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『ブラック・ミラー』シーズン5配信開始!『ネットフリックス大解剖』より「ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡」をためし読み公開

 視聴者の選択によって結末の変わるインタラクティヴ形式を採用した『バンダースナッチ』が昨年末に配信され話題を呼んだ、ネットフリックスの大人気シリーズ『ブラック・ミラー』。その最新作となるシーズン5が本日から配信開始されます。
 そこでこのたびは、ネトフリのオリジナルドラマ・シリーズを徹底考察した書籍『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』から、「ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー」の冒頭部分をためし読み公開いたします。執筆者はライター・翻訳家の小林雅明さん。本稿では、スペシャル放送回も含むシーズン1から4までの全19エピソードを完全網羅。未見の方は予習として、ファンの方はシーズン5を観る前の復習としてぜひご一読ください。

ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー

文=小林雅明

「中国政府は2014年に初めて『社会信用システム』を提案、市民の行動を監視し、ランク付けし、スコアが高い者に恩恵を、低い者に罰を与えると発表した。この制度のもとで、エリートはより恵まれた社会的特権を獲得し、ランクの底辺層は実質的に二流市民となる。この制度は2020年までに中国の人口14億人すべてに適用されることになっている……」

 2018年5月の「ニューズウィーク」に始まり、いくつかの大媒体がこの話題を繰り返し取り上げている。2016年10月21日にネットフリックスで配信されて以来、世界各国で大きな話題を集めている『ブラック・ミラー』を観た人のなかには、これと似通った話をシーズン3第1話「ランク社会」で見た、と思わず呟いてしまうだろう。さらに、シーズン4の第5話「メタルヘッド」を観たことのある人なら、ソフトバンク傘下のボストン・ダイナミクスが2005年ごろから開発してきた各種ロボットの存在を知るなり、薄気味悪さをおぼえるかもしれない。

 2011年12月4日に英国のチャンネル4で1話完結のテレビシリーズとして放映が始まった『ブラック・ミラー』では、「現実がフィクションに限りなく近づいてきている」のか、それとも「フィクションが現実に基づいているだけ」なのだろうか。ちなみに、「社会信用システム」については、早くもその犠牲者が英米メディアに登場する一方、中国在住の中国人によるネット上の複数の書き込みによれば、自分たちはおろか国内の別の地方に住む親戚縁者に訊いても、そんな話は聞いたこともないという。それなら「フィクションが現実を言い当ててしまった」のか。

 まともな主義主張も何もないくせに、選挙の立候補者に対して悪口を捲し立て、倫理的に問題のある言動(ただし大衆受けは良い)を取り続け、無責任に面白がられた結果、正式に候補者の仲間入りを果たした青いクマのアバターと、そのアバターの「中の人」(元々は売れないコメディアン)との引き裂かれた関係を描いた「時のクマ、ウォルドー」がシーズン2第3話としてチャンネル4で初放映されたのは2013年2月のことだった。この段階では芳しくなかったこのエピソードの評判が、2016年10月からのネットフリックスでの配信開始を境にひっくり返る。時はまさに米大統領選終盤。アバターのウォルドーは、ドナルド・トランプ的なるものの誕生を的確に予想していたのでは、という新評価を得たのである。おまけに、この選挙の最終結果が判明する前に、『ブラック・ミラー』の生みの親であり、現時点での最新作に至るほぼすべてのエピソードの脚本を手がけた現在47歳のショーランナー、チャーリー・ブルッカーは、ツイートでトランプの勝利を予想。番組のオフォシャル・アカウントは、選挙結果を受けて「これはエピソードではない。これはマーケティングではない。これは現実だ」とツイートをする。さらに、「時のクマ、ウォルドー」から1年近く後の2017年9月に発表されたiPhoneXのアニモジの図柄のタッチが、ウォルドーのそれにかなり近く、またもや現実を言い当ててしまう。

 現実あるいは現実性と対比することで『ブラック・ミラー』は確かにアクセスしやすいものになる。だが、シーズン1の最終回となる第3話「人生の軌跡のすべて」で開巻間もなく主人公リアム(トビー・ケベル)以下登場人物の多くがマイクロチップを移植している事実を突きつけられたらどうだろう。脳の知覚領域とリンクしているこのチップは「グレイン」と呼ばれ、自分が見聞きしたものがすべて(主観ショット映像で)保管されるだけでなく、みずから消去しない限り、過去の見直したい時点にピンポイントで合わせ、そこから何度でも再生できる。再生は網膜に映して自分だけで観るモードと、自分の目をプロジェクター代わりにして壁面などに投影するモードがある。人は誰にでも他人に知られたくない過去(の記憶)があるものだ。それを「グレイン」から消去する踏ん切りがつかなかった妻とリアムとの「ある結婚の風景」(同名のイングマール・ベルイマン監督によるテレビシリーズは、本国スウェーデンでは歴史に残る高視聴率を記録)が描かれる。そうした通俗性に加え、ラストシーンは戯曲『オイディプス王』や映画『ロブスター』(2015年)のクライマックスをダブらせて見ることもできるような作劇上の強さを兼ね備えているため、「グレイン」の突飛さに振り回されることなく、すでに人間の機能を拡張した「人間」の悲劇として訴えかけてくる。

 マイクロチップ移植済みの人間は、この後もパッと思いつくだけでも、2014年末にスペシャルとして放送された「ホワイト・クリスマス」、シーズン3第5話で、スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』が思いおこされる「虫けら掃討作戦」、シーズン4では第2話「アークエンジェル」(監督ジョディ・フォスター)と第6話「ブラック・ミュージアム」と、それぞれが異なる状況下で生きている。しかも、「アークエンジェル」の幼児を除けば、どのケースも本人に許諾を取り、自由意思に基づいて移植が行われている(具体的に、その段取りさえ描写する)。それを印象づけるかのように「人生の軌跡のすべて」では物語のかなり早い段階で、「グレイン」の映像記憶を見せ合う仲間内のパーティーに、自分は「グレイン」を付けていないと断る女性を登場させたりもしている。『ブラック・ミラー』は、選択の物語であるとも言えそうだ。シーズン4第3話「クロコダイル」主演のアンドレア・ライズボロー(この作品のすぐ後に出演した傑作『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018年)では、なんの選択肢も与えられずあっさり焼殺されてしまう!)は自分の判断だけで最初から最後まで悲しくなるくらい間違った選択肢しか選ばない。そして、来たるべきシーズン5では、いよいよ視聴者の選択に応じて物語の展開が変わるインタラクティヴ版を採用するという話もある(編集部注:2018年12月に配信開始された『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』にて、インタラクティヴ形式が採用された)。

 そこから考えるに、チャーリー・ブルッカーの関心は、テクノロジーを手にした人間の判断力や行動にあるだけで、最新のデジタルテクノロジーが導入された「デジタル全体主義」が敷かれた社会システムの脅威や、そういったシステムへの反逆などにはない。また、進化を続けるテクノロジーそのものを人間に対する「敵」や「悪者」として形式的に位置づけようともしない。その例外として前述の「メタルヘッド」を挙げる向きもあるだろう。だが、あそこで跋扈する「ドッグ」に、スピルバーグの『激突!』(1971年)で執拗に後を尾けてくるあのタンクローリーを重ねて見られる余裕があれば、「メタルヘッド」もまた例外ではないことに気づくはずだ。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.190、または本ページ下部よりご購入いただけます)

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※転載にあたり、画像および埋め込みリンクを加えています。

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《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

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〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


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