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【徹底解説】知ってるようで知らない!?日韓徴用工問題とは何か

 戦後最悪とも言われる日韓関係。日本が韓国に対して半導体材料の輸出管理強化(輸出規制)を行った事で、最悪な状況となっています。日本政府は「あくまで輸出の管理を徹底したにすぎない」としていますが、規制の発表当初は徴用工をめぐる問題を念頭に「徴用工問題で国際約束を守らないことが明確になった。貿易管理でも守れないだろうと思うのは当然だ。」(安倍首相)「G20までに満足する解決策が示されなかったことから信頼関係が損なわれた」(菅官房長官)「韓国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっている」(世耕経産相)などと発言がなされており、「徴用工訴訟問題」に対する日本政府の事実上の対抗措置ではないかとの見方が優勢です。

 まあ、政府も最近は否定してますし、対抗措置なのかそうでないのか、その真偽は確かめようもありませんが、少なくとも「徴用工訴訟問題」という問題が日韓関係をこれほどまで悪化させた根源であるし、この問題には今、大変大きな注目が集まっています。しかし、それがどのような問題なのか、なぜこれほどまでに両国間に亀裂をもたらしてしまったのか、日本や韓国の主張はどのようなものなのか、実は多くの人が知りません。

 そこで今回は、この「徴用工訴訟問題」について日韓双方の主張や歴史的経緯をまとめ、できる限りかみ砕いて皆さんに説明をしたいと思います。なかなか敏感なテーマなのであらかじめ申しておきますが、今回は日韓どちらの主張が正しいかという判断をするつもりはありません。あくまで中立な立場から、一部解釈の入る部分はあれ、できる限り事実のみをわかりやすく示したいと思います。その上で、判断は皆さん自身にお任せをしたいと思います。また、私はこれを書くにあたってできる限り膨大な量の学習をしてきましたが何かの専門家ではありません。仮に勉強不足な面があればご容赦ください。

~そもそも徴用工訴訟問題って?~

まず、ここから知らない人が実は多いのではないでしょうか?そもそも徴用工訴訟問題って何なのでしょうか。

徴用工訴訟問題
戦時中に朝鮮半島から動員(徴用)され、日本企業の工場などで働かされた韓国人や遺族に損害賠償を求める権利を認めるかどうかという問題。日本での賠償請求訴訟では「国交回復時(1965年)の日韓請求権協定で請求権は消滅した」との判断が最高裁で確定した。だが、韓国で最近、請求権を認め、日本企業に支払いを命じる判決が相次いだため、日韓関係を揺るがしかねない問題になっている。(2013-11-07 朝日新聞 朝刊 5総合)

 日韓併合から第二次世界大戦終結の間、多くの韓国人が徴用され、日本企業のもとで働きました。中には奴隷のように扱われた人も多かったようです(もちろん例外もありました)。そうしたことに対して、元徴用工たちが、その賠償を日本企業に求める裁判が2000年以降、韓国各地で起こりました。
 2018年10月30日、韓国の最高裁にあたる大法院は新日鉄住金に対し、韓国人4人へ1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じる判決を下しました。大法院の判決として初めて、元徴用工に対する損害賠償の責任が日本企業にあることを認めたのです。
 これに日本政府が反発。主張が食い違っており、未だ解決には至っていません。

~なぜ日本政府は怒っている?~

 なぜ日本政府は怒っているのでしょうか?それは「もう過去に解決した問題を蒸し返された」と考えているからです。
 「1965年の国交正常化に伴う日韓基本条約の付随協約である『請求権協定』において、徴用工の賠償については解決済みである。」というのが日本政府の立場です。1965年、日韓の国交が回復されるにあたって「日韓請求権協定」という協定が結ばれました。そこには以下の文言が記されています。

「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」(請求権協定第2条)

 この協定により、元徴用工が当時の苦痛について損害賠償を求めること(請求権を行使すること)はできなくなっているはずだというのが、日本政府の主張なのです。


~韓国側の主張~

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では、なぜ日本企業に損害賠償を命じる判決が下されたのでしょうか。それは請求権協定が「個人請求権」をも消滅させたわけではないと判断したからです。難しいですね。

一般的に「請求権」というのは二つに分けられます。一つ目は「外交保護権」で、もうひとつが「個人請求権」です。

外交保護権とは「ある人が受けた違法行為について、その人の国籍国が、違法行為を行った国家に対して国家責任を追求する国際法で認められた権限」と説明されます。簡単に言えば「国が国に対して責任を求める権利」と言えます。

一方の個人請求権とは、読んで字の如く。「ある個人が、個人や法人に対して責任を求める権利」のことを指します。

韓国の主張というのは「前者は請求権協定で消滅したが、後者は消滅していない」という主張なのです。

そんなのありー!?
と多くの日本人が思うのでしょう。しかし、あえて厳しいことを言わせてもらうとするならば、こうした混乱を生み出した責任の「一端は」日本側にあります。何を隠そう「前者は請求権協定で消滅したが、後者は消滅していない」と最初に主張したのは日本政府なんです。


~日本はかつて個人請求権を認めていた!?~

かつて国会で請求権協定の中身について問われた柳井俊二(当時の外務省条約局長)は次のように答弁しています。

「(日韓基本条約は)いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができないという意味でございます。」(1991年8月27日 参議院予算委員会)

その後の外務省もこの立場からの発言を繰り返しました。日本政府は当初確かに、個人請求権の存在を認めていたのです。
それには深~いワケがあります。


~なぜ政府は当初「個人請求権」を認めていたか~

実は、韓国人の元徴用工が負ったような苦しみを同じく負った日本人が大勢います。それは「シベリア抑留」の被害者です。(※苦しみを比較しているわけではなくケースが似ているという意味です。)

シベリア抑留
1945年の第2次世界大戦終結時にソビエト連邦に降伏,または逮捕された日本人に対する,ソ連によるシベリアでの強制労働。抑留者の数は,日本政府の調べでは約 57万5000人とされ,うち約 5万5000人が死亡,約 47万3000人が帰国した。抑留者は主として軍人であったが,満州開拓団の農民,満州の官吏,南満州鉄道株式会社など国策会社の職員,従軍看護婦などもいた。シベリアのほか中央アジア,極東,モンゴル,ヨーロッパ・ロシアなどの約 2000の収容所,監獄に収容され,鉄道建設,炭坑・鉱山労働,土木建築,農作業などさまざまな労働に強制的に従事させられた。1946年12月から引き揚げが始まり,日ソ共同宣言が行なわれた 1956年には有罪判決を受けた者も釈放され,ほとんどが帰国したが,若干名はソ連に帰化した。行方不明者も少なくない。(ブリタニカ国際大百科事典)

このシベリア抑留について、ロシア政府は非人道性を認め謝罪をしています。一方で「請求権」については1956年の日ソ共同宣言で放棄されたのです。しかしそれに対して当時「勝手に被害者の請求権を放棄するのか!」と、日本国内で反発が起こりました。そこで日本政府は「外交保護権は放棄したけれど、個人請求権は無くならないよ」という立場をとって批判をかわしたのです。今の日韓の問題の立場をちょうど入れ替えたような形です。

日ソ共同宣言の第六項の規定による請求権の放棄については、国家自身の請求権を除けば、いわゆる外交保護権の放棄であって、日本国民が個人として有する請求権を放棄したものではない。(平成9年11月28日 橋本龍太郎 衆議院答弁書第9号)


以来「国との間の約束で請求権を放棄しても、個人請求権はなくならない」というのが日本政府の立場となりました。「日ソの約束では個人請求権は残るけど、日韓では無くなる」というのでは整合性が取れません。そのため、その後の日韓請求権協定についても一貫性ある立場として、同様の説明がされたのです。(※他にもいくつか理由が指摘されていますがここでは一番わかりやすいシベリア抑留を取り扱いました)

では、元徴用工の問題がこじれたのは立場を一転させた日本に一方的に非があるのか。と言われると、そうとも言えません。実は韓国政府も昔と今とでは主張が違うのです。

~韓国も昔と今とでは主張が違う~

韓国政府は当初「個人請求権も含めて請求権は消滅した」と国内に説明してきました。今の日本政府の主張と同じですね。そこには「日本との関係を悪化させたくない」という韓国側の思惑があったのだろうと思います。

1965年当時の韓国の経済力は世界最貧国レベル。日本やアメリカからの経済援助が必要でした。そこで個人請求権を認めてしまえば、日系企業の韓国進出を妨げたり、日韓関係を悪化させてしまします。そこで、個人請求権も放棄したという立場をとったのです。

韓国国内から反発はなかったのかと思われる方もいると思いますが、当時の韓国は軍事政権でした。民主化が成し遂げられるのは遥か後。文句なんてそうそう言えませし国民にそれほど情報が行き渡りません。

しかし、民主化がなされ、韓国が日本に依存しなくなるにつれ「日本が個人請求権を認めているらしい」という情報が韓国国内に入ります。「話が違うじゃないか」「個人請求権は実はあるのか」と、各地で裁判が行われるようになりました。個人請求権を認める判決が出るようになったため韓国政府は立場を変えます。一方の日本も「このままではとんでもない賠償を背負わされるかもしれない」と、個人請求権はないという立場に変更したのです。
日本ではシベリア抑留などに対する国内世論のために「個人請求権はある」という説明がなされ、韓国では日本との関係のために「個人請求権はない」という説明をする。立場は真逆ですが「当初は」日韓の間の経済力の差や韓国の軍事独裁体制がその両国間でのトラブルを防ぎました。しかし、そうした諸刃の剣は崩れ去り、今日、矛盾を生んでしまっているというのが現実なのです。

~解決策はあるのか~

では、どのように解決するべきなのでしょうか。実は、日韓請求権協定には次の文言があります。

1、この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする。
2、1の規定により解決することができなかつた紛争は、(中略)三人の仲裁委員からなる仲裁委員会に決定のため付託するものとする。
3、いずれか一方の締約国の政府が当該期間内に仲裁委員を任命しなかつたとき(中略)は、仲裁委員会は、両締約国政府のそれぞれが三十日の期間内に選定する国の政府が指名する各一人の仲裁委員とそれらの政府が協議により決定する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員をもつて構成されるものとする。(日韓請求権協定第3条)

協定をめぐる問題が起きたときは、第一に二国間の話し合いで解決を図り、それが無理なら、両国と第三国の人間の計3名からなる仲裁委員会を作って調整をする。それができないなら、両国がそれぞれ指定する一か国ずつ、計二か国の人間と、その二か国が話し合って決めるもう一か国の人間の計3名からなる仲裁委員会を作る。これが請求権協定に定められた決まりです。今回、日本政府は韓国政府に対して仲裁委員会の設置を呼びかけましたが、韓国政府は事実上これを拒否しました。正当な理由なく日韓請求権協定に反する行動をとった韓国政府は非難に値します。日本国民が怒るべきはこの点なのです。

 一方で過去の立場を顧みず「日韓請求権協定で解決済みだ」という主張を繰り返すのにも無理があります。「もう謝っただろ!」と言って、これまで解決のための議論を端から拒み続けてきた我々側にも非が無いわけではない事を認識するべきかもしれません。
 外交でこじれたことは外交で解決する。それが大戦後の国際関係のルールです。個人的な考えですが、今後は請求権協定に定められた仲裁委員会の設置を求め続け、それができないなら、外交の最終手段である国際司法裁判所に提訴しても良いのではないかと思います。解決しないままずるずるとしているのが一番よくないのです。

国際司法裁判所
国連の主要機関の一つ。国際紛争を法的に解決することを目的にした常設裁判所である。国連憲章およびそれと不可分な一体をなす国際司法裁判所規程に準拠して活動する。裁判所は、国連総会および安全保障理事会で選出された 15人の裁判官で構成され、原則として国際法を適用して審理する。判決は拘束力を有し、当事国がこれを履行しないときは、安全保障理事会は適当な措置をとることができる。(ブリタニカ国際大百科事典)

~最後に~

 国というのは移動ができません。韓国が嫌だからといって、明日には日本列島がハワイの近くにあるなんてことはないのです。言うまでもなく、地理的に近く人的交流も深い韓国は日本企業の主戦場のひとつです。今後日本は世界的にも類を見ない人口減少をむかえ、日本国内だけでは成長が見込めない日本にとって、日本企業や日本人の成長と活躍の場としての韓国の重要性は嫌でも増していきます。もちろん、防衛上とても重要であることも変わりません。そして、その韓国との間には歴史的な難しい経緯があることも変えられません。私は戦争のずっと後に生まれました。韓国人を強制労働させたこともありません。しかし、残念ながら、そういった背景と責任を抱える国に生まれてしまったということも変えられないのです。こういった変えられ難い「現実」を受け止められていない人が大勢いるような気がします。

 私は昨今「愛国者」を名乗る人たちが(韓国人の方が聞いたらとても嫌な思いをするだろうなと思うような)大変威勢のいいことを言っているのをよく目にします。マスコミでさえも対立をあおっているような感覚を得る。その度にとても悲しい気持ちになるのです。日韓が対立関係になることは、今は良くても日本の将来のためになりません。理由は経済的・防衛的な理由として先ほど述べたとおりです。詳しく言わなくてもそこは理解できると思います。もし「愛国者」がイコール「国のためになることをする人」なのであれば、日韓の対立をあおったり、韓国人の方が聞いたら嫌な思いをするようなことをいたずらに(正しい事と思い込んで)発信するのは結果的には「非愛国者」です。もちろん韓国側にも同じことが言えます。不買運動をしてみたり、国旗を燃やしてみたり。とても良くない事です。本来、国の事を想うなら、日本人も韓国人も感情と先入観をわきに置いて冷静に考えなければなりません。

 今回、私は日韓どちらの主張が正しいかを、ここでは判断しません。しかし、皆さんが考える材料を提供しました。事実や論理に基づかない主張はただの感情論です。しかし、感情論では何も解決しない。そうではなくて、事実に基づいて、論理的に、妥当な判断をみなさんには行ってほしいのです。少なくとも日韓協力関係が、今後の日本において大変重要であることを踏まえて、そしてこれまで見てきた徴用工訴訟問題の難しさを踏まえて、どうすればこの問題を解決し、日韓の亀裂を修復できるのか、この難題に、皆さん一人一人が向き合ってほしいと思います。            ー終ー


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