ファシリテーターの役割は、フライトアテンダントで、スポーツキャスターで、科学者だ?

最近、デザイン(CoDesign/Participatory Design、あるいはDesign Anthropology)や地域づくりの分野で、ワークショップって大事だよね、ファシリテーターとかコーディネーターって大事だよね、という認識はどんどん広まってきている。気がする。

僕は特に重要なのが、場における「心理的安全性」の確保だと思っている。つまり、イベントに参加するのがはじめてであろうと、その参加者が「受け入れてもらえている」と思えて、リラックスして、自分の意見を述べることができること……。

一方で、そのファシリテーターやコーディネーターの振る舞いはいまのところ、「それぞれのセンス」に依存していないだろうか?ファシリテーターやコーディネーターというあり方について、「まなんだ」経験がある人って、いるだろうか?

そんなことを思って、今日の授業で教授に聞いてみたところ、Carolyn Snyderによる「Paper Prototype」という書籍を紹介された。そこで紹介されているファシリテーターの役割が、タイトルにもある「フライトアテンダント・スポーツキャスター・科学者」だ。非常におもしろい内容だったので、ざっと紹介したい。

本書「Paper Prototyping」について

一応概要を説明しておきたい。Paper Prototypingは、デザイン、特にここではアプリのデザインなどをするときに、「画面を作り込む」んじゃなくて、おおざっぱに画面を「紙で書いて」、それをもとにユーザーに「使ってもらい」、その内容をテストすると早いんじゃ?という、紙をベースにプロトタイプを作って、ユーザーテストしていこうぜ、というようなことについて書いた本だ。

が、内容は(書影のイメージに比べて…笑)理論の本ではない。写真や事例を大量に引いて、めちゃんこわかりやすい英語で、「ユーザーテストをやるときは、こういう風に準備して、こういう風に考え、こういう風に振る舞うといいよ」ということを説明した、「ファシリテーション」などが求められる現場の目線に立った、とっっっても易しい本だ(どれくらい易しい英語なのかは、下記で英文を併記しているので確認されたし)。

「紙を使ったプロトタイピングによる」「ユーザーテスト」の本ではありつつ、その「場のデザイン」に真摯に向き合った一冊だからこそ、本書に書かれたファシリテーターの役割や振る舞いは、ワークショップやイベントというものに向き合う人々にとっても、非常に参考になる。

僕はファシリテーションについて述べた8章、オブザーバーについて述べた10章しか読んでいないが、他の項目も、本当に現場レベルでおもしろい。例えば今回は登場しないが、実際のテストの流れについて説明した9章の目次を見るとこうある。「テスト施設」「座席の確保」「ビデオ撮影」「ユーザーの準備」…。他にもそこまでやるか、というくらいの内容だし、そして同時にワークショップやイベントに向かう人々にとっては、これほど網羅してくれる本はこれまでになかったな〜と思う。

というわけで、内容に入っていこう。

ファシリテーターの役割:フライトアテンダント、スポーツキャスター、科学者

スナイダーは「参加者にストレスを与えないことは、ファシリテーターの責任だ」と言う。

「しかし、どんな種類のユーザビリティ・テストでも、恥ずかしさ、いらいら、ストレス、または自分がばかだと感じてしまうことなど、心理的・感情的な被害を受けるリスクはあります。こういった被害を与えないようにするのは、あなたの責任です。
"However, any kind of usability testing carries the risk of psychological or emotional harm in the form of embarrassment, frustration, or stress or feeling stupid. It’s your responsibility to avoid causing this kind of harm."

こうした責任を引き受けるファシリテーターはいわば、「アヒル」だ。

ファシリテーターはアヒルみたいなもの―表面上は穏やかでも、その裏では必死なのです」"A test facilitator is like a duck—serene on the surface, but paddling like heck underneath."

まそれはいいとして、こうした前提のもと、スナイダーはファシリテーターには、3つの役割があるのだと説明する。

つまり、ファシリテーターとはフライトアテンダントであり、スポーツキャスターであり、科学者なのだ!


▷フライトアテンダント:参加者の身体的、心理的、感情的な幸福を守る
▷スポーツキャスター:ユーザーから観察する人への情報の流れを最大化する
▷科学者:データの完全性を最大限に維持する

- Flight attendant—safeguard the physical, psychological, and emotional well-being of test participants.
- Sportscaster—maximize the flow of information from the users to the observers.
- Scientist—maintain the highest possible degree of integrity in the data.

ざっくり説明しよう。フライトアテンダントは「乗客の(心の)安全を守る人」。スポーツキャスターは参加者の状況を言葉にしながら、ワーク(テスト)を前へと進める人。科学者はその状況を言葉にしながら、再現性を担保する人、だ。

まずはフライトアテンダント。フライトアテンダントは「最も重要な役割」だ。

(下記、「テスト」は「イベント」「ワークショップ」と読み替えてもいいだろう。)

「本物のフライトアテンダントの主な責任が『乗客の身体の安全』であるように、……ファシリテーターは、テストの体験が参加者の感情にとって脅威にならないようにします。フライトアテンダントの役割として、ファシリテーターは、テスト前のブリーフィングやインフォームドコンセントの確保、セッション中のユーザーのストレスの兆候を監視し、必要に応じて安心感を与えたり支援したりする責任があります。ちなみにピーナッツの小袋を配るのは、義務ではありません。」
Just as a real flight attendant’s primary responsibility is the physical safety of passengers …… the facilitator makes sure that the testing experience is emotionally nonthreatening for participants. In the flight attendant role, the facilitator is responsible for pretest briefing and obtaining informed consent, monitoring the users throughout the session for signs of stress, and providing reassurance and assistance as needed. Handing out those little packets of peanuts is optional.

「フライトアテンダントは『テイクオフ』の後にも業務がありますよね。テスト中、フライトアテンダントはお客様がストレスを感じていないかを見守ります。例えば、ため息をついていたり、質問に対して以前は長く答えていたのに今は短く答えていたり、謝罪や自分を責めるような発言をしていたり......など。」
"The flight attendant has duties after “take off” as well. Throughout the test, the flight attendant monitors users for signs of stress. Some red flags include sighing, short answers to questions when longer answers were previously given, apologies or other self-blaming statements, and so on."

*

づついて、スポーツキャスター。

「スポーツキャスターの主な役割は、観察する人がテストからできるだけ多くの有益な情報を得られるようにすることです。」
"The main responsibility of the sportscaster is to ensure that the observers get as much useful information from the test as possible."

ここでは、ユーザーテストが想定されているがゆえに、参加者からどれだけ上手に情報を引き出せるか…つまり、参加者の行動を声に出し、状況を明らかにしていくことがスポーツキャスターの役割だ、と述べられている。

しかし意外と、ユーザーテストではない「場」を考えてみても、スポーツキャスターという表現は言い得て妙だ。

例えば以下はユーザーテストの中での"スポーツキャスター"の振る舞いだが、なにかのワークショップにもそのまま適用できそうだ。

「混乱している人や考え事をしている人は、眉間にしわを寄せたり、顔をしかめたり、ペンを口にくわえたりするかもしれません。これらの合図はすべて、ファシリテーターが非直接的な方法で何が起きているかを探る絶好の機会となります。『ジョン、今、何を考えているの?』
"A person who is confused or thinking may wrinkle a brow, frown, or put a pen in his or her mouth. All these cues offer a great opportunity for the facilitator to probe what’s happening in a nondirective manner: “John, what’s going through your mind right now?”

つまりここでは、フライトアテンダントが、参加者が心の安全を確保し、傷ついたり、不安になったりしないことを保障するのに対して、スポーツキャスターはいわば、場の状況、みんなが何を考えていて、何をやっているかを言葉にし共有しながら、場を盛り上げつつ進行させていく役割を示していると言えるだろう。

*

そして最後に、科学者(サイエンティスト)

「科学者は、メモを取ったり、ビデオを撮ったり、タスクを書いたり、テストの手順を書いたりして、データの完全性に責任を持ちます。」
"The scientist is responsible for the integrity of the data, through note-taking, videotaping, written tasks, test procedures, and so on."

ここでは、ユーザーテストにおける、データを保障する役割としての科学者が描かれている。が、ここではワークショップであると想像してみても、書かれている内容はそのまま機能する。つまり参加者の発言の"メモを取ったり、ビデオを撮ったり"…。そしてまた、ワークをスムーズに進めるために"タスクを書いたり、手順を書いたり"…。

ワークショップであればまた、そのワークショップには目的があるはずだ。例えば、そこで議論した内容をまとめて、企業に提案する、とか。WEBサイトに公開する、とか。そのために内容を整理する役割としても、科学者というイメージはぴったりだろう(最近では、グラフィックレコーダーという華やかな役割もでてきているけれど)。

*

ちなみに役割分担について。本書では、それぞれの役割を担う三人がいるというより、「(一人の)ファシリテーターが、この3つの役割を担うのだ」という旨で書かれている。

ただし、はじめてのファシリテーターは、「科学者役」は誰かに任せるべきだ、と指摘されている(100%同意したい。メモに夢中になってしまったファシリテーターほど、ファシリテーターの役割を放棄してしまった人はいない)。

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はじめてのファシリテーターに向けたTIPS

この見出しは、そのまま本書の見出し("Tips for New Facilitators")からとったものだ。こういう項目があるのもあまりに丁寧すぎてビビる。

というわけで、そんな「はじめてのファシリテーター」に向けたTIPSを紹介しよう。

▷ チェックリストを使う Use a checklist
▷ 原稿から脱却する Wean yourself from scripts
▷ 声に出して練習する Practice out loud
▷ フィードバックを求める Seek feedback
▷ 完璧ではなく、前進を目指す Strive for progress, not perfection

ひとつひとつ、ファシリテーターを何度かやってきた身として、そうそう、ささやかに見えても、これが大事なのよね、と思う。

マインドセット的な意味で最も重要なのは最後の「完璧ではなく、前進を目指す」ではないだろうか。完璧にしようと思うと、ファシリテーターである私たち自身が緊張してしまう。そしてその緊張は、参加者に間違いなく伝播する。

そこでその項目を説明して、シュナイダーはこんなことを書いている。

「経験豊富な同僚によると、彼女は1日のテストで少なくともひとつのミスを犯すことを想定しており、ミスに気づくとリラックスするそうです(オッケー、あれが私の"今日のミス"だったのか。 もう大丈夫だな」という感じで)。」
'One of my experienced colleagues told me that she expects to make at least one mistake per day of testing, and she relaxes once she realizes she’s made it (as in “Okay, that was my stupid thing to say today. I should be fine now.”'

このようにしてシュナイダーは、ミスはするものだ、という前提で臨もう、と言っているのだ。

同席するオブザーバーについて

オブザーバー(ここでは、ワークのスタッフ、サポーターみたいなイメージで良さそうだ)の存在について、シュナイダーはこう述べている。

「自分の一言一句に耳を傾け、自分の洞察力を評価してくれる人が部屋いっぱいにいるというのは、とても嬉しいことです。」
"It can be gratifying to have a roomful of people hanging on your every word and appreciating your insights."

人数が多いときならなおさら、一人でファシリテートしていると、それぞれのグループや参加者ひとりひとりに目が回らず、コメントができなかったり、状況を把握できなかったりする。こうしたときに、声をかけたり、困っている人がいればサポートしてあげたり、といったオブザーバーの役割が重要になってくる。

ここでは、オブザーバーも、すべきこと・すべきでないことを知っておくべきだ、マニュアルを作っておくのがいいだろう…とシュナイダーは指摘している。オブザーバーもここでは、重要な"フライトアテンダント"の一人なのだ。

そしてその意味で、「いてはいけないオブザーバー」についてもシュナイダーは述べている。

「私が行ったあるユーザビリティ・スタディでは、ユーザーはある専門誌の読者で、オブザーバーの1人はその雑誌の高名な編集者でした。ユーザーはその編集者を評判で知っていましたが、実際に会ったことのある人はいませんでした。その編集者はいわば神みたいな存在だったので、ユーザーを萎縮させないように、隣の部屋からテストを観察してもらうことにしたのです。
"In one usability study I conducted, the users were subscribers to a professional magazine and one of the observers was a highly regarded editor of that magazine. The users knew the editor by reputation, although none had actually met him. We decided to have the editor observe the tests from the room next door so that his demigod presence wouldn’t cow the users."

こういう生々しい話、よくあるんだよなあ。笑

他にも、例えば「部下のワークに、上司がいる」「アイディア出しに、クライアントが混ざる」といった状況は、気をつけねばならない、と丁寧にシュナイダーは拾い上げている。

ちなみにこの章では、はからずも招待したオブザーバーが、「ここはこう考えるんじゃなくて、こうするんだよ!!」と、変な方向にリードしていっちゃってもう散々だったわ、みたいな嘆きの声とかもたくさん掲載されていて、「ああ、わかる、、、泣」ってなった。

その他とまとめ

ざっくり紹介したが、いかがだっただろうか。

他にも本書「Paper Prototype」では、「部屋には何人くらいいたらいいの?」だとか、「避けるべき質問」だとか、「私たちのバイアス」だとか、あるいは、「すごい自分の意見があって、すごい勢いで自分の意見を述べてくる参加者」とか「すごい緊張しすぎてる参加者」とか(緊張している参加者については「まあいるよね、受け入れよう」と言っている)、そんなとこまで!?といった内容が、(ユーザーテストに関する内容ではあるものの)とにかく企画のレベルから実行のレベルまで、極めて網羅的にまとまっている

こういう本って、意外とありそうでないのだよね。地味にとてもスゲー本だよ、と思ったので推薦しておきたい。では。






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