ジョン・W・キャンベル『無限からの侵略者』十三章 試訳

 更新がまたも遅くなってしまいました。文フリやら何やらで立て込んでいましてね……(いいわけ)

 そんなこんなで十三章です。シリウスに突如現れたゼット艦隊。アーコットたちはシリウスの都市を守るため、〈エンシェント・マリナー〉を駆って立ち向かいますが……

ジョン・W・キャンベル『無限からの侵略者』
渦巻栗 訳

十三章 敵襲

 〈エンシェント・マリナー〉は身震いすると、軽やかに都市郊外から浮上した。そしていま、地平線を越えて姿を現したのは、凄まじい速さで接近してくる、ゼット艦七隻の艦隊だった。
 全力で都市を守らねばならない。アーコットは船を回頭させて、モーリーに命令を怒鳴った。その間に、一隻のゼット艦が急に針路をそれ、一気に降下した。引力光線だ。敵艦は海王星の岩に衝突し、めりこんだ。半ば埋もれて停止した。停止して――後退した! 途方もなく強靭なリラックスとラックスは衝撃に耐え、奇妙で、非人間的に強い男たちは傷一つ負っていなかったのだ!
 二隻が同時に接近してきて、分子光線を閃かせた。光線はアーコットが張ったスクリーンをかすめたが、チューブはたちまち持久できそうにない様相を呈した。明らかに接近中の艦はすぐにでもシールドを破るだろう。アーコットは船を回頭させて、別の方向へ飛ばした。目がくらんでいたのだ。
 固有空間へ突入し、十秒待ってから、復帰した。眼前の光景は一変していた。違う世界のようだ。光はとても淡く、あまりにぼんやりしているので映像板の映像がほとんど見えない。映像は深く赤みがかかっていて、ほとんど黒ずんでいた。シリウス、燃える青白い星ですら赤い。突き進むゼット艦はとてもゆっくり動いていて、そのスピードには楽々とついていける。敵の光線は、まだ空気を鮮紅にイオン化してはおらず、黒ずんでいる。計器によれば、スクリーンはもはや深刻な負荷を受けておらず、そのうえ、その負荷も無線よりずっと低い、無害な周波数だというのだ!
 アーコットは驚きに目を見開いた。ゼット人はどうやってこの変化を生じさせたのか? 彼は手を伸ばして、〈目〉の倍率を淡い光でも充分になるよう調節した。ウェイドもまた驚きに目を見張っていた。
「おお! 何てアイデアだ!」いきなりアーコットが叫んだ。
 ウェイドは同じくらい驚いてアーコットを見つめた。「秘密は何なんだ?」と問うた。
「時間だよ、きみ、時間だ! ぼくらは加速時間平面にいるのさ、奴らよりも速く生きているし、こっちの燃料の原子はずっと速く崩壊しているし、ぼくらの一秒は短くなっている。地球時間の一秒間だと、ぼくらの発電機はいつも通りの発電量だが、いまいる時間のなかなら、ずっとずっと多い量を一秒で発電できる! 加速時間力場に影響されてるんだ」
 ウェイドは事情のすべてを飲みこんだ。赤い光は――普通の光が、あらゆる知覚作用が加速された目によってとらえられた結果なのだ。あの変化、あの淡さ――淡かったのはこちらでの一秒間に届くエネルギーが小さくなったためだ。シリウスのX線のスペクトラムに達するとこの青い光となり、X線が普通の光として目に映る――大気によって途方もなく遮蔽されてはいるが、〈目〉のすさまじい倍率がそのように見せるのだ。
 残されたゼット人も同時に同じことを考えたらしく、自身の時間力場に包まれてアーコットの方へ向かった。ゼット艦は実際に飛びこんできたように見えた。突然、相手のスピードが思いもよらぬほどあがる。時を同じくして、アーコットの手が、すでに空間歪曲スイッチに伸びていたのだが、それに届き、押しこみ、船を固有空間へ放りこんだ。最後のきらめきが唐突に消え、ゼット艦の艦首がすぐ脇に大きくぼんやりと現れた。
 すさまじい衝撃が船を弾き飛ばし、男たちを放り出した。光が瞬いて消えた。
 部屋の自動非常灯がだしぬけに瞬き、光がもどってきた。非常灯はエネルギー貯蔵コイルが駆動源となっている。一同は青ざめ、張りつめた様子で位置についている。モーリーがさっと遠隔計器盤を見やり、アーコットは肝心の制御盤の前にあるダイアル数個を見つめた。
「気圧が船外に存在しているぞ!」驚きに声をあげた。「大量の酸素、わずかに窒素、明らかに呼吸可能だな、毒がなければの話だが。気温は摂氏マイナス十度だ」
「光が消えたのは、衝突でショートしてリレーが開いたんだな」モーリーと一同はぶるっと身を震わせた。
「神経ショックです」ゼズドン・アフセンが言った。「少なくとも一時間は作業できませんぞ」
「待てませんな」アーコットが短気に言った。やはり神経がいらだっているのだ。
「モーリー、強いコーヒーをつくってくれ、それから貴重な空気を煙草で浪費するとしよう」
 モーリーは立ちあがって、主通路につながるドアへ行き、調理室へ向かった。「きつい仕事だぜ――重量がないんだからな」と呟いた。「ともかく、通路には空気がある」ドアを開けると、空気が操縦室から噴出し、気圧が等しくなった。機関室へのドアは閉まっているが、二インチ厚のラックス金属製であるにもかかわらず膨らんでおり、その透明な材質を通して機関室の残骸が見えた。
「アーコット」と叫んだ。「こっちに来て機関室を見てみろよ。故郷から百京マイル離れたところで、フィールドを切れなくなっちまったぞ」
 アーコットはすぐに来た。ゼット艦艦首の途方もない塊が船体中央を捉え、力強い衝角が機関室を貫いたのだ。ラックス璧は損傷していなかった。状況がどうあれ、破城槌の一撃でさえラックス璧をへこませることしかできないので、破壊については言うまでもない。だが、超強力な主発電機はぱっくり引き裂かれていた。機構の損害がひどい。敵艦のへさきが深く発電機に食いこんでおり、機関室は廃墟と化している。
「それで」モーリーが指摘した。「こんな作業は到底こなせないぞ。大量の機械類をどこかの惑星に降ろして作業しなきゃならないし、あの部材を曲げることすらできないんだから、修理するなんてとても無理だ」
「コーヒーを淹れてきてくれるか、モーリー? ちょっと考えがあってね、きっとうまくいくと思うんだ」アーコットは機械類をじっと見つめて言った。
 モーリーは振り向いて調理室へ向かった。
 五分後、一行が廊下にもどってみると、アーコットはまだ立っていて、機関室を凝視していた。一行はコーヒーを入れた小さなプラスチック製バルーンを運んできていた。
 コーヒーを飲んでから操縦室にもどって、各々座りこみ、地球人は呑気に煙草をのみ、オルト人とタルソ人は、ゼズドン・アフセンが持ってきたオルトの軽い麻薬を楽しんだ。
「さて、やるべきことが山ほどある」アーコットが言った。「空調は少し前に止まってしまったし、貯蔵タンクの空気が使われているかたわらでぶらぶらするのは嫌だね。われらが友人の敵さんには気づいていたかい?」巨大な窓の向うにはゼット艦の巨大な艦尾が見えた。数学的な正確さで切断されている。
「何が起きたかは簡単に推測できるね」モーリーがにっこりした。「奴らはこっちを粉砕したかもしれないが、ぼくらは間違いなく奴らを粉砕してやったんだ。半分だけぼくらの空間に入って、半分ははみ出していたんだ。結果は――入っていた半分は残った。もう半分は外に残った。それぞれ瞬時に一億マイル隔てられ、あの見事に正確な平面がぼくらの宇宙の切断面を表すことになったというわけだ。
「この話はこれで片付いたとして、次の問題はどうやってこの老いぼれ難破船を修理するかってことだ」モーリーはちょっと笑った。「それとも、どうやってここから脱出して、懐かしの海王星に降りていくかってことかな?」
「直す方だ!」とアーコットが答えた。「行こう。きみは宇宙服を着たら、ポータブルの電望鏡を持ってきて、空間中で動かないように設置し、こっちの船とゼット艦の両方が映るようにしてくれるか、ウェイド? 周波数は――七・七・三だ」モーリーはアーコットと一緒に立ちあがって、後についていき、いくらか煙に巻かれて通路を歩いていった。エアロックでウェイドは宇宙服を着て、オルト人に手伝ってもらった。すぐに他の三人が現れて機械を運んできた。無重量といってよかったが、放っておくとゆっくり落ちてしまう。〈エンシェント・マリナー〉とゼット艦の前部の質量がそれなりの引力場を形成しているからだ。だが落下はもどかしく、ゆえに船内では誘導する必要があった。
 ウェイドは電望鏡をエアロックに搬入し、一瞬後にはともに宇宙へ出ていた。手につけた分子駆動ユニットに引っ張られながら、電望鏡を所定の位置へ引っ張り、いくらか苦労しながら、いまや互いに向かい合っている二物体に対し、ほぼ不動となるように設置した。
「少し回してくれ、ウェイド、そうすれば〈エンシェント・マリナー〉がちょうど収まる」アーコットの思考だ。ウェイドはそれに従った。「もどってきて、お楽しみを見物したまえ」
 ウェイドは帰船した。アーコットたちは忙しげに倉庫から出した重い非常用導線を破損した導線のところに設置しようとしていた。五分後、計画通りに設置できた。
 操縦室へアーコットは向かい、機関室の監視板を立ちあげた。映像板システムにつなぐと、機関室の光景が船中の映像板で見れるようになった。部屋の片隅、非常事態のために設えられ、数日はもつ独立した貯蔵コイルを備えた、その映像板はうまく作動した。
「さて、準備できたぞ」とアーコット。タルソ人はアーコットの意図を汲み取り、実験室へ先回りした。
 アーコットは二基の映像板を起動した。一つは外の電望鏡が送る光景を映し、もう一つは機関室を映している。
 アーコットは人造物質装置へ歩み寄り、てきぱきと操作した。すぐに船の貯蔵コイルからエネルギーが来て、装置に流れこんだ。巨大なリングがゼット艦の艦首周辺に現れ、ぴったりとそこにはまった。ぐいっとねじったかと思うと――敵艦は〈エンシェント・マリナー〉から外れた。リングは縮んで、壊れた艦首から切り離された塊となった。
 塊は〈エンシェント・マリナー〉の船体まで運ばれてきて、小さな破片はさきほどと同様に切り落とされ、船内に運びこまれた。ひとつの破片でもおそらくは〇・五ショートトンの質量がある。「良質の部材を使ってるといいんだが」アーコットは笑った。破片が船の床に置かれると、人造物質製の円盤が穴を塞いだ。別の円盤が破壊されたゼット艦からリラックス片を取りあげ、それを船体の穴に押しこんだ。作業現場の周辺は、エネルギーが熱と光へ分解していく、バチバチ弾ける地獄だった。アーコットが凄まじい道具類を非物質化すると、〈エンシェント・マリナー〉の船殻はリラックスできっちり修理されており、前と同じように滑らかになっていた。再び、運びこんだリラックスをいくらか用いて、内壁を修復した。ラックスのあったところにリラックスの外壁が覗いていることを除けば、作業は何から何まで完璧だった。
 主発電機は粉々にして、引っぺがした。補助発電機が負荷を引き受けることになるだろう。巨大ケーブルが同じ方法でてきぱきと修理された。完全な円筒が周りに形成され、アーコットが敵艦から切り出したリラックス片が凄まじい圧力下でそれらを溶接したのだ。圧力を加えることで二つを完璧に融け合わせることができるのだが、熱のみでは不可能だ。
 三十分もしないうちに船の修理は済み、機関室もおおむね修復できた。あとはいくつか細々したものを倉庫から取ってきて交換するだけだ。主発電機はなくなったが、必須というわけでもない。ドアがまっすぐに直され、作業は終わった。
 一時間後、旅を続ける準備が整った。


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