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この世界を信じること。

「なんでこんなことをやっているのかさ、気になってさ」
となりに来たおじさんが、少しささやくような感じで僕に尋ねた。

すっかり日が傾いて、ちょうど落ちた頃だろうか。僕がいる高知市の帯屋町商店街を抜けたところ、建物がうっすらと空のピンクを照らすようにやさしく色づく頃だっただろうか。

高知は前から来たかった。このコーヒーを淹れる旅で。
秋ごろここに人に会いに来たときに、駅前を歩きながらなんだか目の前の空間が広がっていくような、そこからイメージが浮かんでくるような感覚がうっすら景色に重なるようにした気がして、それから僕はここに来るのを楽しみにしていた。

午後に高知市街に到着し、商店街を抜けたこのなんとなくスキがあって空が抜けている場所でコーヒーを淹れることにした。

高松で僕のコーヒーを飲んだおじさんから「こんな子がいたんだ!」と話を聞いていたという女性。受験に失敗し、けれども理由はつけられないけど1年また勉強して広島にいくと決めたばかりの女の子。チャリでリアカーを引きながら旅する高校生は埼玉からここまで来た。近くでビラを配っていたおばちゃんはいつのまにかこっちの輪に入ってみんなで楽しそうにお話してる。そんなバラエティあふれる高知のコーヒーが運ぶ出会い。

「どうしてフリーなの?」

みんなが笑顔で帰ってくだされば。そしてみなさんの話を聞くのが楽しい。
とサッと答えたら、もうひとつ質問が帰ってきた。

「けど先立つものが必要でしょう?スポンサーがついてるの?」

そこで僕はお金の話をすることにした。
無一文からこの旅をはじめたこと、それからずっとフリーコーヒーをしながらお返しで旅を続けさせてもらっていること。

「しばらく僕はこの街にいるし、いろんな人にここで出会うけれども、君みたいな考えを持ってる人には出会ったことがないな。なんというか感性というかね」

そのおじさんは静かだけれど、穏やかでものごとをしずかに観察するような、そんな心を感じる人だった。だから僕はこう続けた。

「僕だからできた。では嫌なんです。僕はどんな人にも当てはまるような、それが違う宗教や暮らしの国であっても通じ合うような、そんな変わらないものを見つめたいし、自分なりにつかみたいと思ってます。だからこれは自分なりの実験なんです。」

そう話した。それからしばらくしておじさんは帰られるときに、コーヒーご馳走さまと1000円をくださった。この日は結局、夜11時まで人が途切れることがなかった。頭が痺れるくらいの疲れを感じながら、けれども今日いただけた言葉、思い、そしてモノが自分のもとには残っていて、しずかにライトを照らして片付けながら穏やかだけれど満ち足りたような気持ちでしばらくそこにいた。

この旅のいつからだったろうか。ずいぶんチカラが抜けた気がする。

ただよろこんでもらいたい。それだけ伝えられたらそれでいいと思えるようになってきた。何も自分の思いや、この旅の背景を伝えたいわけじゃなくて、ただ僕のコーヒーを飲んでくださった方の心に少しだけあったかさが届いたらいいな。そう思いながらコーヒーを淹れるようになった。

今日が今日でよかった。

そう言って1日を終わりたい。そう思うために必要なのは、明日何をするか決まっていることではなくて、手元に何が残っているかでもなくて、ただ自分がどんな思いをもって今日という1日を過ごしたか。それだけなんだと思う。

昨日最後のほうで来た女性が涙を流しながらこう話した。

私は本職があったのだけれど、理由があっていまはバイトで飲食店で働いているんです。一生懸命働くんだけれど、手取りはずっとずっと少なくて、そのことがいつも不安で。私もそんな思いを持って生きたいはずなのに。

彼女は1時間ほど前にサッと僕の前に立ち止まったのだ。そして「まだやっていますか?あとで帰ってきますね!」と少し話してどこかに行かれて、今度はドーナツを買って戻ってこられた。

僕は彼女にこう伝えた。

僕ね、嬉しかったの。お姉さんが約束を守ってくださったこと。帰ってきてくれたことがね。だからもう僕はお姉さんからたくさん受け取ってるの。そしてこのドーナツはね、ただのドーナツじゃなくてお姉さんの思いがつまったドーナツ。ぼくはね、この世界に思いがあることを信じたいの、モノに宿る思いを信じたいの。だからお姉さんがそれを大切にしてる人だって僕はもう知ってる。だから大丈夫。ね、大丈夫。

それは祈りのようなものかもしれない。フワッと風にのって飛んでしまいそうな、ほんのわずかなもの。けれど僕はコーヒーや言葉に祈りを込める。たったそれだけのことで、少しだけれど世界は動いている気がする。思惑でも、見通しでもない、そのただ純粋な思いと行動が、僕は少しだけれど世界を変えると信じてみようと思いはじめてる。

自分の状況を変えたい、ひねり出すようにはじめたこの旅。その旅が見せてくれた世界は、出会わせてくれた人は、また僕に新たな気づきを運んでくれる。

僕は信じたい。私いつだって損してるんですと寂しそうに笑ったあのお姉さんが、大きな大きな目で見たときに少しずつかもしれないけれど積みあげていっているものを。何になるかもわからない僕の日々のコーヒーが少しだけでも人の心に染み渡っていくことを。それを心から。


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