2016.3.11cakes「生きづらそうな人に、ずっと惹かれてきた」ウラ話〜メンヘラかどうかを決めるのは自分〜

こんにちは、外科医の雨月メッツェンバウム次郎です。

今回のcakes連載では、「生きづらそうな人に、ずっと惹かれてきた」と題して、いわゆるメンヘラと呼ばれる人を含む「生きづらい人」の魅力について書きました。

記事はこちら 生きづらそうな人に、ずっと惹かれてきた

ウェブ上では、メンヘラに関する言説を良く目にします。良く、と言うか、かなりの高頻度だと言ってもいいと思います。

そこで今回はメンヘラについてお話をしましょう。

メンヘラとは?

メンヘラの定義には、厳密なものはありません。どうやら2ちゃんねるの「メンタルヘルス板」の人々をメンヘラと呼んだのが始まりのようです。

この単語をもし専門的な用語で正確な定義をするとしたら、「人格障害や感情障害などの精神疾患を持つ人」となるでしょうが、これでも正確とは言えません。

メンヘラという単語は、ざっくりと「心を病んでいる人」といったくらいのニュアンスで使われることが多いようです。このざっくりとした定義の元、話をすすめていきます。

私の見解では、「メンヘラでない人とメンヘラの人の間にはっきりと境界を見出すのは不可能」です。

うつを患う人と、その前段階である「抑うつ状態」の人の境界はかなりあいまいだからです。
そして明確な診断、「統合失調症」や「人格障害」などが付いている人でも、そうでない人と同様の社会生活を送っている人はたくさんいるのですよ。統合失調症の幻覚をコントロールしながら医師をしている人もいるのです。

メンヘラでない人などいない

一方、そういった診断がされておらず精神科に通院していない人であっても、明らかに精神科領域の診断が付くだろうという人をしばしば見ることがあります。私でも、仕事に没頭し毎日の手術プレッシャーで眠れなかった頃にもし精神科を受診していたら、鬱の診断(正確には感情障害と言います)になったであろうと思います。しかし今精神科医に会ってもその診断にはならないでしょう。ホリエモンの愛称で有名な堀江氏も、東京拘置場での独房拘置中に精神安定剤を飲んでいたと著書「ゼロ」で語っています。

ここで私が言いたいのは、人間誰しもがメンヘラになり得るということ。生涯のあいだ一度もメンヘラにならない人など居ないのではないか、とさえ私は思っています。

そして、メンヘラは時として相対的なものです。文化、地域、時代によってメンヘラだったりメンヘラではなかったりするのです。言葉が発明される以前には、人間たちはみな統合失調症様だったという説もある位です。

そしてケイクス本文でも書きましたが、明らかに、メンヘラと呼ばれる人たちの創る作品は抜きん出ていることも書いておかねばなりません。ある著名な世界的アーティストが統合失調症である事実は有名です。

もう、ここまで来るとメンヘラかどうかを決めるのは自分で良いのではないかと思うのです。
メンヘラで苦しむあなたへ。あなたはメンヘラではありません。あなたがそう思っていないのなら、あなたはメンヘラではない。

ただ、注意事項です。

論があっちいったりこっちいったりしてしまいますが、だからと言って精神を病む人は放って置いていい、と言う議論はまた誤りです。精神科や心療内科など、専門家の介入が必要です。話を聞いてあげる優しさに、専門家を勧めることも大切です。精神科は患者さんを薬漬けにする訳ではありませんから。「薬を多く処方することで得られる開業医の収入」はわずかです。

精神科受診は、今の日本では非常にハードルが高いですよね。でも、私はもっとみんなカジュアルに精神科を受診すれば良いと思います。米国では人々は気軽に精神科受診をするそうですよ。何もなくとも受診するような文化になればいい、と私は思っています。

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cakes連載記事、あそこには書けない週刊ウラ話

cakesで毎週金曜の連載「それでも僕は、外科医をやめない」のウラ話や続きを書いています。ここだけでもお楽しみ戴けます。
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コメント2件

Cakesの方の記事もとても素晴らしいと思いました。精神が完璧な人なんていないですもんね。誰だって時には弱くなるし、弱いことは悪いことではない、ましてやプロのヘルプを受けることは恥ずかしいことでもなんでも無いと思います。
誰だって弱くなってしまう時、ありますよね。それをわかってくれる人がいるのは心強い。今回の投稿にはとても勇気付けられました。
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