ポーランド「脱出ゲーム」施設火災は日本でも起こるのか?

先日、ポーランドのEscape Roomで10代の少女5名がゲーム中に亡くなるという悲しい事件が起こりました。
亡くなった方々に謹んで哀悼の意を表します。

この事件については、日本国内でも各種メディアでご覧になった方も多いと思います。

"「脱出ゲーム」で火事 少女ら5人死亡 誕生日で…"(テレ朝news)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000144559.html
"ポーランドで「脱出ゲーム」施設火災、少女5人死亡"(TBS NEWS)
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3565632.htm

脱出ゲームで事件と聞くと、連想するのは"リアル脱出ゲーム"や"リアル謎解きゲーム"という言葉ではないでしょうか。
そして当然のように、自分たちの身近で行われているこれらは、大丈夫なの?危険はないの?と考えてしまうと思います。

私もこの業界に身を置く者でもありますし、また幸いにも海外事情に比較的明るくもありましたので、本件に関して少しでもご参考になりそうなことをまとめてみました。本稿では、海外のEscape Roomと日本の謎解きゲームの概要について触れ、その性質の違いから今回の事件のようなことが日本で起こりえるかどうかについて、私見を述べております。ご一読頂けると幸いです。

※なお、本稿の内容は山肩大祐個人の意見であり、文責は私にございます。私が所属する団体・組織や業務提携等して下さっている諸企業様のご見解とは一切関わりありません。予めご了承ください。

1.日本の"リアル脱出ゲーム"や"謎解きゲーム"でこのような事件は起こらないか?

 結論から申し上げますと、今回のような事件は【今のところは】まず起こらないと感じています。その理由は、今回事件が起こった"脱出ゲーム"と、日本で行われている"リアル脱出ゲームに代表される謎解きゲーム"は根本的に設計が異なる物だからです。

確かに、"謎を解き、部屋(等)から脱出する"というゲームの説明だけを見るとポーランドの脱出ゲームも日本の謎解きゲームも同じに見えます。
しかし、そこで提供されている内容は大きく異なります。
海外のEscape Room と日本の謎解きゲームがどのように異なるかについて、次に述べさせて頂きます。

2.海外のEscape Room(game)と日本の謎解きゲーム(リアル脱出ゲーム・リアル謎解きゲーム)の違い

2-1 Escape Room = 脱出ゲーム?
まず、ニュースの原文を見てみましょう。おそらく第一報はAP通信社のこちらの記事だと思います。

"Police: 5 teenage girls killed in Poland “Escape Room” fire"(AP NEWS: 2019-01-05)
https://www.apnews.com/40170f1d7d674e9e9503004c1b03eb79

タイトルや記事の内容を見て頂きますと、Escape Game ではなく、Escape Roomと記載されているのが分かります。直訳すると、脱出ルーム。もちろんそこで行われていることのイメージを伝えるという点で脱出ゲームと訳すのが適切だったと思います。
 ただ本稿では、明確に説明するために海外の脱出ゲームを"Escape Room (ER)"、日本のリアル脱出ゲーム等のイベントのことを、"謎解きゲーム"と呼びます。実は、言い方を変えた方がよいと思えるくらい、Escape Roomと謎解きゲームは異なるのです。

2-2. 海外のEscape Roomとは何か
 一言でいうと、「映画のセットを遊園地のアトラクションの様に遊べるようにしたもの」です。欧州全体だともう数千の部屋があるようです。

 これらのEscapeRoomですが、施設を一から作るのではなく、既存のマンションの複数の部屋を借りて、そこの内装を自分たちで施行して部屋を作るケースが多い様に感じます。大規模チェーンのEscapeRoomもありますが、多くは1~2部屋を個人で運営しているようです。プレイ人数は大体4~8名程度で、60分以内に脱出することを目的としています。
 施設にもよるとは思いますが、ゲーム時にそれを運営するゲームマスターは1名で、ゲームの部屋にロックを掛けて、別室のモニタールームで進行等を見守っています。中のプレイヤーが進行に詰まったときは、無線でゲームマスターからヒントをもらい進めるケースが多いです。

 部屋の中の様子は、まさに映画で見たことあるあれ、ただのマンションの一室から、魔法の城の図書館、宇宙船のコックピット等々、海外のEscape Roomはまさにその再現であり、電磁石やらレーザーやら使える技術とアイデアを駆使して様々な事をやっています。
 扉には実際に鍵を掛け、特定の本を倒すと身長より高い本棚が音と共に自動で開き、中には地下室の一角を墓地のよう土を敷いて改造して何本もの蝋燭に本物の火を灯しているところもありました。
 文字通り”リアル”なシチュエーションを作り、様々なガジェットやギミックを用いて部屋からの脱出を目指す、流石に破壊するようなことはほとんどありませんが、家探しや重い物の移動、大がかりな仕掛けは当然のようにでてきます。

 このように部屋を作り込むため、一つのゲームの開催期間は少なくとも半年以上と長期にわたります。これらの施設を、運営者自身が自分たちの手で施行しているのが常のようです。

※ご興味ある方は、古い資料となり恐縮ですが私がIGDA日本のカンファレンスで2015年に発表した資料がありますのでご笑覧ください。なお、現在はこの資料にある以上のものが当然のように仕掛けられています。

成長を続ける謎解きイベント業界の今〜謎解きイベントカンファレンス2015夏
https://www.igda.jp/?p=1487

2-3.日本の謎解きゲームとは何か
 一言で言えないくらい多様化しています。
 公演型といわれる60分程度のゲームだと、10人くらいでマンションの数室くらいを使って行うルーム型、50名から100名が4名から6名程度のグループとなり会議室サイズの部屋で行うホール型、500名~1,000名が同時にプレイするスタジアム型というように規模でゲーム感も異なります。そして公演型以外にも周遊型、一枚謎など様々なタイプがあります。

 これらの名称や性質については、デファクト的な物はありますがはっきり定義されているわけではありません。それについては別の機会に改めて議論できればと思います。

 ただこれら全てに共通していえることですが、誤解を恐れずにいえばほとんどの謎解きゲームにおいて「紙のツール」が多用されていることです。紙に書かれた指示に従い、紙に書かれた情報を整理し、紙に書かれた地図から次のチェックポイントを導き移動し、紙ベースのパズルを解く。これだけ書くとなんだかつまらないように感じますが、そこをアイデアと演出でカバーしているのが日本のゲームであるといえます。

 実際に海外のゲームはどれも”部屋から出る”ことが目的となっているのに対し、日本のゲームは脱出に留まらず、裁判で勝つ、裏カジノを潰すなど、様々な設定のゲームが生まれています。

※謎解きのフェス系イベントからもこれらアイデア勝負の傾向が読み取れます(参考:ナゾガク2018 公演情報:https://nazogaku.wixsite.com/nazogaku5th/performance )

 もちろん紙を使わないタイプのゲームもありますし、ルーム型のゲームは海外のEscapeRoomに比較的近いものがあるのも事実です。ですが一部をのぞきほとんどのゲームは、紙等に文字で書かれた情報からプレイヤーの想像力を刺激し楽しませる、例えるなら木の棒を伝説の剣といわばそのように扱うといったような、演出と設定を軸としたロールプレイ的要素が強いと思います。

 そのため、本当に鍵を掛けなくても、ここは鍵がかかっていますという設定ですと伝えれば参加者はそれに納得して鍵がかかっているというロールプレイをして楽しむことができるゲームになっています。ここが海外のEscape Roomと大きく異なる点です。もちろん実際に扉に鍵を掛けるゲームが全くないわけではなく、特にルーム型のゲームでは、実際に鍵のかかった扉や閉じ込められたシチュエーションも多いです。ただそれらのゲームは、そこが他のタイプのゲームとの違いであることから、より一層、運営側はその安全性や運用に細心の注意を払っています。

 実際に、ルーム型の施設の制作に携わった方からは話を伺った際に消防法との兼ね合いや緊急時の対応などの参加者の安全面について色々考慮して設計していることを伺いました。他にも、日本での謎解きゲームではルーム型でも1名で運営することは非常に希ですし、大体のゲームにおいて運営スタッフが参加者と同じ部屋に入ってゲームの進行を行っています。これはゲームの性質の違いでもありますが、運営スタッフが同室しているということは非常時の対応についても円滑に進めることができるということではないかと思います。

3.ゲームの性質の差異からくる安全性の違いについての考察

 先に述べたEscape Room と謎解きゲームの概要について次の表で比較しています。

 今回事件が起こったEscape Roomについての詳細はまだ調べ切れていないため断言はできませんが、事故が起こった際に本当に閉じ込められて部屋からでることができない状態であった(施設の作り込みが仇となった)こと、非常時の際の脱出経路や手段が明確に確保されていなかったことが予想されます。
 良くも悪くもですが、日本のゲームでは、実際に部屋自体から出ることができなくなるケースは少なく(例えば扉に鍵がかかっていても蹴破れるレベルの扉や壁だったり、天井に近い部分が開いているのでよじ登れば隣の部屋に行けたりします)、また比較対象としたルーム型のゲームの絶対数自体が日本国内では少ない=他と違うことをしていることにより事故などが起こらないよう安全性等特に意識して運営されているため、最初に述べました通り"現時点では"ポーランドで起こったような事件が発生する可能性は低いように感じます。

4.まとめ

 今回の事件について日本で発生する可能性について考察しました。
海外のEscapeRoomと日本の謎解きゲームの性質の違いから、現時点ではその可能性は低いと考えています。

ですが今後はわかりません。
なぜなら、今回日本でこのような事故が起こる可能性が低いとした論拠の一つは、日本型の脱出ゲームが海外と異なることにあります。これまでは日本国内に海外Escape Room型のゲームがほとんど無かったため、その魅力を知る機会もありませんでした。しかし現在日本でも海外のEscape Roomタイプのゲーム施設ができつつあり、少しずつですがそれを知る人も増えてきています。これはとても素晴らしい文化だと思いますので是非広まっていってほしいですが、何か事故が起きてしまうと折角のものも台無しになってしまいます。

 今回の事件で、ポーランド国内でもこれらの施設の安全基準見直しが始まっているようです。

"Man charged, detained in Poland escape room game deaths"(AP NEWS 2019-01-07)
https://apnews.com/12ae7ba70aa74873bea277636f26747a
(上記記事の後半に安全基準について議論が始まった旨が記載されています)

 謎解きに限らずですが、施設を作る時や何かしらを為すときは、安全性には充分に考慮し実施されれば思います。

 二度とこのような事件が起こらないよう、心から願ってやみません。
改めてではありますが、今回亡くなった方々に、謹んで哀悼の意を表します。

2019-01-08
山肩大祐

※本稿の文責は山肩大祐にございます。ご意見・ご質問・ご指摘等ございましたら、yamakata@cc.rim.or.jp までご連絡下さい。

面白い記事を書いていけるよう頑張ります!!