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夏だ!ビールだ!『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』より訳者あとがきを公開! 電子書籍配信中!

 一日の終わりはビールとともにある。疲れた体にキレのいい炭酸と心地よい苦みは何物にも代えがたい。居酒屋に、バーに、あるいはコンビニに行けば、いつだって国民的飲料メーカーのお馴染みの銘柄が飲める……。しかし、かつては寡占的大量生産だったビール業界にも、昨今の消費者ニーズの多様化に呼応するように「クラフトビール」と呼ばれる小規模生産のビールが多数出現し、群雄割拠の時代となって久しい。かつて、地ビールとも呼ばれたクラフトビールがいま何故これほど大きな存在となったのか?
 そんなクラフトビール隆盛の秘密を、ブルックリンの小さな醸造場からスタートしたビール業界の風雲児「ブルックリン・ブルワリー」の歴史を通じて紐解いた『クラフトビール革命』から、訳者である和田侑子さんのあとがきを公開!酷暑が続いてますので、是非ビール片手にお読みください。

訳者あとがき

文:和田侑子

 北陸の酒処で生まれ育ったせいか日本酒党(ビールも大好き!)のわたしは、酒となるとつい日本酒基準で考えてしまう。
 初めて「クラフトビール」という言葉を聞いたとき脳裏によぎったのは、「クラフト日本酒」ってあるのだろうか? という少々間の抜けた問いだった。クラフト=手づくり。おいしい日本酒はみんな手づくりだから、言葉としては矛盾しない。だが、なんとなくへんだ。「クラフト日本酒」とは誰も言わないし、同じように「クラフトワイン」という言葉も聞いたことがない。
 日本酒やワインは、そもそも地域に根差した小規模な酒蔵やワイナリーで、杜氏や醸造家たちが丹精込めて醸すのが普通(もちろん大量生産の工業製品もあるが)。飲み手も、最初からそういう前提で楽しんでいる。よって、日本酒やワインを「クラフト」と形容すると、ある種のトートロジー(同義語反復)に陥ってしまう。
 ではビールはどうだろう? 手づくりのビールに、わざわざ「クラフト」と冠するのは、ビールという飲み物が大企業によって徹底的にマスプロダクト化されてきたカテゴリーだからに他ならない。つまり、日本酒やワインとはかなり様子が違う。「クラフトビール」という呼称には、そんな意味合いが凝縮されているのだった。
 本書に描かれる「革命」も、そこを起点にしている。
 それは、ブルワー(醸造家)という職人によって手づくりされる、本来あるべき「クラフト」な飲み物に、ビールを回帰させるための革命だ。
 クラフトビール・ムーブメントのパイオニア世代に属する名ブルワー、ジャック・マコーリフはこう言った。
「ビール業界にとって重要なのは歴史だ。歴史がないなら、作ればよい」
 十九世紀、主にドイツ系移民たちが開拓の地で開いたブルワリーは、一時期、全米で四千軒を超えていた(BAの資料より)。その後、禁酒法と二度の大戦を経て市場の寡占が進み、八〇年代にはビールといえばバドワイザーをはじめとする大資本の大量生産品ばかりの時代となる。
 しかし、クラフトビール革命におけるパイオニアのなかのパイオニアである伝説のブルワー、フリッツ・メイタグが登場する。
 メイタグが閉鎖寸前の老舗ビール会社、アンカー・ブルーイングを買収したのが一九六五年。やっとのことで復活させたアンカー・スチームは、当時としては珍しいオールモルト(コーンや米などの副原料を加えない)ビールだった。これに続いたマコーリフらパイオニア世代が、小規模・インディペンデント・オールモルトの三原則を掲げ、クラフトビール・ムーブメントの基礎を確立。その後、著者の創業したブルックリン・ブルワリーを筆頭とする第一世代が八○~九〇年代に台頭。二〇〇〇年までに現れた第二世代は、当時まだ珍しかったベルギービールなど多様なビアスタイルを米国のファンに紹介した。今日にいたる第三世代に引き継がれたクラフトビール・ムーブメントは、食文化や社会のあらゆる事象に影響を与えながら、今やベルギー、ドイツ、チェコ、イギリスといった「伝統的ビール国」に逆輸入され大きなインパクトを与える存在となっている。さらに、ムーブメントは全世界に波及。ここ日本でも大ブームとなっているのは、ご承知のとおりだ。
 クラフトビールがここまでの潮流になったのは、それが大きなビジネスチャンスだから、という理由もある。「ビールづくりの目的は金儲けではない」と断言するブルワーも本書には登場するが、実際のところ、クラフトビール革命の経済的達成には目を見張るものがある。 


 本書に頻繁に登場するクラフトビール業界団体、BAが提供する最新のデータによれば、二〇一四年、米国におけるビール業界全体の売上は一千一五億ドル、そのうちクラフトビールは一九六億ドルで十九・三%を占める。つまり、クラフトビール革命は日本円にして二兆円を超える市場を実現し、依然として二桁の成長率を叩き出し続けているのだ。
 また、クラフトブルワリーの軒数もすごい。BAの資料によれば、二〇一二年が二千四〇一軒、二〇一三年が二千八六三軒、二〇一四年が三千四一八軒。「二四時間に一軒のブルワリーが誕生」(四一二ページ)どころか、「二四時間に二軒」の時代が来る日も、そう遠くなさそうな勢いである。いったいこの爆発的な伸びはどこまで続くのか。
 もちろんこれは、大手企業の独占市場を奪い返すことで獲得した数字だ。そう、本書最大の読みどころのひとつは「ビール戦争」である。
 戦いの構図は、大手VSクラフトブルワーだけではない。例えば、ブルックリン・ブルワリーVSボストンビアなど、クラフトブルワー同士の衝突についても著者は正直に記している。特にボストンビア創業者のジム・コッホは著者の敵役として忘れがたく、味のある存在感を放っている。「ビール戦争」は、最終的に敵と見方の双方に利益をもたらすと著者は述べる。そうか、これはある種の「プロレス」(ヤラセではないが、あくまで観客を楽しませるための興行であるという意味での)なのかもしれない。まあ、これはわたしの個人的深読みだが、この辺りのさじ加減は日本のビジネスパーソンにも大いに参考になる気がする。ちなみに、日本のビール業界全体の市場規模は約二兆円といわれており、そのうちクラフトビールのシェアは一%程度。つまり、まだまだ伸び代があるわけで、「日本版クラフトビール革命」にも期待が高まる。
 米国ビール業界のシェア争奪戦においてクラフトビール革命を支えたのは、各種の業界団体だ。主にビジネス面からクラフトブルワリーをサポートしたBAAと、文化面から盛り上げたAOBが合併し、強力な業界団体BAとなるまでのドラマには、著者本人が大きな役割を果たしたこともあり、思わず感情移入してしまう。税制の問題で連邦議会に対して圧力をかけるロビー活動など、クラフトビール革命の政治面にも興味がわいてくる。
 食文化、ビジネス、政治。大衆的なビールという飲み物が、社会のあらゆるファクターと切り結びながら成熟していくさまに、新たな文化の萌芽を感じた。

 そこで忘れてはならないのが、これらすべてをペンの力でサポートしたビアライターやジャーナリストたちの存在だ。特に、「キング・オブ・ポップ」ならぬ「キング・オブ・ホップ」の異名をとるマイケル・ジャクソンの偉大さが光る。ワインテイスティングのような優雅さでビールを語るジャクソンがいなければ、食文化としてのクラフトビールの魅力は半減していたかもしれない。また、有名ビアサイト「ビア・アドボケイト」や各種SNSなど、インターネットの爆発的な普及とクラフトビール革命の隆盛が時代的に同期したのも、偶然ではなかろう。
 ジャーナリストといえば、著者スティーブ・ヒンディもAP通信出身のマスコミ畑であり、本書以外にブルックリン・ブルワリー共同創業者であるトム・ポッターとの共著がある。さらに、著者のもうひとりの僚友であるカリスマブルーマスター、ギャレット・オリバーも複数の著書を持つ書き手だ。都会的なニューヨークのブルワリーというパブリック・イメージと相まって、どこか知的なムードを感じるのはわたしだけではないだろう。
 ブルックリン・ブルワリーは、興味深い試みを行い続けている。アメリカやヨーロッパの各地を巡り、クラフトビールを起点に、フードイベント、アート、音楽、トークショー、セミナーなどを通じて巡回先の人々やカルチャーとコラボレートする「ブルックリン・ブルワリー・マッシュ」は、ぜひ日本でも開催してほしい。

従来のビールとは一線を画すデザインも魅力的! 「ブルックリン・ブルワリー」のロゴのデザインはI♥NYでおなじみのミルトン・グレイザーだ。

 オリバーは二〇一四年に来日し、「常陸野ネスト」で知られる茨城県のクラフトブルワリー、木内酒造を訪問。交流会やイベントなどを行った。木内酒造は日本国内向けのブルックリンラガーをライセンス生産中だ。こうしたクラフトビールの日米コラボレーションが、さらに発展することを願っている。
 訳者としてつけ加えておきたいのは、革命の最大の立役者といえる消費者の意識の変化だ。アメリカにおけるクラフトビールの急激な成長を見るにつけ、「クラフト」への強い関心の高まりを如実に感じる。地元を基盤にする、地元産の原材料を使う、ファームトゥテーブル、オーガニック、手作業……。こうした要素への絶大な支持がなければ、クラフトビール革命は成立しえなかった。二年ほど前、かなり久しぶりにサンフランシスコとバークレーに立ちよる機会があり、地元の素材をあつかう料理店やフードトラック、ファーマーズマーケットなどを回ったが、味わいのレベルの高さに驚いた。特に感心したのが新鮮な野菜の味だ。そして、オーガニックな商品を販売するスーパーマーケットの存在。値段はそれほど高くなく、何を食べても味わいがナチュラルでおいしい。これがチェーン店として気軽に利用できるのだから素晴らしい。以前と比べて何かが劇的に変化したことを感じたものだ。
 さて、この「あとがき」を脱稿したら楽しもうと思っているビールが、目の前にある。オリバーの傑作、ブルックリン・ブラックチョコレート・スタウトだ。わたしは、これで黒ビールに開眼した。どこか艶やかなチョコレートフレーバーはリッチ&シルキー。本書に引用されたジャクソンのビール評(二七四ページ)に惹かれて一度飲んでみたらハマった。オススメです。
 最後に編集を担当されたDU BOOKSの稲葉将樹氏にお礼を述べたい。稲葉氏が手がけた、食&カルチャー本のようなビジネス書、という絶妙な存在感のヒット作を以前から愛読していた。国やジャンルこそ違え、どことなく似た角度の切り口を感じさせる本書に関われたことを光栄に思う。
 それでは、クラフトビール革命に乾杯!

訳者追記:ブルワリー数や売上金額など「訳者あとがき」文中のデータはすべて『クラフトビール革命』初版時(2015年)のものだが、現在も米国クラフトビールの成長が加速していることを示す数字をひとつだけ挙げておきたい。BAの統計によれば、2018年時点で全米のクラフト・ブルワリー数は、なんと七千件を超えた。


クラフトビール革命
地域を変えたアメリカの小さな地ビール企業
スティーブ・ヒンディ 著 和田侑子 訳

和田侑子
わだ・ゆうこ。ferment books 運営者、翻訳家。『サンダー・キャッツの発酵教室』(ferment books)『マリメッコのすべて』(DU BOOKS)『おいしいセルビー』『バンクシー ビジュアルアーカイブ』『冒険家たちのスケッチブック』(グラフィック社)などの翻訳を担当。ferment books:https://twitter.com/fermentbooks


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