【徒然】私の生きたい(行きたい)、なりたいところについて

(加筆・修正はするかもしれないけれど、いったん上げます)

最近、西野さんの本(新世界)を読んだり
週末に「なぜ書くのか」と考えるきっかけの
イベントに参加したり
オンラインサロンの面談で、
どうなっていきたいか考えたり・・・
なんとなく見えてきたものがあって、
辻褄合わせしているようにも感じるけれど、
どうしてそうなったのか、を少しずつつ繋げている。
そしてそのつながった(多少無理矢理かもしれないが)感覚があるうちに、これはメモしておかねば・・・と思って
noteを書いている。

最近の私は
「お帰り」と「いってらっしゃい」
が言える人でありたいし、
「居場所になりたい」
と思っている。

だったら手っ取り早く、
居酒屋とかやればいいのでしょうけど、
おしゃべり、お酒、料理を作る…
全部苦手分野なんだよね。
で、行き着いた・・・というか
本を読んだりすることが好きだったり、
こうやってnoteを書いたり、写真を撮ってみたり
景色を見ることが好きだったりするから
いつの間にか文章を書くというところに落ち着いて

エッセイを出したい

というところに行き着いた感じ。

以前から、「Topの下で支える人になりたい」ってずっと言っていて、サロン面談の時もその話をして、秘書とかそういった職業に・・・なんて考えていたけど、私のユルッとした雰囲気がどうも秘書的な感じでなくて、しっくり来ていなかった。(でも実は秘書士という単位取れれば貰える資格は持っているし、秘書検定も受けて準2級までは取ったw)
尊敬する人だったりしてるから「Top下」って言ってるけれど、本当の根っこは

尊敬する人を支えていきたいし、「ちょっと頑張る」って時や次のステップに進もうとしている人がいれば「いってらっしゃい」と背中を押してあげられる人でありたいし、その人が「疲れた~」って戻ってきたら「お帰り」と安心できる居場所でありたい。


だな、と。(引用帯になっているけれど、目立たせたいだけです)

私は、Win-Winの仕組み(「勝勝」「勝負」「負勝」「負負」)で言うと、万年「負勝」か「負負」の部類にいる人。とにかく右下あたりをうろちょろしている人で、昔は「勝勝」に「行かなきゃいけない」って思っていたし、今でも時々その感情が復活することがあるし、その手の研修で「私は「勝勝」にいます!」と宣言していた人に「それは本当なの?」と疑問を抱いたし、そこへ行けることを嫉妬したりもした。どうしても抜け出せなくて「私はダメ人間だ」と思ったり・・・

今でも心は荒れ放題になることが多いから、結構葛藤しているし、穏やかそうに見えて乱れてるw、自分にOKを簡単に出せる人ではなくて苦しんでるし・・・それでも、支えたいということが離れない。

「エッセイを書く」と「人を支える」ところに接点が見えていなくて、全然別のことのように見えていたけれど、振返りと、ここで書き込みしている間に、ふと気づいて・・・

エッセイって、小説より気軽に読めて、写真も入れられて
で、更に「お帰り」と「いってらっしゃい」の感覚に近いから「書きたい」って思ったんだ、と。「寄り添うもの」としてエッセイなんだ、と。

じゃあ、なんで今の職業を捨てないでそのまま続けているんだろう・・・って考えた。

根本的に「お金」というしがらみもある。生活用の資金がなければやはり困るのだ。生活が乱れたら、人のことをあれこれ考えられなくなってしまう。(そこまで考えずに人の為に何か出来たらいいのでしょうけれど)
でもね・・・自分が作ったものなんかで人が喜んでくれた顔を見たらやっぱり嬉しいし、喜んだ人の「支えになった」って感じれるのが重要なのかも。
だからまだ辞めれないんだな・・・

つらつらと書いてしまったけれど、引用部分がやっぱり
私の生きたい(行きたい)、なりたいところ
なんだと思えました。

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かっぱ

かっぱさんの徒然日記(2018年)

2018年に公開した記事です。
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