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天冥の標 考察・オムニフロラとはなんだったのか?

小川一水著、天冥の標、全10巻(17冊)ついに読破しました。

なんというかとんでもないシリーズでしたね。中世ファンタジー風の革命劇から始まり、現代パンデミック、宇宙戦艦バトル、セックス、宇宙農家、文明を超越した生命体たち…全ての因縁が絡み合い怒涛のスペースオペラへと展開していく。

SFはだいたい長編1冊でも読んでて体力を使い切っちゃうので複数巻に渡る作品は読んだことがなかったのですが(他はニンジャスレイヤーぐらい)、このシリーズは凄かった。

読んでない人は読んで。すごいから。


以下本題、劇中で描かれた、あるいは描かれなかったあれやこれやの考察記事になります。

・オムニフロラって結局何だったんでしょう?

 5巻のミスチフの説明によれば、オムニフロラとは"賢いつる、またはよく増えるヒートシンク"、半導体の師管に液体ヘリウム4を流す植物から始まった生態系とのことです。以下、オムニフロラのだいたいのまとめ。

・本体は実態を持った黒い蔓であり、それを支える生態系(おそらくドロテア内にいるやたら強い生物たち)と共に宇宙に広がっていく。

・オムニフロラに支配された星では巨大に成長したオムニフロラに恒星からのエネルギーのほぼ全てを奪われ、現地の生態系は絶滅すら出来ずにオムニフロラを駆動するためだけに生かされる状態になる。

・オムニフロラをハードウェアとした場合、ソフトウェアにあたるのがミスチフ。ミスチフは元々は独立した被展開体だったが、オムニフロラに吸収されその生態系の一部となった。
 本編中オムニフロラはほとんど喋らず、大抵はミスチフや血中藻類に汚染された人間を経由して会話する。

・オムニフロラが他の種族への侵攻に使う手段は冥王斑ウィルス。致死率95%の猛毒で文明を崩壊させて、成功した場合にはその居場所を乗っ取る。

・オムニフロラが人間を乗っ取る際には血中藻類と呼ばれるものを使う。恐らくはオムニフロラの蔓本体ではなく全体を構成する生態系の一部?
 冥王斑のような感染性はなく、被展開体としての能力も持たないため他者へと広がることは出来ない。劇中の描写を見る限りは合流できない副意識流(トリビュータリ)に近い。
 10巻に登場したミヒルとアシュムは血中藻類に汚染されたうえでオムニフロラと融合しており、脳を失っても思考が可能だった。


 さて、以上を踏まえて最初にオムニフロラ(およびミスチフ)は太陽系で何をしようとしていたのか?というのを追って行こうと思います。本編ではほぼミスチフとしか呼ばれませんが、ここでは太陽系で行動する主体をオムニフロラとして記述します。

紀元前6250年:オムニフロラによる構造物が木星に出現(到着?)。大赤斑でエネルギーを溜め込み始める。

2015年:木星の構造物から地球に飛ばされたと思われる六本足の猿に入っていた冥王斑にジョプの一族が感染。95%の致死率で人類に猛威を振るうも、鎮圧される。

2249年:ドロテア少将が木星の構造物に到着し、ドロテア・ワットと命名。オムニフロラに気に入られなかったのかドロテア少将の部隊は全滅する。

(時系列不明):オムニフロラの勢力が何かしらの手段でロイズ非分極保険社団とMHD社に侵入。(推定:この時期からロイズの方針にオムニフロラのミスチフが干渉し続けていたとみられる)
 ミスチフが副意識流としてMHD社製品のカヨを作る。

2310年:救世群のグレア・アイザワがドロテアを再発見しドロテアが起動。そこに追いついたアンチ・オックス、エルゴゾーン、救世群による三つ巴の戦いが展開。
 さらにフェオドールの身体で乗り込んだダダーがミスチフを止めたことでドロテアは沈黙してセレスへと移送される。(3巻の断章よりこの時点でダダーはカヨがミスチフ製とは気づいていなかったと思われる)
 また、ドロテアはダダーによりオフライン状態にされ外部と交信不可能に。

2313年:MHD社の倫理兵器が恋人たちの住むハニカムに投入される。(推定:この時点でのオムニフロラはドロテアが使えないため、ロイズとMHD社を人類に浸透させ、その後MHD社製品に潜ませたミスチフによって太陽系人類を支配する計画だったと思われます)

2499年:救世群がドロテアと接触しミヒル・ヤヒロが初めてミスチフと接触する。(推定:この時点~8巻冒頭あたりまではミヒルは血中藻類に侵入されていなかったと思われます)

2502年:救世群がカルミアンの力を使いロイズに全面戦争を仕掛ける。その結果、救世群の勝利がほぼ確定する。…しかし、起動したドロテアが救世群の艦隊を壊滅させ、ミヒルが人類に原種冥王班をばら撒く。全太陽系応答なし。

ここまで書いて第6巻「宿怨」でオムニフロラが何をしたのか、書いていて自分でもようやくわかったので状況をまとめます。(頭のいい人は普通に読んでて気づいてるかもしれません)

・2502年まで、オムニフロラは冥王斑戦略に失敗したためロイズ非分極保険社団を使って人類を支配しようとしていた。
・しかし、救世群が第三勢力のカルミアンの力を得てしまったために科学力で既存の人類を圧倒。オムニフロラの想定外としてロイズの艦隊に打ち勝ってしまう。
・ミヒルから救世群の計画(原種冥王斑での攻撃)を聞いていたミスチフは、ミヒルの計画に乗るフリをして、土壇場で人類を捨ててドロテアを使いカルミアンの本星を支配することへと計画を変更する。(かなり土壇場での変更だったのはジニ号が襲われたのが太陽系アウトブレイク発生後だったことからわかる)
・アイネイア・セアキとフェオドールを利用してダダーのノルルスカインを出し抜いたオムニフロラはドロテアの起動に成功。ドロテアで救世群の戦力を壊滅させ、救世群による人類の支配(=後々のオムニフロラとの敵対)を不可能に。カルミアンの妨害によりミヒルとの直接接触は出来なかったため、そのままミヒルが人類を原種冥王斑で壊滅させる。ミスチフは救世群の不妊を治すという目的に同調してドロテアごとセレスを動かすエンジンとなる。

 つまり、オムニフロラは一度冥王斑の侵略に使い失敗して捨てる予定だった救世群の人達を自身をカルミアンの星に向かわせるために再利用したわけです。(10巻Part2のイサリとのやり取りを見るにミヒルはオムニフロラの計画には気づいていながら救世群のために協調していた模様)


 ここまでが6巻までの太陽系でのオムニフロラの活動です。
 では、次にメニー・メニー・シープ時代、カルミアンの星へと向かう巨大な宇宙船となったセレスでのオムニフロラの活動を見ていきます。(時系列が複雑なのでタイトル表記が混ざります)

25⁇~27⁇:アウレーリア家に戦艦ドロテアの伝説が伝わる(推定:カヨがどこかの段階でアウレーリア家を利用するために吹き込んだものと思われる)

2506年~2804年:ダダーのノルルスカインに騙されてメニー・メニー・シープにドロテアの電力を供給し続ける。

(時系列不明):ミヒルがオムニフロラの血中藻類と融合する。同じく血中藻類に侵食されたアシュムが現れるが出自は完全に不明。

2802~2803年ごろ:惑星カンムに近づいた救世群がミスン族(カルミアン)およびブリッジレス諸族と交戦開始。戦力供給のためメニー・メニー・シープへの電力が減らされる。

メニー・メニー・シープ上:カヨがアクリラと共にドロテアに接触。ミスチフの副意識流としてセレスの現状を把握する。

ジャイアント・アークPart2:カヨが瀕死のアクリラを拾う。18回の複製ののち、カヨはアクリラにオムニフロラが共拡散する方法はないのか、オムニフロラを滅ぼす方法はないのか、ミスチフを滅ぼす方法はないのかと問いただす。その後カヨはアクリラに破壊される。

ヒトであるヒトとないヒトと:ハニカム内にオムニフロラの蔓の実体が登場。ドロテアは惑星カンムへの接近を感知し噴射を停止。ダダーとの情報戦が激化する。また、ミヒルとアシュムはヤヒロ達の勢力に敗れドロテアへと逃亡する。

青葉よ、豊かなれPart1:ミヒルの中のオムニフロラ(あるいはミスチフ?)がゲルトールトに恋人たちのピピシズム(無限階層・増殖型・支配型・不老不死・機械娼像)がオムニフロラにも適用可能かと問う。(この時点でオムニフロラも自身の不妊を認識しており、解決策を探しているのだと思われる)

青葉よ、豊かなれPart2:オムニフロラの中核がミスチフと共にドロテアを脱出。ミヒルとアシュムはドロテア攻略戦で死亡する。

青葉よ、豊かなれPart3:オムニフロラがミスン族の岩巣と接触。ミスチフがミスン族のトーンナナクを取り込み惑星カンムへ降下。さらにスポラミヌカを取り込み恒星の超新星化のための制御施設を乗っ取り、自分ごと周辺諸族を消滅させようとする。
しかしダダーの特攻によりミスチフとダダーは融合してしまい、ミスチフは崩壊する。

 メニー・メニー・シープ以後のオムニフロラの特徴は、その行動が矛盾していることです。2500年までのオムニフロラは純粋に支配領域を広げるためだけに行動してきましたが、惑星カンムを前にしたオムニフロラは自分の限界に気づき、一方的な侵略ではない新たな生存方法を模索しています。その一方で行動そのものは旧来のオムニフロラそのものであり、あらゆるものを敵に回して目的と逆の状況へと向かおうとします。


以下本題です。ならば結局、オムニフロラとは何だったのか?
自分は二つの説を考えています。

A.災害と化したオムニフロラ

 天冥の標で徹底して描かれてきたものは異なる立場のコミュニケーションですが、オムニフロラだけが和解不可能な敵として描かれてきました。作品のテーマに反してるようにも見えますが、よく読み返すとオムニフロラだけは本人がまともに会話してるシーンがほぼ一つもありません。5巻でノルルスカイン相手に言葉らしきものを発したぐらいで、ミスチフや血中藻類に憑かれた人間の代弁としてのみオムニフロラの言葉が出てきます。
 しかもそのほとんどが一方的な意見の押し付けであり、誰かの意見を聞くという事がありません。あらゆるものを閉じ込めて宇宙へ広がるオムニフロラの行動と同じく、コミュニケーションすらも一方的な侵略として描かれているのです。
 オムニフロラ自身に意識がないというわけではなく、8巻以降は間接的に己の現状を変える手段を求めて他人に問いかけを発しています。しかしそれらが実際の行動に移されることはありません。移せないと言った方が正しいでしょう。取り込んだミスチフの自我も6千万年前で止まっているため、オムニフロラ自身の考えすら全てが「強いちからでまもっていこう」に塗りつぶされ、コミュニケーション不可能な一種の災害と化していたのです。多種族に超新星爆発を使われるほどの敵対はノルルスカインが5巻で記した覇権戦略に訪れる災厄にオムニフロラが陥っていたのかもしれません。

B.ミスチフとオムニフロラの剥離

劇中のほとんどのキャラクターがオムニフロラとミスチフを混同しており、ただ「ミスチフ」、あるいは「昏睡の沼」と呼ばれていました。実際ミスチフはオムニフロラの生態系の一部と化しており、オムニフロラが支配領域を広げていくための被展開体として活動していました。
 しかしミスチフが語るオムニフロラとの出会いはそもそもとある惑星上で繁栄していたオムニフロラをミスチフが発見したことであり、ミスチフがオムニフロラを宇宙へと運んで行ったというものでした。オムニフロラはそれまでただ広がっていくだけの生態系であり、それがミスチフという強力な知性体を取り込んだことで宇宙の中に誰にも止められない「昏睡の沼」が生まれたのです。
 10巻で生み出されたオムニフロラへの対抗策、「魅力的な蔓(オムニフロラ・チャーミング)」は本来ならオムニフロラにとっては願ってもない話です。オムニフロラ自身も他の種との共存の道を模索しており、拒絶する理由のない話でした(むしろ超ミスン族のオンネキッツが問題点を指摘したほど)。
 しかし実際には繁殖の対話にすら入らず旧来のオムニフロラの戦略を実行しました。なぜなら、そこにミスチフがいたからです。オムニフロラの生態系に取り込まれたはずのミスチフは何度も語ります。「強いちからでまもっていこう。」と。それはノルルスカインがミスチフの言葉だと思えるぐらいにはミスチフの考えなのです。
 
ミスチフが六千万年前にオムニフロラを発見した時に何を思っていたのかはわかりません。ミスチフはオムニフロラに取り込まれてその一部となり自我の更新もそこで止まりましたが、しかし逆にミスチフがオムニフロラを取り込んだと言えるほどに強固な自我を残していきました。
 それゆえにオムニフロラが自身の限界に気づいても、その意志に反してミスチフがオムニフロラ一種による侵略を強行させたのです。
 実際、ミスチフの抜けたオムニフロラは脅威度がかなり低く、ハニカムのオムニフロラも「芯」が抜けた後のドロテアも脅威が全く描写されません。
 オムニフロラの真の脅威とは、六千万年前のオムニフロラに「強いちからでまもっていこう。」を感染させたミスチフだったのかもしれません。


 以上が考察になります。
オムニフロラがこの作品の中では珍しく一方的な敵として描かれていたのが気になってちょっと考えてみようと思っただけだったんですがなんかすごい文章量になりました…。
 他にも考察する要素は色々ありそうなんですが、書きだすと多分止まらないのでこのぐらいで。

明確なミスなどあれば教えてください(読み返すの大変で時系列とか結構曖昧なので…)



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