⒈「私は私を繰り返す」

小さい頃から私はよく疑問を抱いていた。「どうして?」と訊くと先生は答えてくれたが、それは最初だけで、何度も何度も質問しているうちに「自分で調べてごらん」と促されるようになった。今思えばそれがきっかけで私はジャーナリストの道を目指すようになったのだろう。しかし、その初期衝動の要因でさえ私のことを考えてだったのか、それとも疎ましく思われたのか分からないのが現実だ。当たり前のことをいちいち質問されたのでは仕事にならないのは当たり前だ。でも、この当たり前に染まっていない子どもの目から見れば世界は疑問の塊なのだ。無意識の中では気づけないことを他人に教えるのが今の私の役割だと思っているし、私の頭の中には子どもの頃の自分が今も居て、その疑問を解き明かすことが私の原動力になっている。

今気になっているのは石だらけの村に住む男についてだ。もともとは普通の村だったらしいのだが、どういうわけかその男だけは村に残って生活をしているという。噂を頼りに調べてみると本当にその村は存在している事が分かったが、不思議な雰囲気を感じ取れた。
「ゴツゴツした石だらけの村だ。新しい環境を求めて移住するのは無理もない」
当初、私はそう考えた。おそらく多くの人間はそう考えただろう。だからなおのこと、村に住む男のことが気になって仕方ないのだ。何か理由があるはずなのだ。そこに残って生活する理由がーー。
この事を考え始めると、ああでもない、こうでもない、と想像が頭の中に浮上しては沈殿し、舞い上がった泥で濁度が上がる。確証が欲しくて仕方がない。居ても立っても居られなくなり、私は遥か遠くの村を目指すことにした。

電車で農村部の近くにさしかかると、そこには目に鮮やかな田園風景が広がっていた。ガタンゴトンという音に合わせて背景ではサラサラと緑が流れていく。見る人間によっては何もないと感じるかもしれない。多少は私もそう感じているが、頭の中にある天秤のもう片方にアスファルトの地面の上でぬるくなった排気ガスの吹き溜まりを乗せたら考えはすっきりした。私以外に乗客はいないので、とてものんびりした時間だった。ここではこれが日常なのだろう。
駅に到着すると私が見慣れない者だからなのか、駅員が話しかけてきた。
「こんな田舎に観光かい?」
優しそうな顔をした初老の駅員さんだった。
「こんにちは。この先に石の村があると聞いて来ました」
「ああ、たまに見に行く物好きがいるねぇ」
「私もそんな物好きの一人です。何か知っていることはありませんか?」
「うーんと…とくにないねぇ。昔のことだし、俺よりもっと年寄りだったら知ってるかもしれないけど今は知ってる人も少ないと思うよ」
「そうですか。近くに郷土資料館とかはありますかね?」
「それも昔はあったかもしれないけど、ここら辺りは人が少なくなってから部落やら地区やら統合されて、引き継ぎがどうなってるのか分からんね」
「ああ、そうなんですか。電車はここで終点なんですか?」
「そう。ここで終わり」
「バスはありますか?」
「あの村に直接行くバスはないねぇ。でも巡回バスで村のはずれまでなら行けるよ」
「そうですか。ところで駅員さんはお一人なんですか?」
「うん。昔は二人でやってたけど、利用客が減ってからは一人だね。でもね… ほら見てよ、あそこにネコがいるだろう?」
駅員はベンチの方を指差した。
「あ、三毛猫ですね」
「いやぁ、やっぱり寂しくてねぇ。話し相手にと思って、隣駅に配属になった相棒から貰ったんだよ」
「名前は…ミケですか?」
「よく分かったね。へっへっへ」
予想が当たった。
「それじゃあ、行ってみます」
「ああ、そうだ。時刻表があるから持っていきなよ」
「助かります」
そんな会話を交わして、私は巡回バスに乗った。駅員の話からすると石の村が他の村と交流しているようには思えなかった。『石の村』というよりかは、『石に囲まれた中で男が住んでいる』と表現したほうが的確だろう。バス停に到着するまでそんなことを考えていた。バスの運転手によれば、村のはずれの一本道を進めばたどり着くそうだ。サラッと言うもんだからてっきり近くなのかと思ったが、「ブロロロ」と音を立てながら小さくなっていくバスを森は簡単に飲み込んだ。既に時刻は昼を過ぎていて、夕方の冷たい空気が流れはじめている。ジャーナリストは常に最悪のケースを想定して動くものだ。仮に男が取材を受けてくれない場合を考えて、予め寝袋は準備してきたが、ゴツゴツした地面の上で安眠できるとは到底思えなかった。
その隙にまんまとヤブ蚊が私の左手の血を吸って逃げたらしい。私としてはあまり痕跡を残したくないのだが仕方ない…。

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