見通しを持たないことで、うまくいく。

「見通しをつけていないのに、現実がしっくりと展開していく」
ことについての続きです。前回は「場所」が持つ役割について書きました。

今回は「見通しをつけないこと」について。
僕はどちらかというと頭で考える「頭でっかち型人間」です。
正直に言ってしまうと、今やっているような自転車ひとつで世界を走り生きていく、自分のことを誰も知らない土地で生きていく旅をしていたら「直感型人間」になるもんだとタカをくくっていたら、ぜーんぜんそうなりませんでした。

これはずっと自分を縛っていた感覚で、けれどこれまでの旅を振り返ったり、トークライブでお話するような心にグサーっと刺さった出会い、体験というものはだいたいにおいて「起こってしまったこと(偶然起こったこと)」だったりするわけです。

さすがに、吉本ばななさんに「西川くんって鈍感だよね。トラブルにしっかり巻き込まれていくものね。」と言われたときには、「え!?僕って旅でそういう感覚は養われているはずだけれど!そうなのか!?」とビックリしたものですが、たぶんそうなのでしょう。

こうして僕は鈍感でトラブルに巻き込まれることで自分の体験を積み重ねてきました(半分嘘です)。そして自分のことって自分で分かっているつもりだけでやっぱり分かってないんだろうなと思ったりします。

さて、僕はやっぱり人生で心に残る体験。今日が今日でよかったなぁほんと。
という思いを積み重ねていきたいし、自分にしっくりと来る日々を過ごしたいと思っています。
明日お迎えが来たとしても
「まあ自分の人生こんなもんか。けど楽しかったな。ありがとう。」
と納得してあの世に帰りたい。

けれども、どうしても頭で計算するように持っていってしまうのが西川昌徳の今回の人生で持った宿題のようなものなのかもしれないと思い(思ったわけではないですが)今回のフリーコーヒーの旅では、予定はなるべくざっくりとしか決めない。
できることなら予定やルートを事前にたてない。というゆるいルールを決めました。

最初のうちってソワソワするんですよ。それこそザワザワしたりもします。
だって、会う人会う人に「明日は?」「次の行き先は?」って聞かれるし、心にむかって耳をすましたところで「なにも浮かんでこない」んですから。そりゃ途方にくれますよ。どうなってんだこれ。どうしようもないじゃんか。って。

けどそれでもちょっと粘ってそれこそ、あっち行ったりこっち行ったりしながら、あぁやっぱり違ったか、うーんこれどう考えても頭使ってるな自分、みたいにちょっとだけそのことを観察するような気持ちで予定を立てずにいたら、少しだけキッカケをつかめるような気がします。

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西川 昌徳

自分が自分でいられること。

旅の日々で自分の心に浮かぶ思いや気づきを読み物として。僕の旅の生き方のなかで、読んでくださる方々の心に心地よい余白が生まれればいいなという願いを込めて。課金マガジンですがFREEスタイルなので記事を最後まで読んでいただけます。
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