Daily Lifeのなかでやること。

前回の記事で、僕の次の旅は日本を旅する、財布を家に置いて行く。ということについて書いた。

【前回の記事】世の中に【思い】は生きているか?

それで旅のなかで何をするか。もう一度、人と出会い、時間や思いをともにする、ということを見つめ直すことのできるような、旅をしたいと思っている。じゃあ、人に話しかけるの?誰か紹介してって言うの?とすでに話した人からは言われたりするのだけれど、じつは、わりとざっくりとしている。決めているのは、コーヒーとカメラを通して、時間と思いをともにしたいということだけだ。

いまの日本で、全く見ず知らずの人と出会い、素のままでやりとりをするには少し仕掛け(のようなもの)があったほうがいいと思ってる。自分はよくても、相手がもう一歩自分に踏み込んできてくださるような仕掛け。そこで自分が考えたのはネタのためのネタではなく、自分がすでに持っているネタ。ひとつはコーヒー。そしてカメラ。簡単に言うと、移動喫茶店と移動写真館が合体したような自転車で旅をしたいのだ。

社会や文明は「ひとの暮らしをより豊かに」するためにある。と僕は言い聞かされてきたし、こう誰かに言えば「その通り」と返してもらえることが多いと思う。けど、なんとなくだけれど、それがしっくり来なくなってる自分がいる。

例えば、学校現場ではどうやって「社会」のために、役立てるような人を育てていくか、みたいなことが語られる。社会がよくなれば、そこで生きている人も豊かになれる。そして国においてもそう。みたいな感じ。

けど、僕は社会も地域も個人の集まりで、そのひとたち、ひとりひとりが自分なりの人生の目的や役割意識を持って生き、なんとなくでもいいから人生の楽しみみたいなものがそれぞれにあって、おたがいに接点を持ちつながり生きていくことで、それが地域とか社会とか呼ばれるほうがしっくりくる。

僕はこれまで自転車で旅をしてきて、言うなれば先進国と発展途上国を行ったり来たりするようなタイムマシーンみたいな旅をしてくるなかで、なんとなく自分に残った人の営みや、家族のありかたなどが普遍的なものなのかもなぁなんて思ってきているのだけれど、それをあらわすためになにかひとつ言葉を選ぶとするとこれだ。

「行動に思いが宿ったとき、人は輝く」

ということ。つまり、誰のための何をしているんだろうと思い続けないといけない人生では、物質的に豊かだったとしても何か物足りなく、逆にモノがない(貧しい)なかでも、役割意識や思いを持った生き方をしている人たちはキラキラと輝いて見えるということ。そして、それを軸に考えると、自分の生きている世界が狭いほうが(世界が狭いとそこに生きている人同士の顔がつながるから)役割意識を持ちやすい。

人が昔からやってきたことって、基本は「自分のため」か「誰かのため」のふたつだったのかも。そこにあとから社会というものが入ってきたのかも。だったら現代において、自分が「出会ったひと」のために自分が精一杯の思いを込めて何かをさせてもらったときに、そのひとの心が満たされれば、そのあと何が起こるのだろうか。というのが今回の旅の実験だ。

具体的には、出会った方に時間と手間と心のこもったコーヒーを淹れる。そうして話してもらったエピソードを持ったうえで、写真を撮らせてもらい、それを印刷してお渡しする。

どちらも手間と時間がかかる。そして相手の人生の時間も使ってしまう。けれども、そこで相手の思いが満たされたとき、つまり昔みたいにただ自分や眼の前のひとのために心から何かをしたときに、相手が心からよかった、と思っていただければ、何かのアクションとして返ってくるのではないか、それがもし自分が生きていくことにつながればいいのではないか。そこにお金のやりとりは必ずしも必要じゃないかもしれない・・・という仮定でやるのが今回の旅。

一度ではなく、時間を置きながらこんなふうに少しずつ、今度の旅について書き足していこうと思う。


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西川 昌徳

旅するように、生きること。

自転車で地球を走りながら、生き方の冒険をしています。旅のなかでの気づきや、日々生まれる思いを、なるべくありのまま綴ります。