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日本モーツァルト協会 第655回 演奏会《ジングシュピールの世界》大西宇宙・中江早希

2年前の日本モーツァルト協会の演奏会に引き続き、ソプラノ・中江早希さん、ピアノ・村上寿昭さんを迎えた大西宇宙さんのコンサートは、モーツァルト作品を中心に、モーツァルトと関わりがあった作品を組み込んだ、とても熟考されたプログラム。3人で度々Webミーティングを開きアイデアを持ち寄り、「こんな曲もある」とこれまで演奏機会が多くなかったものを多く取り入れたとのことです。つい最近発見された楽譜だったり、市販の楽譜がなく作曲家の自筆譜を村上さんが楽譜に書き起こしたりなど、3人の信頼関係を伺わせる丁寧に作られた公演。大西さんも初めて歌う作品が多かったのだそうです。

この記事はクラシック音楽初心者が、勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。

プログラム

モーツァルト:《フィガロの結婚》K492より 
  ・二重唱 5…10… (大西・中江)
A.サリエリ:《オルムスの王アクスール》より
  ・卑しく哀れな異邦人 (大西)
  ・臆病者の偶像よ (大西)
ダ・ポンテ、サリエリ、モーツァルト、コルネッティの共作:カンタータ「オフェーリアの健康回復によせて」K477a (中江)
G.ガッツァニーガ:《ドン・ジョヴァンニ》より
  ・ドンナ・エルヴィーラとバスク・アリエッロの二重奏 「イタリアやドイツでは」(大西・中江)
モーツァルト:《ドン・ジョヴァンニ》K527より
  ・レポレッロのアリア「カタログの歌」(大西)
  ・ドンナ・エルヴィーラのアリア「あの恩知らずは私を裏切って」(中江)
モーツァルト:《劇場支配人》K486より
  ・別離の時に鐘は鳴り (中江)
モーツァルト:《バスティアンとバスティエンヌ》K50より
  ・二重唱 私が与えた忠告を (大西・中江)
モーツァルト:《魔笛》K620より
  ・俺は鳥刺し (大西)
モーツァルト:《ツァイーデ》K344より
  ・虎よ、そのまがった爪で捕らえた獲物を早く殺せ (中江)
  ・大胆に試せ幸運を、諦めず勇気を出せ (大西)
モーツァルト:《後宮からの誘拐》K384より
  ・あぁ私は恋し、本当に幸せでした (中江)
モーツァルト:《魔笛》K620より
  ・パパゲーナ!パパゲーナ!~二重唱 パパパ (大西・中江)
<アンコール>モーツァルト:《ドン・ジョヴァンニ》K527より
  ・二重唱 お手をどうぞ (大西・中江)

公演日:2024年1月9日 (火)東京文化会館 小ホール


ジングシュピール

テーマである「ジングシュピール」とは?トークの中でピアノの村上さんが解説してくださいましたが「ジング(ドイツ語)=Sing(英語)」「シュピール(ドイツ語)=Play(英語)」にあたり、歌が入る芝居を指すのだそうです。(少し調べてみると「地声のセリフや対話が入る音楽劇」と説明されていたりもしますね)。
また当時、庶民階級が徐々に力を持ち始めた時代、それまで貴族のものであったオペラ、つまり外国語(ドイツ人から見たらイタリア語やフランス語)の素養のある貴族しか理解できなかったもの、を大衆向け(ドイツ語)にしたのだと。外国語だったのはもしかしたら見栄もあったかもしれませんね、というオフレコも。
モーツァルト後、ワーグナーやウェーバーなどに影響を与え、ベートーヴェンの「フィデリオ」もジングシュピールにカテゴライズされるのだそうです。

モーツァルトと関わりがあった作曲家

モーツァルト「フィガロの結婚」に続き演奏されたのはサリエリの作品。サリエリといえば、映画「アマデウス」のせいでモーツァルトを暗殺した悪者ということになっていますが、事実関係は不明のようです。筆者もピアノ界隈で聞いた、ベートーヴェンやリストを育てた偉大な師匠というイメージですが、モーツァルトを殺した人だという認識でした!

実際はそこまで不仲ではなかったのではないかという村上さんと大西さん。ただ、知名度はモーツァルトの方が高かったのは本当のようです。映画にそのシーンがあり、サリエリが自分の作品を知っているかと演奏してみせるも認知されておらず、モーツァルトを弾いてみるとすぐにわかるという。そのシーンで使われているのがこの2曲目の「オルムスの王アクスール」なのだそうです。(動画がありました!)

モーツァルトの共作

続いて、モーツァルトとしては大変珍しいという、他の作曲家との共作である、カンタータ「オフェーリアの健康回復によせて」。4つの短い曲が集まった作品集のような構成で、ダ・ポンテ、サリエリ、モーツァルト、コルネッティという4人の作曲家がそれぞれ担当。演奏後にどの曲がモーツァルトだったかわかるでしょうか?と会場に問いかける大西さんでしたが、けっこう当たっている観客の方は多かったかもしれないですね(筆者は最前列でかぶりついていましたので背後が見れず笑)。モーツァルトの作風はその美しい転調などが際立っているのだそうです。

また、この「オフェーリアの健康回復によせて」は2015年に発見された楽譜。今回、中江さんが研究中に見つけたのだそうです。第一線で活躍されている方々も研究熱心で頭が下がりますね。

2つの「ドン・ジョヴァンニ」

なんと、あの「ドン・ジョヴァンニ」を作ったのはモーツァルト以外にいた!という驚きの事実。
同時代の作曲家・ガッツァニーガとモーツァルトは同じ「ドン・ジョヴァンニ」を題材に同時期に作曲していたということも驚きですが、さらにはガッツァニーガの方が数ヶ月リリースが早い。そしてモーツァルトの作品にはそのガッツァニーガに影響されたモチーフが入っているのだそうです。ということで大変興味深い「ドン・ジョヴァンニ」の聴き比べに。

ガッツァニーガのいうバスク・アリエッロはレポレッロのことであり、ドン・ジョヴァンニが口説き落とした女性の数を歌う「カタログの歌」は妻のドンナ・エルヴィーラとの二重奏に。モーツァルト版ではそれぞれのソロになっています。歌詞はわからないのですが、モーツァルトの方がユーモアがある印象でした。

モーツァルト作品

後半はモーツァルト作品でまとめられていました。

今年、「魔笛」のパパゲーノ役でご出演が予定されている大西さん。「俺は鳥刺し」や「パパパの二重奏」を演技つきで歌われていて、とても親しみやすくチャーミングな様子に会場も沸いていました。来月の公演に期待が高まります。

中江さんのソロは、初心者にもわかる超絶技巧。筆者はあまり歌に詳しくありませんが、人間の声でこの速さでこの高低差はありえない!と驚愕でした。

アンコールは再び「ドン・ジョヴァンニ」。ピアノのコンサートによく出かける筆者としては、知っている曲が出た!という感動が。ピアノソロとしてもよく演奏される作品ですが、オペラを見るとピアノ版もぐっと味わい深くなりました。
大西さんがタイトルロールを歌い、話題をさらったこの作品、平野和さんのレポレッロも演技がとても良く印象深いのですが、やはり大西さんの色気あるドン・ジョヴァンニは衝撃でしたね。またおふたりのジョヴァンニ&レポレッロで再演を願ってしまいます。

ついそのおちゃめさに気を取られてしまう「パパパの二重奏」も、こうしてよく聞くと最後の怒涛の高速パパパは高い技術を要しそうですね…。


最後に

やはりトーク(解説)つきのコンサートは、作品や作曲家だけでなく、歌そのものにも興味が深まってありがたいですね!
そしてはじめて大西さんのステージを拝見したときに思ったことなのですが、今回中江さんがお話された瞬間にも同じ思いでした。美声の歌手の方は話し声もなんと美しいことか。中江さんも透明感のあるチャーミングなお声でした。

出典

「ジングシュピールって何?・地声のセリフ入り・大衆向けオペラだった」オペラディーヴァ

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