総図問題はどう考えられるべきか

この文章は、東京大学総合図書館本館の事実上の「閉館」予告に際して、東京大学文学部3年の木村悠之介(「閉館に反対する学生の会」代表)が理念的な批判を試みたものです。

総図問題自体の経緯について振り返りたい方は、署名サイトChange.orgに投稿された「東京大学総合図書館本館の、一年間に及ぶ閉館の決定の撤回と、そのための情報開示を求めます」(https://t.co/i0fSZT5iZI)をお読みください。最新ではないものの、経緯を述べた文章が掲載されています(署名も可能です)。最新情報については「閉館に反対する学生の会」Twitter(@heihankai)及び同会ブログ(現在作成中です)をご参照ください。


目指されるべき方向

東京大学「閉館に反対する学生の会」の目標は以下の通りです。

・平成29年度に総合図書館本館の施設利用ができなくなることによる、本郷キャンパスにおける学習スペースの大幅な削減と、開架および書庫の蔵書に対する重大な利用制限、この2つを、有効な代替措置の実施、あるいは段階的な工事計画への回帰により、阻止すること。
・大学当局および附属図書館から、この問題に関する徹底的な情報公開が行われること。そして、学生をはじめとする利用者が今後の総合図書館の在り方を決める議論に参画できるようにすること。

総合図書館本館の耐震改修工事は、利用者の安全・蔵書の保全を図るという観点から当然必要なものであり、最低限の利用制限は甘受しなければなりません。
しかし、今回の工事計画の変更は、工事そのものの必要というよりは補正予算の都合によるものが大きいのではないでしょうか※1。これによって図書館の機能が過度に妨げられることは、許されるものなのでしょうか。


保たれるべき図書館の機能

先ほど述べた目標は、2006年に制定された「東京大学図書館憲章」によって裏付けることができます※2。

(前略)
東大附属図書館の使命
1.東京大学附属図書館は,学習支援機能,研究支援機能及び保存機能を併せ持つ。総合図書館,駒場図書館,柏図書館は,本学の全ての学生に対して学習,総合的教養修得及び知的人格形成の場を提供し,もって各キャンパスにおける学習支援機能の中心的な担い手となる。部局図書館は,主に,本学における研究を支援するとともに,各部局の特性に応じて学習支援機能をも担う。
2.東京大学附属図書館は,本学における学習,教育及び研究の発展のために必要な各種の学術情報を収集,保存,整理し,資料の性質に応じて可能な限り広く本学内外の利用に供するとともに,所蔵する人類の貴重な知的遺産を責任をもって次の世代に伝える。
(後略)

1で述べられている「学習,総合的教養修得及び知的人格形成の場」は、図書館そのものの空間的な機能※3を表していると言えます。
一つは、閲覧・学習スペースとしての役割です。本郷キャンパスには駒場と比べて学生の居場所が少ない、ということはしばしば言われるところですが、現在よりも総合図書館の閲覧・学習スペースが削減されることで、代替措置が予定されているとはいえ、キャンパス全体としてさらに逼迫した状況になることが予想されます。
そしてもう一つ、より図書館に固有の空間的機能として、(当然のことながら)蔵書が配架されている、ということを挙げることができます。開架においては、あるいは総合図書館本館の場合は書庫についてもこの点では開架とほぼ似たようなものですが、本の背表紙を縦覧して気軽に手に取るという「ブラウジング」を行うことができます※4。
蔵書構成の面はどうでしょうか。総合図書館を含む各キャンパスの拠点図書館は、各部局図書館室に比べると幅広い分野の図書を網羅的に、入門書から専門書までバランスよく所蔵しています。それら各学問分野の基本図書を中心に配架したものであり、各学問領域への入り口が有効に配置されたものである、とも言うことができるものになっています。これは、学際性を担保するうえでも重要な要素になるでしょう。
2で述べられている「学術情報」を「本学内外の利用に供する」ということについては、すでに述べた開架も含まれていますが、総合図書館において特に取り上げるべきは、書庫資料の重要性です※5。利用されなくなった本だけではなく、和漢書を含む膨大なコレクションを擁する総図書庫は、その貴重度と規模において国内屈指のものであり、国立国会図書館に所蔵されていないような資料も存在します。学内外を問わず研究活動には必須の知的基盤であり、閲覧・学習スペースや開架図書と比べても根幹的なものであると言えるでしょう。
さらに、書庫には学内の図書館室中最大規模の雑誌資料※6も所蔵されています。とはいえ、貴重なものは一部分あるとしても、大多数の雑誌や図書は学内の他の図書館室や、他大その他学外の図書館にもある、という意見をこれに対しては出すことができますし、首肯できるものです。これについて、先ほどのブラウジングの話以外に利用制限のデメリットを挙げることはできるのでしょうか。
ここで、1960年代に、後に「岸本改善(改革)」と呼ばれることになる一連の図書館近代化事業を遂行し、現在の附属図書館体制、そして「総合図書館」※7の在り方の礎を築いた岸本英夫館長(当時)※8の言葉をいくつか引用します。

「大学の理想の形としましては、全学の教授、学生、研究者のすべてが、全学のすべての図書を、たやすく利用できるようにならなければならない」※9
「どうすれば、閲覧者が、あまり骨を折らずに本を手にすることができるか」※10

岸本館長はこの考えのもと、全学総合目録の作成、開架式の導入など様々な事業を手がけました。
この考えは、図書館学において広く共有されており、当然東大の司書課程においても教えられている「図書館学の五法則」※11にも通じるものです。

ランガナタンの五法則
第一法則:Books are for use.(図書は利用するためのものである。)
第二法則:Every reader his or her book.(いずれの人にもすべて,その人の本を。)
第三法則:Every book its reader.(いずれの本にもすべて,その読者を。)
第四法則:Save the time of the reader.(読者の時間を節約せよ。)
第五法則:A library is a growing organism.(図書館は成長する有機体である。)

この五法則については2014年に再解釈する試みがありましたが、再解釈版にある「情報行動の中で資料を発見しやすく,入手しやすく,使いやすくせよ。」という表現も現代的でよいでしょう※12。
ここにおいては、相互貸借や実際に借りに行くなどして、他図書館(ここでは主に学外のそれを指しますが、図書の移管先として想定されている駒場や柏といった他キャンパスも想定のうちにあります)の資料を利用すればよいのではないか、という意見への反論を行うことができます。確かに、今でも私たちは日常において他図書館の資料を利用しますが、それはあくまでも総合図書館を利用したうえで補助的に使うものであり、(代替措置の程度にもよりますが)一事が万事、1年という日常的な資料の利用においては短くない期間、このような形で情報行動を制限されるというのは、総計での機会損失はかなり大きなものとなるのではないでしょうか。
他キャンパスに図書を移管している例として教育学部図書室がありますが、移管図書の一部については「倉庫に箱詰めになっており、配送に大変時間のかかる状態」になっているという公式サイトの記載があります※13。総合図書館の資料を移転する際も、同様に利用しづらくなることは想像に難くありません。


閉館への「賛成」意見にどう応えるか

1年間の「閉館」措置の是非に関して最後に検討しておくべきこととして、措置に対する賛成意見、すなわち「工事を1年間で行うことにはメリットがある」というものへの対応があります。
確かに、工事期間中に本郷で学ぶ世代にとっては、「キャンパスで工事が行われている」状態そのものが望ましくありません。長いよりは短い方がよいでしょう。あるいは、これから本郷に来る世代にとっては、自らが学ぶころには工事が終わっている方が望ましいでしょう。
しかし、1年間で工事を遂行することのデメリットはやはり大きなものであると考えます。なぜなら、それが世代間の格差を拡大する施策であるためです。
「東京大学の組織・運営に関する基本原則」として2003年に制定された「東京大学憲章」※14において唯一「図書館」の語が出てくるのは、「Ⅲ 運営」の以下の箇所です。

18 (学術情報と情報公開) 東京大学は、図書館等の情報関連施設を全学的視点で整備し、教育・研究活動に必要な学術情報を体系的に収集、保存、整理し、構成員に対して、その必要に応じた適正な配慮の下に、等しく情報の利用手段を保障し、また広く社会に発信することに努める。
(後略)

ここでは、構成員に対する等しい保障が述べられています。工事期間を集中させ、その期間の利用制限を大きくしてしまうことは、一部の世代にのみ情報資源の利用上の負担を集中させることとなります。憲章に示された等しい保障の観点からは、これは適切ではありません。


学生の議論への参画

次に、利用者の議論への参画について述べます。
大学における意思決定においては、学生にも参与する権利と義務があります。これは「全構成員自治」という理念によるもので、1969年、新左翼系全共闘を除く大部分の学生と大学当局との間に結ばれた「東大確認書」※15に端的に表れています。

「大学当局は、大学の自治が教授会の自治であるという従来の考え方が現時点において誤りであることを認め、学生・院生・職員もそれぞれ固有の権利を持って大学の自治を形成していることを確認する。 」(「七学部集会における確認書」十―2)

東大確認書においては一部学部が排除され、またこの文言についても全ての学部が署名を行ったわけではなかったため、この文書のみに依拠することには問題があります。
では、先述した「東京大学憲章」においては、全構成員自治の理念はどのように表れているのでしょうか。「前文」には、「教職員が一体となって大学の運営に力を発揮できるようにすることは、東京大学の新たな飛躍にとって必須の課題である」との文言があり、ここに学生は含まれていませんが、「Ⅱ 組織」においては、以下のように記されています。

12 (大学の構成員の責務) 東京大学を構成する教職員および学生は、その役割と活動領域に応じて、運営への参画の機会を有するとともに、それぞれの責任を自覚し、東京大学の目標の達成に努める。

このように、教職員、そして学生による責任ある運営への参画がうたわれていますが、今回の決定は、利用者たる学生(おそらくは教員の大半にも)には全く伝えられることがなく進められていました。
似たような事例として、2014年度の後半にはいわゆる「新学事暦」の導入問題があり学生が声を挙げたものの、それはほとんど聞き入れられることがありませんでした。
このままでは、今後も同じようなことが起こるかもしれません。そうならないように、学生が有効な形で議論に参画できるシステムの例を、今回の総図問題に際して創り出すことが必要です。

最後に、つい先日と言える2016年11月10日、全国の大学図書館から教職員と学生が集まって開催された「第1回 全国学生協働サミット」※16において提出された「学生協働に関する宣言」文案※17を紹介します。同サミットには東京大学附属図書館も、その学生協働組織であるアカデミックコモンズサポーター(ACS)として参加していました。
文案は、とても簡潔なものです。

「私たちは学生協働を通して図書館をよりよくしていきます」

今こそ、図書館の在り方を考えるために学生の声が役割を持つべき時です。図書館と学生は、ただ単に「闘う」のではなく、共に考え、議論を共有し、力を合わせてこの難局を打開していくべきです。
まずは何よりも、徹底した情報公開が果たされ、今後の議論への足場が築かれることを望みます。

(文責:東京大学文学部3年 木村悠之介)


※1……11月18日付のリーク情報で既に示唆されています。東京新聞、2016年11月30日夕刊1面でも「補正予算」への言及があります。「平成28年度国立大学法人等施設整備実施事業
<補正予算(第2号)>」(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/10/21/1378482.pdf)には単年度事業として「図書館改修III-2」の名を見ることができます。
※2……http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/koho/gaiyo/kensyo.pdf
※3……なお現在、人々の交流の場としての図書館の新しい役割が、新図書館計画における別館ライブラリープラザ(仮称)において開かれようとしているところです。とはいえ、今回の決定を受けてライブラリープラザ(仮称)は通常の閲覧室として使われる予定である、という話も聞きます。
※4……ブラウジングの利点は、「情報検索とは異なった方向から関心事に該当する情報を偶発的に得ること」ができるということです(『図書館情報学用語辞典』第4版)。
※5……ACS「附属図書館スタンプラリー」冊子、3ページ。
※6……学内の図書館室で最も多くの雑誌を保有しているのは、総図別館に先駆けて自動化書庫を運用しており、全学から自然科学系の雑誌を収集している柏図書館です。
※7……1963年の「東京大学附属図書館改善記念式典にあたって(式辞)」において、「中央図書館」を「総合図書館」と呼ぶようになったと書かれています。
※8……岸本の事績について詳しくは、佐々木弘一さんの「総合図書館閉館予告問題によせて ―自殺行為としての閉館予告―」(2016年、https://note.mu/koichi_sasaki/n/n143ae97239a5)をお読みいただくのがよいでしょう。本稿で引用した言葉は金子豊編『岸本英夫図書館関係著作集 ―大学図書館のあるべき姿を求めて―』(2015年)より。
※9……前掲「東京大学附属図書館改善記念式典にあたって(式辞)」より。この部分を含む引用によって、前掲佐々木さんの論文は始まっています。
※10……「大学における図書館の地位と責任」(1961年)より、大学図書館の「望ましい点」として挙げられた項目のうちの一つです。
※11……引用は、吉植庄栄「時代は変わり順序も変わる:『図書館学の五法則』再解釈の試み」(2014年、http://current.ndl.go.jp/e1611)によりました。
※12……前掲吉植論文によります。
※13……http://ikuto.p.u-tokyo.ac.jp/、「柏キャンパス一時移転図書の利用について」より。
※14……http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/u0740585001.html
※15……http://www.geocities.jp/todaijichikai/kakunin.html
※16……8日から10日にかけてパシフィコ横浜において展示会が開かれた「第18回図書館総合展」の一環として催されたものです。
※17……多くの学生協働チームが集まり、宣言の採択を行うにはサミットの時間が足りなかったため、第1回サミットでの採択は見送られています。(12/5追記、初稿では「採択」と記述していましたが、ご指摘を受け修正しました。申し訳ございません。)



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洛魚

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