白川桃乃は「空虚な最強」としての主人公なのか?-星野アイ、光源氏との共通点-



1.『メンタル強め美女白川さん』の構造
2.「『空虚な最強』としての主人公」とは
3.白川さんの空虚さ
4.「最強」が崩れるとき


1.『メンタル強め美女白川さん』の構造

『メンタル強め美女白川さん』というマンガをご存知だろうか?本作は、MFコミックエッセイで連載されているマンガだ。
YouTubeでボイスコミックとして視聴できるので、数十秒の1話だけでも見てもらえるとイメージが掴みやすいだろう。

https://m.youtube.com/watch?v=C4_fuiExeZk&pp=ygUp44Oh44Oz44K_44Or5by344KB576O5aWz55m95bed44GV44KTIDHoqbE%3D


あらすじをWikipediaから引用すると、

「私は私、可愛く、強く!」をモットーに笑顔と自己肯定力の高さで生きる白川さんのマインドや言葉が、様々なコンプレックスや心の傷を抱える女性たちに優しく寄り添う様が描かれる。

という話である。会社やネット上での陰口、マウントや嫉妬などの社会のストレスを、自己肯定感MAXの美人OL白川さんが華麗に跳ね除けていく。そしてその姿が、白川さんの周りの女性たちにも影響を与えていくところを見て、読者の我々も心が軽くなり、活力が湧いてくるのである。

ではこの作品は、どのような形で読者に共感を生んでいるのだろうか?
実はここには、そのようなプロセスを成り立たせている、白川さんの特徴的なキャラクター性がある。

それこそが「『空虚な最強』としての主人公」である。『推しの子』の星野アイ、『源氏物語』の光源氏にも共通するこの性質は、どのように物語に作用するのだろうか。


2.「『空虚な最強』としての主人公」とは

「『空虚な最強』としての主人公」とは、どのようなものだろうか。それは文芸評論家の三宅香帆さんの記事が詳しく書いている(というより、私はこの記事を読んでこの概念を知った)。

https://note.com/nyake/n/n02ccf4c5a533

その解説を三宅さんの記事から引用すると、
「真ん中に空虚を持ってくることで、周りのキャラクターを立てる」物語構造のこと“である。

この記事にもあるように、例えば光源氏は「ただただイケメン、ひたすらにモテる」という描写がされるばかりで、さほど深い内面描写はなされない。そのおかげで、紫の上や明石の君などのヒロインたちの複雑な心理描写が対照的に照らし出される。空虚な主人公を真ん中に置くことで、周りのキャラクターが映えるのである。
『推しの子』もそうだ。「最強のアイドル」が貼り付けられた、実の内面は不明なアイと、アイの謎に向き合うキャラクターたち。ここにも「空虚な最強」の構造がある。


3.白川さんの空虚さ

では、白川さんはどのように空虚で最強なのか。
「最強」なのは、やはりそのメンタルだ。他人も自分も素晴らしい存在、という他者/自己肯定、モヤっとすることがあっても視点を変えることで前向きになれるポジティブ変換、それらを支える美意識と自己研鑽。白川さんのこの最強メンタルは尊くて眩しい、だが眩しすぎる。

この社会を生きる現実の私たちは、こんなに完璧ではいられないのだ。
だからこそ白川さんに共感はできず、一面的な「最強」の描き方に、「空虚」さが生じる。

そんなキャラクター性が照らし出すのは、白川さんの同僚として登場する、それぞれの悩みやコンプレックスを持った女性たちだ。

高身長とそばかす、赤みがかった頬がコンプレックスで、服装やメイクに苦手意識がある朝比奈さん。
太めの体型や、つい食べてしまう自分の意思の弱さを嫌う町田さん。
他人に素直になれず、つっけんどんな言動をしてしまう自分に嫌になってしまう梅本さん、たちである。

私たち誰もが、彼女たちの悩みに共感する部分があるだろう。そして白川さんが彼女たちに寄り添い、励まし、時に新たな視点を提供して、すこし心を軽くする。その過程で読者は、朝比奈さんや町田さんなど、悩みを抱えるキャラたちに自分を重ねるからこそ、彼女たちと同じように明日への活力を受け取り前を向くことができるのである。


4.「最強」が崩れるとき

ここまで「『空虚な最強』としての主人公」の構造について書いてきたが、この物語形のクライマックスは、「空虚な最強」の構造が崩れるときではないか、とも私は考える。

『源氏物語』でいえば、後半の巻で、光源氏が運命の報復ともいえるような窮地に立たされるとき。または最愛の妻紫の上を亡くして、初めて後悔の感情を抱くとき。

『推しの子』では、まさに現在連載中の「15年の嘘」編において、アイの過去、そして真の内面が明かされるとき。

これまで一面的な「最強」であった主人公の、そうでない面が晒されるとき、そのキャラの人間味が一気に解放される。そこで生まれる魅力によって、主人公のキャラ的な深みが更に増すのである。

『メンタル強め美女白川さん』でも、白川さんの複雑な過去が明かされたり、白川さんを上回る美貌を持つ羽柴さんが登場したりと、白川さんの「最強」を揺るがすような展開もある。この物語の動きの結果、彼女が「『空虚な最強』としての主人公」の殻を破って、ますますその魅力を増していくのかもしれない。

令和の最強ヒロインがどこまで羽ばたいていくのか、その行く先が楽しみである。

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