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おもちゃ 心 揺れ動く

社会に出てから、良くも悪くも色んな人の目に晒されて今日を過ごしている。
朝、家から最寄りの駅まで歩いている時、すれ違ったおばあちゃん。
通勤電車の中で、少し肩がぶつかり、怪訝な顔をした中年の男性。
出勤するといつも挨拶してくれる、警備員さん。
「定食一つください」「500円でーす!」元気に答えてくれる食堂のお姉さん。

あぁ、今日もたくさんの人に支えられて生きているな。
そんなことをしみじみ感じる中、心のどこかでもう1人の自分が囁く。


「いつの間にか、人の目なんか気にして、丸くなってんじゃないの?」


そうなのかも知れない。だってそれは、人を傷つけずに生きる手段だから。


「ふーん。でも、お前らしくないんじゃない?何を恐れているの?」


再び囁くもう1人の僕。

何も恐れてなんかない。
でも、そう言われると、もしかしたら気にしているのかも知れない。

無意識の内に人の目を気にして、大切な内なる声に蓋をしてる。
そんな自分が怖くて、嫌いで。

大丈夫。
自分らしく生きている。

そんなことを確かめるように、
靴を脱ぎ、アスファルトの上を、裸足で歩く帰り道。
雨が染み込んだ地面の冷気が、そっと足の裏を包み込む。

大丈夫。
僕はまだ、僕のまま。今を生きている。


1. おもちゃが人の心を動かしている奇妙さを俯瞰して捉える「トイ・ストーリー4」

先週ついに10年の時を経て公開された「トイ・ストーリー4」
世の中的には賛否両論あるらしいが、そんなの知ったこっちゃない。個人の所感では、"とても心打たれる映画"として今年見た映画の中でも1、2を争う。やっとウッディが利他から利己に戻った瞬間、涙が溢れ出た。映画を見終わった後しばらくして、ふとある種の違和感を感じた。おもちゃに心が動かされている自分自身がそこにいたことに対してである。

今回の事象を言語化してみる。

「何に心が動いたのか」
→おもちゃの主人公に、感情移入した

「何故人ではない物質の塊に感情移入できたのか」
→ 人間と見間違えるほどのリアルさから人間らしさが感じ取れた

「人間としてのリアルさとは何か」
→ 靴の裏に書いてあるインクの滲みや、喜怒哀楽の感情表現、決してロジカルではない、情理的なもの

つまり、おもちゃが既存のおもちゃである枠を超えた感情表現を伴ったことで、そこに無意識的に感情移入してしまった結果、心が動いてしまった。
もちろん、事前にPIXARの本を読んでいたことによって、製作者の苦労が映像を通して届いてきたことも追加してあるだろう。

でも、ここに恐ろしさを感じるのは自分だけだろうか。

リアルではない、限りなくリアルに近い非現実にこれだけ心が動くということは、近い将来、ロボットが人の感情を動かしうる存在になる可能性を大いに秘めている。人間が無意識に感情移入するラインをロボットが超える瞬間こそ、シンギュラリティかも知れない。

人間は人間だから心動くのではない。

そこにある無機質なもの・機械的なものであっても、そこにつけられたストーリーと人間らしさが一定値を超えた瞬間、心が動いてしまうのである。

意味付けやストーリーテリングのようなビジネス上で近年重要視されている指標の破壊力をまざまざと見せつけられた、そんな瞬間だった。

2. 共創して生存するロールモデルとしての「虫展」

こちらは先週から21_21デザインサイトで開催されている「虫展」の話。

虫をデザインの手本として解釈し、普段は邪険に扱っている(であろう)虫をぐっと見つけ直してみよう!というのが展示のコンセプト。実際に行ってみて貰えれば分かるが、すごく見入ってしまった。

人間は今ある姿を変えずに、道具を使って自然界を変化させることで生存しているが、虫の多くは自然界を変えるだけの力がなく、その環境で生存するために自らの身体的機能を進化させてきた。

よって人間よりも身体的に最適化されている彼らから学ぶことは身体にとどまらず多岐に渡るんじゃないだろうか。

虫自体の展示も興味深かったのだが、それと同時に考えさせられたのは展示場内ところどころに飾られている「養老語録」。
例えば、

「見ているのに、見えていない。これは人生で、いつでも起こることである。
ー Although I was looking at it, I couldn't see it. This happens all the time in life.」

「発見とは、じつは「それを知らなかった自分」が「それを知った自分」に変わることである。
ー Discovery means that one changes from a self who did not know a fact to a self who knows that fact」

などなど。普通のことを言っているのに、改めて言われると考えさせられてしまう。そんな、いつも見えている当たり前なことを再度捉え直すと、新しい発見がそこにはあることを訴えかける展示。

展示の中に一つ、グンタイアリのシミュレーションモデルが動画で移されている展示があった。

(i)お互いばぶつからないように動き続けているモデル
(ii)餌を見つけてそれ以外何も見えていないモデル
(iii)餌を見つけたアリがフェロモンを出すモデル

見ながらくっと笑ってしまったのは、そこに映るのはまさしく現代社会の縮図だったから。ありも人間もやってること変わらんのなと。

3. 通ずるものは果たして。

「トイ・ストーリー」と「虫展」そこに共通するものは何か。2つあると思う。

・新しい発見を求めるのであれば、身近なものを意識して見つめ直すことが近道である。
・人間以外のものから学ぶことは多い。彼らは人類史の先を行く流動性の高いロールモデルなのである。

VUCAと言われるこの時代、人間だけから学び直す(Unlearn)なんてもったいない。どんなモノ・コトからでも学べる。それに気づけるかは、自分のあり方次第なのだから。

参考書籍・Webサイト


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