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9話 謎


 朝起きると体が重くて動くことができなかった。
「理真ちゃん!早く起きな!学校遅れるよ!オレ急いで行くところがあるから頼むよぉ。」
「…え?」
 行くところ?仕事はハチコウが持って来た時だけではなかったのか?そうか、昨日と同じか。
「彼女のところ行くの?」
「え?違うよ。」
「ふ~ん。」
 このいい加減アンドロイドがどこへ行こうと、私の知ったことではない。
悪い目をして私の包まる布団を引き剥がそうとするドSアンドロイド。私は必死に抵抗して叫ぶ。
「学校なんてもう行かない!いいから離してよ!」
「学校に行けばきっと楽しいから!ね!?頼むよ理真ちゃん!」
「あたしが友達いないの知ってるでしょ!?」
「すぐに友達登録番号2番の子が現れるって!」
「もう3年間も高校生活送って来たんだよ!?無理に決まってるだろゴルァ!」


 …今の誰?

私とセナは動きを止めた。思いもよらない程の太い声が私の喉から発せられたのだ。
「…今のどなた?理真ちゃんのお父さん?」
 目を丸くするセナ。私は寝ぐせのついている髪をボサボサと掻き乱した。きっと私は疲れているのだ。男か女かも分からない声が出る程に。
「でもさ、よく友達なしで生きてこれたよね。天然記念物並みだよ。」
「いや…友達っていうか知り合いならたくさんいるけど、本音とかガード外して気持ち良く話せる知り合いはいなくてさ。」
「…そっか。」
「学校行くよ。頑張って行く。」
 そう独り言のように私は呟き、彼から借りているベットから降りた。
「えらいね。頑張れ。」
 ドSだったかと思えば急に優しくなる。私はもう彼に振り回されてばかりだ。私は人間で、彼はアンドロイドだというのに。私は表情をころころ変える彼を見上げて、思わず笑ってしまった。

 理真を学校へと送り出すと私服に着替え、古びた工場を後にし、オレは商店街近くの大通りへと歩いて行った。探さなくても分かった。ある1つの電信柱の根元にたくさんの花が置かれていたのだ。ある花のビニールの内側に挿し入れられているカードには

“長い間、お世話になりました。夏川ご夫妻のご冥福をお祈りいたします”

 理真の言う通り、両親は優しい人間だったのだろう。でなければ、これほどまでにたくさんの人が悲しんでくれるはずがない。だがこの人たちは気づかないのだろうか?理真という残された彼女の存在に。
 その場にしゃがみ込み、両手を合わせた。みな夫婦の死に目を奪われ過ぎている。みなが悲しみに浸る中、まだ戦い続けている理真がいるというのに。
 車が飛ぶように行き交う車道には、まだガラスの破片が少量ながら残っていた。事故の凄まじさを物語っている。しかしそこでオレはあるものを見つけてしまった。急ブレーキを掛けた時にできる黒いタイヤ痕。手前車線のタイヤ痕は直線に。対向車線のタイヤ痕はセンターラインをはみ出し、手前の車線にまで伸びていた。それを見る限り、どちらかが一方的にぶつかりに行っている。両親が理真を家に残して買い物に出掛けたのは昼過ぎ。3時40分頃に事故に遭ったということは、おそらく帰宅途中だったのだろう。都心部から理真の家の方向へ向かう車道に残っていたブレーキ痕は、センターラインを大きくはみ出しているものだった。
 口に軽く手を当てて、考え始めた。
 もしかしたら本当に理真の両親がぶつかりに行ったのかもしれない。意図的なものではなく、心臓発作でハンドルの操作ができなくなったとか…?だがオレは理真を信じたい。彼女が昨夜流した涙はけして偽りの涙ではなかった。だからオレは彼女を信じたい。
「ねぇ。すごかったよねぇ。交通事故。」
「うん。あんなの初めて見たよぉ。」
 少女の声がして振り向くと、そこには学校へ登校しようとする女子高生が2人いた。顔なんて関係なく、オレは彼女たちに話しかけた。
「ねぇ。交通事故って、ここで2週間くらい前に起きた事故のこと?」
「え?はい。」
朝からナンパ?というような嫌な顔をされたが、それは一瞬だけだった。すぐ彼女たちは彼に笑顔を振りまき始めた。

「もしかして、君たちここで交通事故の瞬間見たの?」
「はい。もうひどいひどい。車ペシャンコで。さすがにあの中にいたら誰でも死ぬよねぇ。」
「ねぇ。どうする?幽霊スポットがまた増えたねぇ。」
 笑いながら話す彼女たちに、オレは怒りを感じていた。その半面、理真と制服が全く違っていてほっとした。理真の近くにこういう不謹慎なことを言う人間がいなくて安心した。
「ねぇ、どういう車がどっちにぶつかって行ったとか、覚えてる?」
「え。分かんない。救出するとかで車移動しちゃったからね。ねぇそれよりお兄さん、メアド交換しない?」
「え?」
「いいじゃんお兄さん!暇そうだし。あ。もしかして刑事さんとかなの?」
「ここで起きた事故で、オレの友達の両親が亡くなったの。だから聞き込み中。」
「へぇ!お兄さん優しい!」
 優しい?オレは優しくなんかない。これは恩なのだ。恩でなければオレはけして自ら動こうとはしない。…こんな面倒なこと。
 うち、1人の女子高生が携帯電話を取り出し、しばらく操作したときだった。
「あ!この前の事故で撮った写真!残ってたぁ!」
「え!?ちょっと見せて!」
 彼女の手を強引に掴み、携帯電話の画面を覗こうとすると左胸に人差し指を当てられた。
「お兄さんがメアド交換してくれたら見せてあげる。」
「え?」
「いいの?案外決定的瞬間っぽいけど。」
 迷っている暇はなかった。オレは仕方なくポケットから携帯電話を取り出し、力なく言った。
「交換するから、その写真送って。」
「やったぁ!あたし瑠香っていうの。よろしくねー。お兄さんは?」
「偽名でもいい?」
「ダメ!本当の名前教えてくれないと写真送らないからね。」
「セナ。」
 比較的素直で扱いやすい理真とは全く違っていた。こういう時、もしオレが社会に放出された時、目の前の人間が理真のように初めて出会った人間だったとしたら、と考えることがある。もしこの女子高生だったら…。
「お兄さん、セナっていうの?」
「あ…あぁ。うん。」
 オレは確実に頭の狂ったアンドロイドになっていただろう。
「へぇ。似合う名前だねぇ!じゃ、この写真メールで後で送ってあげるけど、今見る?」
「うん。見せて。」
 女の子らしいストラップのたくさん付いた、ピンクの携帯電話の画面を見てオレは思わず首を傾けてしまった。
「え。」
「なんかね、シルバーの車に水色の車が追突したみたいだよ?救急車も3台来てたし。」
 画面には明らかにシルバーの車に水色の車が一方的にぶつかった直後のような写真が写し出されていた。
「女の人は!?どっちの車に乗ってたの!?」
「水色の方。でも、女の人は無傷だったみたいだけど。」
  シルバーの車に理真の両親は乗っていたということか?しかしどうしてだ?買い物から3時間以上経っても帰宅せず、家の方向とは逆になぜ都心部に行こうとしたのだ?それに救急車を3台?女は無傷だったというのに?
「ありがとう。助かったよ。」
 平然を装って女子高生に微笑むと、彼女たちは嬉しそうに笑った。
「がんばってね!あ!ヤバっ遅刻する!じゃ、今度遊び行こうよ!」
「え。」
「約束だよー。」
 2人の女子高生はセナを置いて通りを走って行った。その様子は本当に楽しそうで、生きている一瞬一瞬を大切にしているように見えた。理真も元気になってくれたらとふと思う。でも彼女の両親は2週間前に亡くなったばかり。そう簡単に元気になれるはずがないのだ。

 理真の両親が3時間以上経っても帰宅せず、理真の家の方向とは逆に車を走らせ、事故に巻き込まれた理由。それはきっと何かを買い忘れたからだろう。だからもう1度都心部へと向かったのだ。しかし救急車を3台も呼んだ理由が分からない。まさか歩行者が巻き込まれていたのだろうか?
 知らない家の呼び鈴を押す。家の中に人がいるのかも分からない。しばらく経っても出て来なかったら素直にそのまま去るつもりだった。しかし呼び鈴を押してすぐ、ドアが開いた。
「はい。…何か?」
 出て来たのは50代後半くらいの髪の短い女性だった。セナを見て警戒している。
「セールスは結構!」
 話し出そうとした瞬間に思い切りドアを閉められそうになって、全力で手と足を入れて止めた。
「違います!オレは少しお尋ねしたいことが!」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
「どーせ詐欺だろ!?あたしはだまされないからね。しかもあんた。そんな目立つ顔してよく詐欺なんてやるね。アホとしか言いようがない!」
「違うって言ってるでしょ!おばさん!」
 抵抗してドアを閉め続けようとしていた女性の手がドアから離れ、セナはドアを顔が充分見える程度に開けた。
「おばさん、2週間前にここの道路で起きた交通事故のこと、覚えてる?」
「…面白がっているのかい。今の若い者は…」
「違う。ここで起きた事故でオレの友達の両親が亡くなったんだよ。」
 説明しても疑いの目を向けられる。しかしこういう軽蔑のようなものが混じる瞳を向けられるのは慣れていた。
「あたしはここ周辺に住んでいる人たちと一緒に、潰れた車に乗っていた2人を助けようとした。だけど2人とも意識もないし心臓も止まっていて、あげくの果てに出血がひどかった。」
 女性は仕方ないというように話出した。
「あたしらは慌てて救急車を2台呼んだ。それでもあたしらは無力だったんだ…あんたの友達には悪いことをしたと思っているよ。」
「救急車は3台じゃなかったの?」
 先程の女子高生は救急車が3台来ていたと言っていた。これでは話が違う。
「あたしらは2台呼んださ。だけど手違いか何かでもう1台来たんだ。まぁ、水色の車に乗っていた無傷の女が乗り込んだから、検査でもしてもらいに行ったんだろう。…これでいいかい?あたしが知ってるのはこれで全部だよ。」
「…そうですか。」
 本当に女性が知っているのはそれだけだったようだ。仕方なく静かにドアから手を離し、身を引いた。
「あんた、ちょっと待ちな。…その子供、もう大人かい?」
「…彼女は17歳の女子高生です。」
「兄弟は?」
「いないです。」
 女性の強気だった表情は崩れ、哀れむような目の色に変わっていった。
「…かわいそうだねぇ。元気出しなって伝えてやってくれ。」
「分かりました。」
「他に何か知りたいのなら、商店街の奥の方にある肉屋に行きな。」
「肉屋?」
「あそこの亭主は事故の直後に、無傷の女と話をしているみたいだ。行ってきな。」
「ありがとう。おばさん。詐欺には気をつけて。」
 そう言い残して人通りの多い商店街の奥へと走って行った。

 あのおばさん、案外いい人だったと思いながら商店街の肉屋へと向かった。この商店街はけして大きくはないものの、人通りは多い。周りの人にぶつかりながらおばさんの言っていた肉屋を探した。すると左側に並ぶ店の中に黄色い看板を掲げた精肉店を見つけた。セナはガラスの扉をそっと開けて店内へと入った。店内は思ったより清潔で白を基調とし、綺麗にされている。周りを見渡していると、突然人影が現れたためにいつもの調子で身構えてしまった。
「どうかしたかい?兄ちゃん。」
 中背中肉で白髪まじりの年配の男性がこちらに目を向けていた。
「あの、2週間前に大通りで起きた交通事故のことについて、どうしても知りたくて。オレの友達がその事故で両親が亡くなったんです。」
「…そうなのか。もしかして聞いて回ってるのか?」
「まぁ、一応。それでおじさんが無傷の女と話しているのを見たって言う人から聞いて、ここに来たんです。」
 男性はため息をついてセナへと歩み寄って来た。
「本当に困ったよ。通行人や住んでいる人たちで助けようとしていたのに、声をかけてきたんだ。子供がぶつかった拍子にフロントガラスに頭をぶつけて怪我をしたんだって。」
「子供?」
 セナは顔を顰めた。すると男性は深く頷いた。
「救急車を呼んでくれって言うんだ。私もその子供の怪我を見たんだが、ただのかすり傷なんだよ。これなら大丈夫だろうと言ったんだが、女は私の子供を見捨てるのかって怒り出してね。」
「…それでもう1台救急車を?」
「私も怒鳴ったんだよ。相手は大量に出血して意識もないのに、何を言ってるんだって。けれど無視するわけにはいかなかった。」
 3台の救急車のうち2台は理真の両親のため。もう1台は子供のためだったのか。
「それにしても、ひどい人だよ。衝突した直後にその女、車から出ようとしなかったんだ。」
「見ていたんですか?」
「ちょうど通りを歩いていてね。衝突して周りが2人を助け出そうとしているのに、しばらくたっても出て来なくて、『ぶつけた奴出て来い!』って言われてやっと出てきてね。救出しようとしているところも見ているだけだったよ。」
 女は理真の両親を見殺しにしようとしたのか。かすり傷の息子は助けようとして、意識を失っている他人は見捨てようというのか?
「ありがとうございました…助かりました。いろいろ聞くことができて。」
 怒りと悲しみを抱えながら、セナは再びガラスの扉に手を触れ、店内から出て行った。


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