働きかける演技テクニックも存在します。ただ「なぜそうなるのか?」を知ることで、より的確に演技に打ち込むことができます。脳内物質なんてものから演技を捉えると新たな世界が見えるので、ぜひみなさんも勉強してみてください。

  • 参考文献|作者:樺沢 紫苑「脳を最適化すれば能力は2倍になる 仕事の精度と速度を脳科学的にあげる方法」 出版社:文響社  出版日:2016年12月14日


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