人間の証明

わたしは街角で小さな食堂を経営しています。人気のメニューは天ぷらそばで、長くお客さんに愛されているメニューでもあります。もともとこの店は父と母が開いた店で、父が亡くなった際にわたしと母とで畳もうかと悩みましたが、常連のお客さんからの後押しがあって今に至ります。そうはいっても商売です。最近はポツリポツリと客足が途絶え、メニューを減らしながらも何とか経営しているのが現状でした。
そんな時、一人のお客さんが現れました。その人は高そうなスーツを着ていましたが、髪の毛はボサボサでヒゲも手入れしていないような、異様な雰囲気を醸し出していました。天ぷらそばを注文されたのですぐにお出ししました。それから二、三分くらい経った時に、いきなり肩を揺すり始めたのです。明らかに様子がおかしいので「どうかされましたか⁈」と、わたしは蕎麦のアレルギーか何かだと思って駆け寄ったのです。そうしたら、天ぷらそばのかき揚げを指差してその人泣いていたんですよ。
「髪の毛が入っていて…」
「あっ!すいません。すぐに作り直しますので少々お待…」
「違うんです。あなたが人間で、つい感動してしまったんです…!」
「どういうことでしょうか?」
「僕はずっと都市部のメーカーでプログラムを書かされていて、仕事場には人間と同じ顔をしたAIしかいないんです」
「はぁ…」
「専門的な知識を持つ人間は企業によって隔離され、ずっとプログラムを書かされています。この世には自分以外の人間は存在しないのだと…。頭がおかしくなりそうで、どうにか抜け出してきたんです」
「そうでしたか、都市部ではそんな大変な事が起こっているんですね。全く知りませんでした」
「AIだったら食品に異物を混入させることはありませんから、あなたが人間だと確信しました。急に泣いたりしてすいません」
「いえいえ、謝るのはこちらのほうです。本来あってはならない事ですから、お代は結構です。ゆっくりお食べになって下さいね」
「では、お言葉に甘えて…。こんな気持ちも久しぶりです」
本当に寂しかったのでしょう。そのお客さん、涙を流しながら麺を啜ってました。「また来ます」と言って、店を出て行きました。

「へぇー。そんな事があったんですか」
俺は白々しく相槌を打った。そして会話は続く。
新型のAIは本当に人間にしか見えない。何から何まで人間に見えるように設計されているから無理もない。人間とは何かを知るには時間がかかる。
「お話ししてて恥ずかしくなりましたよ。だって、あたし都市部のこと何にも知らないんですもん」
「無理もありませんよ。女将さんは学習中なんですから。最近はこの異常気象で人間がめっきり数を減らして、学習も捗らないでしょうに」
俺は麺を食べ終わった丼に残された、卵黄の溶けた濃いめのスープを飲み干した。
「ご馳走様。相変わらず美味しいなぁ」
「わたしは食べた事ないので分かりませんけど、そう言ってもらえてよかったです」
「じゃあこれ、明日のバッテリーね。それと、顔を覚えた客にはいちいち自己紹介しなくていいから。訊かれた時だけ答えればいいよ」
「はい、了解しました」

人間は自分達がAIのために生きるようになるなんて考えた事があっただろうかーー。
最近はよく考え事をする。
愛も金も必要とせず、魂に似せた電力で動くAIと、毎日バッテリーと引き換えに食料を調達する俺と何が違うのだろう?
都市部でさえ人間がほとんど居ないのだ。地方のこんな町に人間なんて居るわけないじゃないか。そう思うと同時にどこか人間が恋しくて仕方ない。
それだけが自分が人間であるという証明に思えてならない。
#小説 #ショートショート

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