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2019年、ミニマルファンクバンド「Vulfpeck(ヴォルフペック)」はファンクの歴史を変えた

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、第1回目の連載になる。では、講義をはじめよう。

(👆Vulfpeckの解説本をバンド公認、完全無料で出版しました)



ミシガン大学で知り合った友人たちの、ほんの小さなアイデアからスタートしたミニマルファンクバンド「Vulfpeck(ヴォルフペック)」。

彼らが現代までのファンクの歴史において、最後に大きく、大きく歴史を変えた存在であることは間違いないだろう。

※ヴルフペックではなく「ヴォルフペック」読みである理由はこちら👇

彼らは2019年9月28日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにて公演を行い、これをソールド・アウト。14000人の観客を集めた。

ここまでなら普通の話だが、彼らのやり方は、これまでの方法と違っていた。彼らはセルフ・プロデュースで、マディソン・スクエア・ガーデンを満杯にした。

つまり、マネージャーがついていないということ、そして、大手レコード会社の力を一切借りず、自主レーベルのままその成功を手にしたのだ

彼らの宣伝はSNSやYoutubeでのみ行われ、大規模な予算の宣伝広告費は一切使われなかった。2019年2月1日にチケットが一般販売され、数ヵ月をかけて完売。

そして、2019年9月28日。待望のVulfpeckのライブが始まった。

2011年の結成時からのメンバー…つまりJack StrattonJoe DartWoody Goss、そしてTheo Katzmanはもちろん、全員揃っている。

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画像出典:https://www.flickr.com/photos/newmodernscience/page1

ミシガン大学の仲間だったJoey DosikAntwaun Stanleyも一緒だし、あとから彼らの旅路に加わった、Cory Wongなども同じステージに立った。

(👇バンド結成時のストーリーについてはこちら)

このマディソン・スクエア・ガーデンのライブは、なんと全てがiPhoneのカメラで撮影され、2019年12月にMCを含めた全編が無料で公開された。

撮影しているスタッフを映した動画」もファンの手でアップされているが、隠れることなく堂々とスタッフが動き回って撮影している姿がとてもユニークだ。

このライブ音源はそのまま動画の公開と同じ日に、Apple Music、Spotifyなどの音楽サービスで公開。サブスク契約を行っているユーザーは、すぐにライブ音源を聴くことができた。

もしこれが大手レコード会社に属するアーティストであったなら、このライブアルバムはCDになり、さらにBlu-rayディスクになったライブ映像が発売されたかもしれない。

しかし、自主レーベルで戦うVulfpeckは、そういった戦略はいっさい取らない。ライブ映像はあくまで無料公開、音源も無料公開を貫いた。

そして、一部のコアなファンのために、絶対に損失が出ない方法で、「記念」となる「モノ」を届けている。

Vulfpeckはクラウドファンディングで、ファン向けのレコード作成のプロジェクトを開始。目標額5,929ドルに対して227,672ドル、なんと達成率3839%という驚異的な数字で大成功を収めた。

Vulfpeckは必ずアルバムに対してクラウドファンディングを行い、そのどれもが目標額をはるかに超える成功を達成しているのである。


これまでは、ファンクの、いや音楽の歴史は大手レコード会社と深い関係にあった。成功には大きな予算による宣伝が不可欠であり、Parliamentのようにレコード会社との関係が悪化したり、予算を捻出する担当者がいなくなってしまうと、バンドそのものも失速してしまう、というのが歴史の常であった。

しかし、YouTubeや、SNSの発達によって、時代は大きく変わった。大規模な予算がなくても、ユーザーの好みを熟知し、戦略的な発信を行うことで、自ら多くのファンを獲得できるようになってきたのである。

Vulfpeckは2011年に自己レーベルの「Vulf Records」からアルバムをリリースするが、当時はまだ、Vulf Recordsは実際には存在しないレーベルであった。架空のレーベルがあたかも存在するかのように振る舞い、ネットでファンの元に音源を、動画を届けていく…。全てはリーダーのJack Stratton(ジャック・ストラットン)の戦略だった。

彼らは年々、大きな会場でライブができるようになり、また、ソウル&ファンクの大物ゲストをアルバムやライブに呼ぶようになる。

バーナード・パーディー、ジガブー・モデリスト、ブーツィー・コリンズ、ディヴィット・T・ウォーカー、ジェームス・ギャドソン、マイケル・ブランドなど…。

ライブではソウライブのエリック・クラズノー、スナーキー・パピーのコリー・ヘンリーなど、2000年代以降の有名アーティストとも多数共演。

そのまま彼らは14000人をニューヨークに集め、マディソン・スクエア・ガーデンをソールドアウトさせた。大手レーベルに属さずにマディソン・スクエア・ガーデンを満杯にしたファンクバンドは世界初である。

そして…彼らの業績は、本当に暗い森の中、ただ自らの歩みを信じ続けるという、深い信念が導いたものであった。

これについてはライブ中のMCで、リーダーのJack Stratton自らが語っている。ぜひ、彼のその言葉を聞いていただきたい。

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…今夜はHill Climber(登山家)たちの話をしたい。

2013年、若き登山家である「彼ら」は、ロープも無しに危険な道を歩み始めた…つまり、レーベルも、マネージメントも無しに、だ。

彼らの旅は、NYのRockwoodから始まった。装備は、KELTYのバックパックと、Wifiしかなかったが…、100人もの仲間が集まってくれた。

彼らは少しずつ成長しながら、旅を続けた。 2015年、Brooklyn Bowl(NYで有名なライブハウス)に登った。旅の仲間は増え、優れた若い登山家も遠征に加わってくれるようになった。

2016年にはBrooklyn Bowlを三日間、制覇した。さらに、2016、2017年にはBrooklyn Steel(NYの1800人が入る有名な会場)に登った。

プロの登山家は『これ以上遠くへは行くな』と言い続けたが…「彼ら」は決してやめなかった。

2018年、King's Theatre(NYの大会場)に登頂。6000人の仲間が集まってくれた。

しかし、それでもまたプロは言う。『もう無理だ!頂上にたどり着く前に力尽きてしまう、止めたほうがいい。』

しかし我々は『No!』と言った。『俺たちは登る!』と。(We said "NO"!  We're gonna climb!)

そして2019年、我々は頂上へ昇り詰めた…このマディソン・スクエア・ガーデンに!14000人の仲間と共に。
(出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE&t=757s)

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このとき、語り掛けるJackの声が少し震えている。常にステージで冷静な彼としては、とても珍しい姿だ。

…この瞬間をどれだけ夢見ていたことだろう。

SNSに投稿し、分析してはまた投稿し、動画を撮影・編集してYouTubeに上げ続け、自ら多くの曲を作曲し、レコーディングされた作品を編集し、バンドの宣伝物をデザインし、数多くのコネクションをゼロから築いていって…。VulfpeckはJackのプロジェクトであるため、演奏以外のすべての業務は、ほとんど彼が自ら行っていた。

彼らの成功は予定されていたものではなく、前例がない真の挑戦者として掴んだ成功だった。レーベル無し、セルフ・プロデュースによる成功というのは、それほど危険な旅だったのだ。

この成功は、ファンクの歴史を変えたと言っても過言ではないだろう。


(上記のJackのMCの箇所。すぐに該当MCが始まる位置合わせをしてある👇)


彼らの「レーベル無し」での成功は、YouTubeとSNSを用いた地道な活動で掴んだものであったが、私はVulfpeckについて調べていくうちに、インターネットの活用というのは表面的なものであり…以下の2点の要素が、彼らの成功を支えていることに気が付いた。

①まず、バンドメンバーがほとんどミシガン大学音楽学部の人間、しかも学内の有名人たちであった。つまり「音大の優秀な学生の集まり」であり、「個々の技量がずば抜けていた」ということ。

②そして、バンドの運営において利益優先ではなく、「持続可能性(サスティナブル)」を最優先においた、とても画期的な方法が用いられていたということ。

この2点である。

つまり、「最高のミュージシャン」を、「年月を重ねても仲が良いままキープさせる」という、過去のさまざまな有名バンドが挑んでは失敗に終わるプロジェクトに挑戦し、それに成功しているのが、Vulfpeckなのだ。

この「素晴らしい音楽」と、「共感できるストーリー」の二本の柱が、Vulfpeckの魅力なのである。


これら、彼らを成功に導いた要素については、私のnote・・・この連載である「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」で執筆をしている。よかったら、他の記事もぜひ、ご覧いただきたい。


Vulfpeckの「登山」は、まだまだ途中なのだ。我々もぜひ、その旅の仲間に加わろうではないか。

世界最高の音楽家のひとりであり・・・最高のリーダーのひとりでもある、Jack stratton。彼が見ている世界を、我々もまた、見ることができるように。その一助になれば、この連載にも何らかの意味があるかもしれない。

Jack Strattonに敬意を。Vulfpeckに感謝を。

スクリーンショット出典:https://www.youtube.com/watch?v=rv4wf7bzfFE&t=757s


◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー

イラスト:小山ゆうじろう先生

宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。


◇既刊情報◇

バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)


ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」



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