漫画家と絵本を作る その①

例によってものすごく久しぶりの更新です。

今回は、漫画家が描いた絵本を例に取りつつ、漫画と絵本の表現方法の違いについて考えていきたいと思います。

絵本と漫画、両方絵と言葉で構成されているという意味では、表現方法としては近しい存在だと言っても良いと思います。でも、決定的に違うところがあります。なんだと思いますか?

それは、絵本は見開きをめくることで進行するのに対して、漫画はコマを連ねることで進行していく、ということです。

僕は昔から漫画が大好きで、沢山読んできました。漫画家でも、魅力的な絵を描く人は沢山いて、絵本編集者になったときに、好きな漫画家に絵本を描いてほしい思うようになりました。

その時は、まだ新人であまり深く考えていなかったのですが、実際に漫画家と絵本を作り始めてから、「絵本ってなんだ?」「絵本ならではの表現方法とはなんだろうか」「漫画と絵本の違いってなんだろう?」ということを初めて考えることになったのです。

僕が初めて絵本を依頼した漫画家、それは本秀康さんです。

本秀康
https://x.com/motomotohide

もう25年以上前、大学に入ったばかりの頃に知った漫画家で、かわいい絵柄と、その中に毒を感じさせる漫画がとても面白く、大ファンになりました。子どもの頃から漫画が大好きで沢山読んでいたのですが、それらは、少年ジャンプやマガジンなどに連載されている、非常にメジャーな漫画たちでした。例えば、小学校1年くらいの時にはキン肉マン、そこから『Dr.スランプ』、その後に『ドラゴンボール』、『スラムダンク』、『幽遊白書』、『HUNTER×HUNTER』など、いわゆる少年漫画と言われるものでした。クラスのほぼ全員が読んでいるような、有名な作品ばかりですね。大学生になってからでも『BLEACH』や『ONE PIECE』を始めとして、メジャーな漫画で大好きなものは沢山ありましたし、現在でも『チェンソーマン』、『怪獣8号』、『呪術廻戦』、『ダンダダン』など、単行本を買っているものはあげればキリがありません。

その一方で、大学生になったころにもう少しマニアックな漫画の世界を知り、その深みにはまっていきました。一口に漫画といっても、その世界は広く深く、いろんな作家がいるんですね。絵柄も個性的で、内容も作家性を全面に押し出し、『ONE PIECE』のように何百万部も売れたりはしないけれど、強烈に惹かれる人は少なからずいる、そんな漫画を描く人が沢山います。学生の時にそんな作家を沢山知ったのですが、その中で本さんは特別にはまった作家です。自分が絵本を作る仕事に就いた時に、いつか本さんと仕事がしたいと思い、依頼したのでした。

依頼したのは良いですが、本さんは漫画家であり、絵本を作ったことはないのです。そこで初めて「そもそも絵本ってどうやって作るんだろう」という問いにぶつかったわけです。さっきも書いたように、漫画と絵本とでは表現の方法が全く違います。漫画を作るように絵本を作ると、とても内容の薄いものが出来上がってしまう。基本的に15見開き32ページという限られたページ数で構成される絵本で、沢山のコマを連ねて構成する絵本と同じことは出来ません。漫画のコマと絵本の場面(見開き)は全く別のものなんです。

漫画はコマを連ねることで、物語を展開させます。コマはある瞬間を描いたもので、それをいくつも連ねることで、ある現象を表現します。それに対して絵本だと、漫画がいくつものコマを連ねて表現するような要素を一つの見開きの中に含めて描く必要があります。そこに、後に言及する「見開きをめくる」ことによる展開が関わってきます。少し複雑でしょうか。ここで言いたいのは、漫画のコマと絵本の見開きでは、中に含まれている時間が違う、ということです。勿論、これはとても基本的な考え方で、絵本でも瞬間を表現する見開きもありますし、漫画のコマを絵本の場面の様に使う場合もあります。繰り返しますが、あくまでも基本的な考え方です。でも、これが大切です。このことについて、当時の、本さんに依頼した頃の自分はあんまり分かっていなかったんです。

どんな絵本を作ろうかと打ち合わせする中で、本さんは「あんまり複雑なことは出来ないね」と言いました。15見開き32ページという限られた中で、漫画のような複雑なストーリーを絵本でやるのは向いていない、ということです。漫画のコマを並べるように、絵本の場面を描いて並べてしまうと、ほとんど何も出来ません。漫画の中で15コマって本当に一瞬です。漫画のコマと絵本の場面を同じように考えると、ほとんど何も表現出来なくなってしまいます。

さらに、漫画と絵本の大きな違いがもひとつあります。それは、「めくる」ということです。もう少し突っ込んでいうと、「めくる」という行為がストーリーの展開に及ぼす影響の大きさの違いですね。このことを認識する必要があります。勿論、漫画の場合もそのページの最後のコマと、めくった次のページのコマの連なりをきちんと計算し描かれているとは思うのですが、「展開」という観点でいうと、ひとつのページの中でコマを連ねることで展開していき、その上でそのページの最後のコマがきたらめくる、ということになります、それに対して、絵本はページをめくることそのものが展開と密接に結びついているわけです。ページをめくることで状況が変化する。「めくる」という行為と本の内容が強く結びついているわけです。

見開きを並べて構成する、なおかつ、その見開きをめくることで展開する、これが絵本の基本です。その基本に初めてきちんと意識的に向き合ったのが、本さんとの仕事でした。

漫画と絵本では、そもそもアイディアの考え方自体が違うのではないか、そういうことを考えながら一緒に考えて作ったのが『まじかるきのこさん』です。

https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781605357

これ以降、『まじかるきのこさん』を読んでいる、という前提での話になってしまうので未読の方はすいません……

さて、漫画とは違う、絵本ならではのアプローチをすべきと書きましたが、この絵本はどのように作られているでしょうか?

まず、読んでみるとわかるように、基本的に見開きで構成し、それをめくることで展開していますね。アイディアも、その絵本の形式に合ったものになっています。それが、「キノコを食べて変身する」という仕組み。絵本はアイディアだ、と書きました。全体を貫くひとつのアイディアがまずあり、そのバリエーションを見せる、ということを意識すると作りやすい。つまり、それに向いているアイディアを見つけたいということなのです。それが今回は、さっきも言いましたが「キノコを食べて変身する」というものです。この絵本は、ただひたすらそれをやりながら展開していきます。

というわけで、まず「キノコを食べて変身する」というアイディアが出ました。では次に考えることは「だれが?」ということですね。最初のアイディアの段階で、キャラクターの造形は大体きまっていました。キノコヘアーの女の子。名前はきのこさん。ここまではスムーズに決まりました。では、この「きのこさん」は何者か。設定ですね。この絵本の時は、まず大まかな構成を考えました。色んな変身のパターンを見せたい、そのためにどうするか、というところから考えたものです。森で不思議なきのこ(あるくキノコ)に出会って、追いかけていく。その過程で、捕まえるために、持っている色々なキノコを食べて変身していく。だいぶ見えてきましたね。でも、まだこれでは不十分です。

なんでそれをするのか、主人公の動機づけ、モチベーションですね。それが示されず、「なんとなく散歩をしていたら」というのでは主人公が進んでいく動機として弱いです。特に、主人公が前に前に進んでいくお話では、何らかのモチベーションが最初に示されると良いですね。そのモチベーションがその絵本の中における、主人公の行動を決めるのです。そして読者もそのモチベーションに乗っかって読み進めていけるようになると絵本の世界にスムーズに入り込めますね。さて、この絵本の場合は一体何でしょうか。なんで、あるくキノコをこんなにもしつこく追いかけていくのでしょうか。そのモチベーションをシンプルに示すことの出来る設定が欲しい。そういうわけで「きのこはかせ」という設定が作られました。きのこはかせであれば、珍しいキノコを沢山持っていてもおかしくないですし、あるくキノコなんていう不思議なキノコを捕まえようとしてもそれはとても自然なことですよね。さらに、もう一つ設定があります。「あすは せかいが ちゅうもくする きのこけんきゅうはっぴょうかい なのです」、というところですね。

きのこさんは「めずらしいきのこはないかしら?」と森へでかけます。ここでわかるのが、発表会が明日に迫っているのに、まだなにも発見がない、ということですね。かなり切羽詰まっています。なので、やっとみつけた「あるくキノコ」なんていう珍しいキノコは逃すわけにはいかないのです。なので、変身を繰り返して追いかけていくのです。構成も、キノコを食べて変身する、というアイディアを貫くことで、めくって展開するという絵本の構造を上手く使ったものになっていますね。

さらに大切なことは、前置きを最小限にして、いきなり始めている、ということですね。まず、最初にきのこさん自身についての説明、設定をシンプルに描いて、もう次で森に出かけています。その次をめくると、もうあるくキノコに出会っていますね。この絵本は、様々に変身しながら、あるくキノコを追いかけていく絵本なので、出会うところがスタートです。ここからがメインのアイディアなんですね。なので、なるべく早くあるくキノコに出会いたいわけです。これはかなりシンプルに早く、そこまでたどり着いていますね。そうして、おいかけっこがスタートします。あるくキノコはなかなか素早くて、狭い場所に逃げ込んだり、高いところに逃げたり、なかなか捕まりません。その度に、「ちいさだけ」や「のびだけ」など、不思議なキノコを食べて変身します。とてもシンプルな構成ですが、ここにもポイントがあります。

まずは、見開き半分ずつの使い方で変身を見せます。それをめくると、あるくキノコが逃げていく姿が描かれている、そういうパターンを繰り返します。そうして、途中からそのリズムが変わります。全然捕まえることが出来ないキノコさんは本気を出します。「こうなればおくのてだわ」と「はねだけ」を食べると、羽が生えて空を飛びます。さっきまでの小さくなったり、大きくなったりよりも、派手な変化ですよね。同じ「キノコを食べて変身する」というアイディアでも、さっきまでよりもネタとして強くなっています。なので、ここは食べてからの変化をきちんとめくることで見せたい、ということですね。「はねだけ」を食べる→「そらとぶきのこさん」に変身、これを印象的に見せ、羽が生えて飛んでいるきのこさんを見開きで大きく描いています。このあとの構成もそういう考え方です。だんだん夜になってきて、暗くてよく見えなくなってきたら「ひかりだけ」を食べます。そうしてめくると、羽が生えてそらを飛んでいて、さらに目から光が出ているきのこさんが登場します。ここも同じ様に、この変身を印象付けたいので、食べるところを見せて、それをめくると、変身した姿が描かれる、という構成になっています。変身というアイディアが同じでも、クライマックスに近づくにつれて、派手なネタ登場し、盛り上がっていきます。なので、絵本の見せ方も、半分ずつで食べるところと変身するところを見せていたところから、食べるところを描いて、それをめくると変身した姿がバーンと大きく登場する、というように変わっています。こうやって、見せ方、リズムを変化させることで、同じアイディアの繰り返しでも、単調にならないようにしているわけです。

これはあくまで一例ですが、参考になると思います。特に、32ページの場合は同じリズムで繰り返してしまうと単調になり、読者が退屈してしまうこともあるでしょう。それを避けるために、さらっといくところ、盛り上げたいところでリズムを変えることを考えるのも良いと思います。

この『まじかるきのこさん』の場合、クライマックスの流れについては、場面の構成だけでなく、もうひとつポイントがあります。キノコを食べて変身するというアイディアですが、最初の「ちいさだけ」から「のびだけ」については、ちいさくなる、おおきくなる、という風に、単発のネタでした。それに対して、後半、大きくなった姿で「はねだけ」を食べ、さらに「ひかりだけ」を食べるという流れについては、大きい姿のまま、羽がはえ、さらにそれに目が光る、という要素が加わっています。つまり、前の要素を残しながら、足し算されていっている、ということですね。小さいから大きいの変化は、その性質上、前の要素を残しておくことが出来ません。それに対して、後半の流れは、要素を残したまま次の変化を加えることが出来るのです。つまり、畳み掛けていくことが出来る、それによって、リズムが変わり、より盛り上がっていく様子を演出することが出来ている、ということです。こういうことを、「見開きをめくって展開する」という絵本の基本構造を上手く使いながら構成しています。コマを連ねる漫画とは違うアプローチだからこそ出来たことです。この絵本を作る前から、何冊も編集者として絵本の制作に関わっていましたが、漫画という別のジャンルの、初めて絵本を作る作家と一緒に作る中で、自分が携わっている「絵本」とはどういうものなのかを改めて考えたのでした。

あと、終わり方について。さっき、主人公のモチベーションが大事と書きました。きのこさんは「きのこけんきゅうはっぴょうかい」のために、あるくキノコを追いかけました。なので、最後もそれに関係した終わり方をしたいですね。その上で、単に捕まえて発表するというのも、あんまりすっきりしません。その発見によって、あるくキノコたちは捉えられて見世物にされてしまうかも知れません。そんな自分の手柄よりも、きのこさんは、その存在を秘密にして「しんはっけんは ありません」と全世界に謝ることでこの絵本は終わります。

絵本の終わり方に決まりはありません。そんなに凝ったオチが必要だとは個人的に考えていませんし、シンプルに気持ちよく終われたら良いです。絵本は何度も繰り返し読むことを想定しています。なので、ラストで「あっ」と驚かせたり、大どんでん返しがあったり、というようなことはそんなに重要ではないです。ただ、読後感というのは大切で「この絵本読んで良かったな」と思ってもらうほうが、もう一度読みたい、という気持ちになりますよね。その上で、自分が作っている絵本は怖い絵本なので、あえて不穏なラストにしたいんだ、という場合は勿論それでも構いません。いずれの場合もシンプルに終わることを考えて下さい。ラスト、オチを凝ってページ数を使ってしまうくらいなら、間を充実させることを考えるほうが絵本にとって良いことだと思います。

という訳で、『まじかるきのこさん』を例にとって、漫画家と絵本を作る時に意識したいこと、自分が考えていることを書いてみました。あくまでとても基本的な考え方で、どんな絵本を作りたいかでアプローチは変わってきます。僕は何人もの漫画家と一緒に、様々なタイプの絵本を作っています。その中には、より色濃く漫画の要素、表現を取り入れた絵本など、今回書いた方法論とはまた違う考え方で作られたものもありますので、また機会を見てそれらについても書いてみたいと思います。

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