2016.4.22 cakes「こじらせ先輩「寅さん」に学ぶ、本当の恋とは?」 ウラ話

こんにちは、外科医の雨月メッツェンバウム次郎です。

今回の記事はこんなことを書きました。

「こじらせ先輩「寅さん」に学ぶ、本当の恋とは?」

人情物語「男はつらいよ」から学んだ本当の恋について論じたわけですが、本当の恋、これって考えてみると変な言葉ですねえ。似非(えせ)の恋なんてあるんでしょうか。好きでもないのに付き合う、これは恋ではありませんから、その男女関係(あるいは男男・女女関係)を「恋」と呼ぶ時点で全て本当なのかもしれませんね。

ここで一つの疑問が浮かびます。人は一生に何度、本当の恋をするのか?という疑問です。本当の恋の定義はケイクスに書いたように、

「本当の恋は、しばしば生命の維持や生活の維持の邪魔をするが、人生を勝利させる」

です。

一度きりという人もいるでしょう。せいぜいが2度、3度くらいでしょうか。いかがですか?まだ一度もありませんか?

よく考えると、私も一度も無かったのかもしれません。私は人の3倍ほど恋愛をしてきたと自分では思っていましたが、その恋たちの「本当さ」を考えるにつけ実は人の半分もしていなかったのかもしれない。まあいいか、付き合ってて、なかなか好きだし。家も近いし。そんなことが多かったようにも思います。

書きたくないのですが、一度だけあります。ああ、あれは本当の恋だな、という思い出が。

大学時代のころ付き合っていた彼女のお話です。とても美しく、とても脆い子でした。以前私がここnoteに書いた生きづらい人(「生きづらそうな人に、ずっと惹かれてきた」ウラ話〜メンヘラかどうかを決めるのは自分〜)に近いタイプだったと思います。精美なガラス細工の鶴の置物のような彼女・・・彼女は男友達が一人も居ませんでした。

なぜか?

それは「出会う男は皆彼女に惚れてしまい、そのほとんどの人は告白してくるから」という理由だったのです。付き合いだしてから私は本当にびっくりしました。しかもね、恐るべきことに私と付き合っていても、私と同じコミュニティの男までもが付き合っている事実を知りながら「付き合ってくれ」と彼女に言っていました。あんなにモテる人に会うことはもうないのでしょうが・・・私は随分男友達を失いましたねえ(笑) ちなみに彼女の生涯一人目の男友達は私。我々は別れた後数年の時を経て、友達になったのです。恋愛感情を外して彼女を見ることが出来たのは、焼け付くような恋をしたあとの私だけだったようです。

彼女は今某所で女医さんをやっていますが、今でも美しいために彼女がやっている外来にいろんな科の医師が彼女を一目見ようと患者さん側ではなく裏側(ナースなどが出入りするほう)から見に来るそうで、あまりにしょっちゅう来て患者さんが変な顔をするものだから黒いのれんを垂らしてもらったと言っていました。

街を歩いてもナンパだらけで全然歩けないから、普段は車に乗っているそうで。そんなわけで、私は「モテすぎるというのは全然幸せではない」という真理を彼女から学びました。

そんな彼女。

生きづらさの理由は、紛れもなくその美貌と気立ての良さからきていました。努力家で、すべての物事にきちんと向き合おうとする姿勢を持ち、それでいて苛められっ子にも優しい(恐るべきことに医学部の学生の間でも苛めのようなものはありました)。誰もが彼女の前に来ると、まるでローマの休日のオードリー・ヘップバーン扮するアン王女にご挨拶を差し上げる客人になったような高貴な気分になるのです。特別お嬢というわけでもなく、お金持ちというわけでもない。それでも不思議と生まれ持ったnobleさが彼女にはありました。

そんな訳で彼女は男と女、つまり人間とのコミュニケーションに難儀しました。きっと私と付き合っていたのもとても難しかったのではないかと思います。私は彼女と付き合うようになって、彼女のそんなnobleさのシャワーをかいくぐり、努めて「普通に」接してあげるようにしました。誰もが姫扱い、ヒロイン扱いする彼女は辟易していると思ったのです。そして彼女の美しい外見を透過して、なるべく内面だけを見るようにしました。毎日のように「かわいい」「美人だ」「美しい」と言われ続けていて、彼女はもう嫌になっていたのです。不細工なように整形したいと思うこともある、とまで言っていたのです。

彼女はそれほど裕福でない両親のもと、それほど都会ではない街で育ちました。両親は彼女をそれは大切に育てたようで、私と出会った時には世の中の悪意や欺瞞のほとんどすべてを知らない状態でした。そんな無垢な彼女に大学の先輩やバイト先の同僚や、時に私からの悪意がどっさりと降りかかってきたのです。彼女はしばしば混乱し、「こんな汚い世の中なら、もう生きていたくない」と言うこともありました。

彼女を庇護し彼女の鎧兜となって悪意の矢から守るのか、それともある程度を曝露させ免疫をつけさせるのか。私は悩みました。悩んだ挙句、庇護しつつ少しずつ曝露させよう、という作戦をとりました。少しずつそれは功を奏していったような気もしますが、私もまだ若い時分ということもあって、時に自分が彼女への一番の悪意だったこともありました。
この恋の結末ですか?
最終的には私は「東京で医者修行をする」ことを選び彼女を放棄して逃げ出してしまったのですよ。

風の噂で、その後幾人かの男性と付き合ったと聞きました。


数年ののち、彼女と私は再会しました。ありがちな、共通の友人の結婚式で。私は息が詰まりそうでした。大汗をかき、彼女に挨拶をしました。

それから再開した関係。とはいえ何百キロも離れた、ただの友人関係。

ちょっと前に「結婚することになった」と報告が。お相手は法曹の人らしく、出会って3ヶ月でプロポーズされたとか。変な広告代理店の人とかこじらせた人とかでなくてよかった、と思いました。

あんな恋愛をもう一度することはあるのでしょうか。

きっと、またするのでしょう。どこかで誰かが、私と恋に落ちるのです。





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cakes連載記事、あそこには書けない週刊ウラ話

cakesで毎週金曜の連載「それでも僕は、外科医をやめない」のウラ話や続きを書いています。ここだけでもお楽しみ戴けます。

コメント2件

とても素敵なお話ですね。削除されないように、コメント残します。
林さんのショートに出てきそう。人魚姫は泡に消えるのが美しいと思ってます。自分にはそういう生き方は出来ないですけど。
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