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佐渡島さんからお返事がきた。どうもありがとうございます。

骨太で、これから何を考えていかなければいけないのか、ぼくらに何が足りていないのかが、とてもわかりやすい。問題提起としてこれ以上ないくらいいい記事。皆さんもぜひ読んでみてほしい。

全編読み応えのある記事だが、ぼくがこれからお返事を書くにあたって、一部を引用させてもらうことにする。

まずは、ここだ。

病気に関する「正しい知識」を手に入れても、患者や家族にとってはどうしようもない。患者がガンを検索する時、「ガンとは細胞が突然変異を起こして…」と詳しく知りたいわけではない。

まったくその通りで頭を抱える。

・医者は正しいことにこだわるあまり、患者がほしい情報をきちんと出せていない

ただまあこれについては、(言われるだろうなあ)と、予想していた意見でもある。業界でも気づき始めている人をちらほらみかける。事実、ちかごろ、ネット上で情報発信をがんばっている医師たちは、自分たちが職能を活かして発信する『科学的に正しいこと』と、患者が『ほしい情報』とのギャップを指摘するようになった。

たとえば外科医けいゆうさんは、イケメンで文章が書けてファクトを揃えるのがうまく人に優しく学歴が高くて幸せな家族を持っているという、きっと前世で惑星直列から人類を救うくらいのことはしているであろう完璧超人だが、患者と医師とのすれ違いについて、以下のような記事を書いている。


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また、佐渡島さんはこんな指摘もくださった。

科学的に正しい情報を伝える時に、「人は死ぬ」という大前提を隠しながら伝えているように僕は感じてしまう。言いにくいことは言わずに察してほしいと思って情報発信されているメディアに信頼感があるか。偽情報を発しているメディアは、胸襟を開いている感じが出てる。一方、正しくあろうとするメディアは、奥歯にものがはさまった表現方法をしている。そこに大きな問題があるように僕は感じている。

これについても、一部の医師は気づいていると思う。患者と医者が一緒につむいでいく物語のことをもっと考えよう、というスタンスの記事や書籍をちらほら見かける。たとえば以下の、西智弘さんという人の本は、あらためて多くの人に勧めておきたい。

また、もうすぐ出版される、大塚篤司さんの本も楽しみにしている。AERAの連載をまとめたものだが、連載自体が非常にすばらしかった。


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佐渡島さんが書いてくださったご指摘の数々は、医師の側もある程度気づき始めており、ぼくは、改善しはじめていると信じたい立場である。

佐渡島さんは書いた。

情報を伝えることではなく、感情に寄り添うことを主軸に発信する。その人たちの情報の方が、科学的に正確な人の情報よりも患者には届いてしまう。

まったくその通りだ。

医療における科学的な情報は、医師の職能の中核であり、極みであり、飯の種であり我々の誇りでもあるが、サイエンスやセラピーに関する情報は「医師が出せるもの」であって、「患者がほしいもの」とは限らない。

患者がときに、インターネットや書籍を通じて、手に入れたがっているのは、気休めだ。気休めと書くと字面が悪いが、病に苦しみ、将来の不安に悩み、張り詰めた「気」を休めることはケアの根幹である。

セラピーとケアとの違いについては、シリーズ『ケアをひらく』の超有名書籍に詳しい。佐渡島さんも読まれているが、公開往復書簡なのであらためて書籍リンクを貼っておく。

さて、その上で。

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佐渡島さんが気にされていた医師側の問題点は、一部医師も気づいていて、改善すべくウェブ記事を書いたり本を出したりしている、という前提。

でもやっぱり届いてないんだろうなあーと思う。

内部にいるぼくだから、いやいや医師もそういうことにはけっこう気づいてますよぉ、わかってますよぉ、書いてますよぉ、出してますよぉ、って、具体例をちまちま挙げることができるのだけれど。

外部にいる佐渡島さんからは、内部のぼくらがまだ気づいていなくて、手をきちんと打っていないように見えている。

やっぱり届いてないんだ。だとすると、何が悪い?

わかってて取り組んでいるのに外に届いていないのだとすると、これはもう、ぼくらが無能で、作ったコンテンツがへぼくて、発信力が足りなくて、構成力が甘くて編集能力が足りなくて営業努力が届いてなくて、つまりは、やってるけれど無能なんです、という、深刻な状態なのではないかと思う。

医師は、そもそも情報発信に対するスキルが足りず、プロを相手に渡り合うには技術が未熟。コンテンツの素材はいいはずなのだが(だって正しいんだから(?))、調理が甘い。

これがひとつの分析だ。
そして、もうひとつ、考えがある。


佐渡島さんは、平野啓一郎(※余談だが元カノが、彼のデビュー作が好き過ぎて、当時めちゃくちゃすすめてきて、最終的には平野啓一郎の写真を部屋にはり、あなたより平野さんのほうがかっこいい、と言って去って行って以来、トラウマとなっておりあまり読めません。すみません)氏の「分人主義」のことを書かれていた。

ぼくは個人の能動的なありよう(発信)が「分人」であるという考え方がけっこう好きなのだが、それと同時に、現代社会においては受動的なありよう(受信、情報収集)もまた、分割されているように感じる(平野さんも書かれているのかもしれませんがすみません、読めていません)。

インターネット、SNSによって、ぼく自身、情報の収集法法が変わったことを自覚している。一冊の本で何かをじっくりと学ぶ機会が減った。10秒ずつスマホで違うページを眺めているうちに、今世の中に起きている雰囲気がざっくりと伝わってくるような感じになった。

TikTokを2時間くらい眺めている中学生・高校生は、その2時間の間に、30秒足らずの動画を無数に見て、とんでもない量の楽曲(の一部)と、とんでもない量の他人の笑顔を、表層だけかすめとって、そこからゲシュタルト的に「今のムード」を感じながら、境界線の不明瞭な個を確立していく。

バスに乗っていたら後ろの子ども達が、「ボーイミーツガー そーれぞーれのー」などと歌っていた。おいおい令和になってTRFかよ、と思っていたら一人が言った。「それ誰の曲?」すると二人くらいが口々に答えた。「知らんし」「ティクトクでたまにかかるやつ」「りょ」。曲名なぞ伝わっていないし、アーティスト名も知られない。ただ曲の一部だけが爆速で薄く広がっている。デパ地下で味見だけしているうちにお腹いっぱいになった日のことを思い出す。

誰かの「分人」のひとつを求めて、その最表層を瞬間的にかすめとって、次々と味見をして、情報をパッチワーク式に脳に貼り付けていく。そんな現代社会において、いくら優秀で性格がよくイケメンな医師が丹念に寄り添うタイプのコンテンツを作ったところで、もはや一冊に込めた優しさはまるごと消費されることは少なく、内部の人間以外はそもそも著者の存在に気づくこともできない。

がんと戦わない本、あやしい健康情報を書いた本。正しさを置き去りにして、寄り添う姿勢で、見やすい文字、衝撃的なデザイン、テイクホームメッセージがたった一つしかない安い本。本屋に大量に並んだこれらをTikTok式にざざっと立ち読みして伝わる「現代ニセ医療の雰囲気」に対し、医師は、わかっていても、立ち向かっていても、なんだか、歯が立っていないんだ。

世の中はよくなっている。がんの5年生存率はどんどん向上している。平均寿命が延びている。医療者たちがこれまでやってきた科学が正しかったことはきちんと証明されている。ファクトとして、ぼくらが「正しくあり続けることは間違ってない」。だから医者は、本が売れなくても、ウェブで歯が立たなくても、まあいいか、やることはやっているもんな、と、正直、あきらめていたりする。自分の職能が及ぶ範囲は狭い。自分の外来で手一杯だ。少なくとも、実際に顔を合わせる人とくらいはまじめにコミュニケーションするから、ネットではもう、勘弁して欲しい。

そして、自分が治せる病気以外で患者の相談にのるのは、正直、心がつらい。今日あったばかりの他人が明日死ぬとしても悲しみはやってくる。できれば、今の科学で治る人とだけ付き合っていたい……。情報発信についても、伝わらないのは知っているけれど、そもそも、正しさを書くだけでもぼくらはある程度認められるし、認められる方で生きていきたい。医者に人生全てを背負わせないでくれ。医者が役に立つ場面は、人生の一部でしかないし、医師免許を使うぼくらは、分人のひとつでしかないし、医師免許の効力が及ぶのは、あなたの脳内パッチワークの一部でしかないはずなんだ。


……でもそんな言い訳ばかりじゃ、だめだろう。


医者はもう少し殴られた方がいい。外部に届いていませんでしたね、情報発信がへたですね。これじゃ届きませんよね。

どうです佐渡島さん。わかってるんですけどうまくできないんです。これって直せるものなんでしょうかね。ぼくらの発信方法。コンテンツのそろえかた。みせかた。サービスとして成り立たせるには。正しさだけ書いたってほんとに悩んでる患者には届かない、そんなことわかってるんです。でもうまくいかない

ぼくらには、寄り添うためのスキルが、ぶっちゃけ、足りてないし、それ以上に、患者によりそうナラティブを書くクリエイターとして、真剣に売れたいと願う心意気が足りてないのかもしれない。

佐渡島さん、あなたがたはコミチで、真剣にマンガで食っていきたい人たちに手を差し伸べているでしょう。本人が描ける人で、描きたい人で、描く題材をもっているんだけれど、それでもなんだかうまく届けられないし売れないとき、に、叱咤激励して(あるいは叱咤せずよいところを伸ばしながら?)、一緒に育とうとしていらっしゃる。外部から見ていると、そう見えます。

「書きたがっている医者」にもそういう指導が必要なのではないか。

ぼくは今猛烈にそう思っていますよ佐渡島さん。

あなたがたのメソッドが売りに出されたら、ぼくは買う。

(2019.8.14 市原→佐渡島さん)

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Shin Ichihara/Dr. Yandel

病理専門医

病みを聞いてくれ

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