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7話 偽りの真実

 なぜ父と母が死んだのか。どうして交通事故に遭ったのか。私は何も知らない。ただ正面衝突をされたとしか、私は叔母に教えられていない。衝突してきた相手が生きているのは知っている。私が病院で父と母が死んだことを知らされて、呆然と集中治療室の重たい鉄の扉を開け、廊下に出た時、その人は私に向かって土下座をしたからだ。その人は不真面目そうな若い…女だった。立ち尽くす私を見上げて、その人は泣き叫びながら謝り続けた。
 生まれて初めて本気の土下座をされた。しかし私はテレビドラマのように「やめて下さい。顔を上げてください」とは言わなかった。ここでそのような優しさを見せるということは、許したということになる。私は許していない。今すぐにでも殺そうと思えば殺せる。そんなことを考えるくらい、私の心は怒りに満ちていた。
 だが殺してどうなる?この女を苦しみから死で救おうというのか?…させるものか。お前はそうやって額を地面につけたまま、一生人を死なせたという事実に苦しみ、もがくべきなのだ。
 一生苦しみながら死んで逝けばいい。
 私は冷たい瞳で女を見下ろしていた。この時だけ、私の涙は封印されていたのだ。

 ただ知りたい。あの女がどのように父と母に衝突してきたのか。私は本当のことを知りたいだけなのだ。
 友達のいない教室の椅子に座り、窓から青い空を眺めながら私は思った。私が本当のことを知り得ることができるのは警察署だけ。警察署に行こう。そして本当のことを知ろう。私には知る義務がある。耳を塞いではいけない。私は事実を…受け止める。

 急いで工場へと帰ると、セナの姿はなかった。ただ断りを入れてから警察署へ行こうと思ったのだ。普通なら電話やメールでも良いのだが、すっかりメールアドレスと携帯電話の番号の交換をし忘れていた。置き手紙でもすればいいかと思い、スクールバックからルーズリーフとペンを出した時だった。
「あれ?理真ちゃんおかえり。まだ4時前だよね?」
 事務所のドアを開け、目を丸くしていたのは、やはりセナだった。
「急いで帰って来た。」
「そんなぁ。USBなんてもういいよぉ。」
 私の目の錯覚でなければ、彼の茶色の綺麗な髪は濡れている。それに石鹸の優しい香りが漂ってきた。あえてどこへ行っていたのかは聞かなかった。聞く必要もないし、聞こうとも思わない。だいたい予想がつくからだ。
「あたし、警察に行ってくる。」
「え?どうして?」
「お父さんとお母さんが死んだ時の状況を聞いてくる。だから帰りは遅くなるかもしれない。じゃ。」
「1人で大丈夫なの?」
 部屋の中に入って来たセナは、心配そうに私を見つめてきた。「1人で大丈夫?」と言われても、他に誰と一緒に行けばいいのだ?一番最初に会った時、お前は「交番には行けない」と言っていたではないか。
「一緒に行く人なんていないの分かってるでしょ?あたしは家族も友達もいないんだから。」
「友達なら、友達登録番号1番のオレがいるでしょ?」
「友達?」
 セナと私が友達?そんなこと初めて聞いた。お前と私は雇い主と雇われ人というだけだろう?
「友達なの?」
「あ。もしかしてメアドとか交換しないと友達って認めてもらえない感じ?」
 猫背になりながら、彼は黒い携帯電話を取り出した。私は別にそういうことを考えていたわけではなかったが、アドレスと番号の交換にちょうど良いと思い、そのまま彼と赤外線通信をした。
「晴れてこれで友達だねぇ。理真ちゃん。」
「じゃ。あたし行って来るから。」
「ちょっと。オレも行くって。」
「交番に行けないって言ってたじゃん。初めて会った時。」
 不機嫌そうな表情に変わったセナ。すると突然ベルトの後ろから銃を2丁、ジャンバーの中から手榴弾を5つ、銃弾の入ったマガジンを3つ、サバイバルナイフを4つ、まとめて全てパソコンの置かれている机に投げた。
「はいこれでOK。丸腰だから逮捕されない!」
「手榴弾まで持ってたの!?」
「かなり使えるよ。都合が悪くなったらピン抜いて地面にボンってやれば、一件落着だからね。」
「一件落着にしてくれる相手がすごいと思う。」
 こうして私とセナはおかしな会話をしながら警察署へと向かった。

 警察署の中へと入り、私は一度長椅子に腰かけた。セナは賞金のかけられている犯罪者のポスターを見て、頭にデータとして刻み込んでいるようだった。
「1000万…。」
 そう呟く彼を見て、結局は金かとがっかりした。


「あの、2週間ほど前に大通りで起きた交通事故のことで、どうしても聞きたいことがあって。私の父と母がその事故で亡くなったのですが、詳しい状況などをお聞きできますか?」
「今担当の者を呼びますので、しばらくお待ちください。」
 仕方なく私はまた、長椅子へと戻った。スクールバックを膝の上に置き、担当の人が来るのを待ち続けた。
「あの受付の女の人、無愛想だよね。左薬指に結婚指輪なかったよ。」
 隣に座ってきたセナがそんな意味のないことを言い出した。
「どこ見てるの!失礼だよ。」
「人間は生殖機能を備えてるんだから、しかるべき時がきたら結婚すべきだよ。」
「まぁね。…ってなんでそんな話してるの?」
「だからいいなぁって。子孫が残せて。」
「アンドロイドにはないの?生殖機能。」
 セナは「マジかよ」と言うように薄く笑い出した。
「あるわけないでしょ。理真ちゃん馬鹿?」
「もう馬鹿でいいから少し黙ってて。」
 うるさい。連れて来なければよかった。このままセナを警察に差し出したい気分だった。
「お待たせいたしました。担当の藤井です。夏川さんのご家族の方は…。」
「私です。」
 中年の背広を着た男の人が私を見て「ふーん」というように数回頷いた。そしてやはり…
「こちらの方は?」
 やはりセナに目が行く。兄妹と思われるはずがないのだ。顔が全く違う。月とスッポンという表現が正しいだろう。
「友達。」
 きっぱりと、はっきりと、しっかりとセナは答えた。男はセナを下から上へとじっくり見ると、私に向き直って言った。
「別室でお話するので。」
「オレは?」
「ご家族の方だけにお話したいと思いますので。」
 セナは藤井を睨むと理真の背中を優しく押した。
「行って来な。ちゃんと待ってるから。」
「う…うん。」
 私はセナの態度に戸惑いながら、背広の背中の後をついて行った。

 警察署というのはやはり暗い。官公庁ということもあって、節電をしているのかもしれないが、廊下の電気は2つ起き程度にしか点いていなかった。
 案内されたのは相談室のような黒い光沢のあるソファーが置かれた、小さな部屋だった。私は促され、ソファーに腰を下ろした。話しが長くなるかもしれないのに、私はトイレに行き忘れて少しヒヤヒヤしていた。
「夏川友一さん、恵美子さんの娘さんですね?」
「はい。」
「両親は事故当日の午後3時40分頃、商店街近くの大通りで被害者、木下里絵の車に正面衝突し、頭部を強く打ち2人ともお亡くなりになりました。」
 男は同情する気配もなく、物語を読むように淡々と私に書類を読み聞かせた。
「間違えてます。私の父と母が被害者です。」
「いいえ。夏川さんの車が対向車線に飛び出しました。」
「…え?」
 どこで手違いが生じたのだ?父と母が被害者?ふざけているのか?
「父と母は衝突されたんです!間違えてます!」
「木下さんに事情聴取をしたところ、夏川さんの車が対向車線に飛び出したということでしたが。」
 顔が引きつった。スカートを握り締めて歯を食いしばった。

…あの女。

「現場検証も行いましたので、詳しいことは郵便で郵送いたします。では。」
 逃がさなければよかった。一生苦しみながら死んで逝けばいいなんて、自然の節理に任せなければよかった。本当はあの場で殺しておくべきだったのだ。

「理真ちゃん!」
 セナは私の姿を見ると安心したようで、走り寄って来た。だが私の目にセナは映っていなかった。私の目に映っていたのは警察署の床。
「大丈夫?よく受け止めたね。」
 優しく私を褒めるセナ。いや、私は受け止められてなどいない。受け止める以前に、その受け止めるべきものである真実が喪失しているのだから。偽りの真実を受け止める必要はどこにもない。
「…あの女。」
 痙攣する唇で呟いた私を見て、セナは固まった。彼にはこんなにも醜く人を恨む私が、どう見えたのだろう。


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