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ミトコンドリアなアンドロイド


アンドロイド?ミトコンドリア?


北は、店の女の子みんなに人気があった。

「王子様みたい」

そんなことを言う子もいた。

姿勢のいい、いつも歩くと言うより店内を駆け回っている北のことを

「ケンタウルスだよ」

そういう表現をする人もいた。

私はというと

「アンドロイドみたいな人だよね」

そう言ってた。

北はいつも丁寧で優しい。

と、みんな思っていた。

でも、笑顔をのぞき込むと、目は笑っていない。

繁忙期、社員しか出来ない作業を頼むと、むっとした表情を浮かべるが、それを隠すように手早くその作業を終わらせる。

感情のない、仕事人間。

話は変わるが、この時携帯コーナーにいたある女の子が、

「なぎさんがよくいう…あれ」

「なに?」

「ミトコンドリア!」

しばらく、「アンドロイド」と間違えていることに気がつかなかった。

「王子様でケンタウルスでアンドロイドのミトコンドリア」は、毎日店を駆け回っていた。

退職


その店は正月に社員旅行があった。

年末年始の繁忙期を頑張った社員への慰安だろうが、2回に分けていくのだが、携帯コーナーとパソコンコーナーの人間が一度に行ってしまった。

派遣で携帯販売に来ている女の子たちも、ご家族の急な不幸、体調不良で休みを取ってしまう。

もう、この店の専属になった方がいいのだろうか、と思いつつ開店前の準備をしていると、仲良くしていたレジの女の子がやってきた。

「ひとりで大変だねー」

そう言いながらおせんべいをくれる。

「慣れてます」

苦笑いしてパソコンコーナーを見た。

「それより、パソコンコーナー、2日間誰もいないのはやばくないですか」

「そうなんだよねー。北くんも有休消化中だし」

「旅行じゃなくて?」

「今月末に退職するんだよ、北くん」

びっくりした。

仲がいいわけでなかったが、2年ほど顔を合わせていた北の、いきなりの退職話は驚いた。

「みんなも知らなくて。社長だけ聞いていて、ずっと止めてたみたいだけど無理だったみたい」

あれだけいいように皆に使われていたら嫌になるかも。

当時、私自身も「いいように使われすぎ」を実感して、転職活動をしていたので、少しだけ同情した。

お前まで辞めるな


北が予定通り退職した。

私は相変わらず、主にその店に通っていた。

北がいなくなった店は、面白いくらい回転しなくなった。

販促のポスターの出力できる人!

メディアの在庫ってどこにある?

今日誰か残業出来ない?無理?

誰かがずっと叫んでいるような店で、北の後輩の、私の仲のいい男の子(仮に敏也にする)が、北の穴を埋めるように働いていた。

敏也は、それまで要領よく、自分の仕事だけして、数を売り、他の雑務に手を出さない子だったが、北の退職後、いきなりそういう雑務を率先してやるようになった。

「僕は北さんが好きだから」

いつか、敏也はそんなことを言っていた。

敏也も大人になったな…など思っていたら、1ヶ月後、敏也の送別会の誘いがあった。

「北さんのいないこの店には興味ない」

北が退職を決めたときから、敏也も店を辞めることを決めていたらしい。

すでに、県外に転職先を見つけて、アパートの契約もすんでいる敏也を、止めることは出来なかった。

「お前まで辞めるなよー」

送別会で私が皆に声をかけて集めたお金でプレゼントを渡したら、らしくなく涙ぐんだ敏也にそう言ってしまった。

そして、私も、急速に雇い先のキャリアに興味をなくしていっていた。

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