こびと

こんな事を言っても誰も信じてくれないだろうから、今までに一度も家族や親友に打ち明けたことはない。だけど、いよいよ正体を明らかにしないといけない。
あなたは小さい人間を見たことがあるだろうか? 背が低い人間ではなく、昔話の一寸法師やガリバー旅行記に出てくるようなとても小さな人間のことだ。
僕が一番最初にそいつを見たのは小学生の体育の時間だった。その日は鉄棒の逆上がりのテストがあって、練習しても一向にできる気配のなかった僕にとっては地獄の時間だった。集合して地べたに座りながら先生の話を聞いているときに、集中力のない僕は草をむしっていた。すると、根っこの部分に草の根とは色の違う人型の何かがあった。僕は駄菓子屋に売っている水に浸すと大きくなる人形だと思って手を伸ばした。そのとき先生が僕に気づいて注意して、目線が外れてから再び草のほうに目をやるともうそこに人形はなかった。一人ずつ順番に名前が呼ばれて逆上がりをやっていく。いよいよ僕の番なったとき、できもしないのが分かっているのに僕は一生懸命地面を蹴った。そのとき、あれほど無意味にバタつかせていた足が浮力を得たかのように軽くなり、僕の身体はぐるりと遠心力につつまれた。
これだけじゃない。集団下校のときに頭上にある電線の上を移動する影を見つけて、僕は立ち止まって見上げると小さい人間が綱渡りをしていたのだ。その直後、前方から大きな音がして車が児童の列に突っ込んでいるのが見えた。
次に会ったのは車の免許を取ったときだ。仮免で教習所の外に出られるようになって二時間目の授業だったと思う。その時は予約が埋まっていて、夕方の薄暗い中を走ることになりビクついていた。
ハイビームに照らされて前方のほうに白い何かがあるのが見えたので僕はスピードを落とした。教官はもっと上げろと言っていたがそれはできなかった。踏まないように気をつけて通過した時に、鬼教官が胸をおさえて苦しみ出した。すぐさま僕は近くのコンビニに行って救急車を呼んでもらうことにしたら、なぜかそこに救急車が停まっていてすぐに教官は運ばれた。あとで分かった話だが、コンビニ側は連絡していないのに緊急搬送の連絡があったという。イタズラ電話だと判断して帰るところだったらしい。
小人を目撃するときまって、災難から守ってくれた。それが二十代になると全く逆だ。きまって不幸が起きるようになったのだ。
子どもの頃から一緒に育ってきたゴールデンレトリバーが亡くなったのが最初だった。それは成人式の会場でそいつの影を見かけた二日後だった。当初は寿命だと考えていたが不幸は続く。
通り過ぎる影を見かけるとコートの上着のポケットになぜだか職場の金庫の鍵が入っていたり、同僚に「言いたいことがあるなら言ったらどうだ!」と怒鳴られたり、挙げ句の果てにはよく分からない噂話が広がって、いつの間にかクビになった。全く理解できなかったが、どうやら影を見かけると良くないことが起きるようになったのは確からしい。だから影を見たら最大限注意をしようと僕は考えた。
ーーのだが、実家を放火されてはどうしょうもなかった。両親は死んだ。犯人は捕まっていない。いや、僕は犯人を知っている。放火犯が別にいたとしても僕からしてみれば小人が犯人だった。それからというもの僕は小人を憎むようになった。
仕事を失ってからは日雇い労働で食いつなぐ毎日だった。夜の公園でベンチに座っていたら不良に囲まれたこともある。その時にはすでに自暴自棄になっていたから、逆に馬鹿な奴らをぶん殴るのが気持ちよかった。その時に目の端を通り過ぎた影は小人と言うには大きすぎる。あいつは確実に以前よりも大きくなっていたのだ。
僕は三十歳になった。誰も祝ってくれる人はいない。僕に関係した人は死んでしまう可能性があったから、恋人は作らなかったし、浅い人間関係で済むから日雇い労働はちょうどよかった。
その夜、顔の白いあいつに会った。服を着ているようには見えない。赤い目をしていてこっちを見ている。そいつは僕が三十歳になるのを待っていたようだった。
立ち止まり、あいつの目を見ていると身体の中から殺意が湧き上がった。今までの不条理を全てぶつけるために僕はそいつに飛びついて、力いっぱい殴りつけた。痛みなんて関係ない。ひたすらそいつのアゴを砕いて、後頭部を打ち付けて、首を絞めて殺すことだけを考えた。
「キャー」という女性の叫び声が聞こえて我に帰ると、そいつは小人ではなく以前の職場の同僚だった。一体、何がどうなっているのか分からない。血の気が引いて怖くなり、その場から逃げたが翌朝僕は逮捕された。
独房の中で僕は一人きりのはずなのに、後ろから視線を感じる。ずっとだ。
ずっと感じる視線の正体を証明するために告白したい。

#小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?