神が与えし能力

刺すような太陽の輝きの下で、乾いた風が砂埃を巻き上げる。雨はしばらく降っていなかった。
何度もそれを繰り返してきたが、何をどうすれば助かるのかを誰も知らなかった。この静かな森に不気味な生きものが現れるようになったのはいつからだろうか。
「おい、大変だ!またあいつが来てる!」
「ちくしょう!あの野郎、また食い荒らす気か。今の被害状況は?」
「俺の隣がやられたようだ。さっきから応答がないんだよ」
「俺たちも時間の問題か。何か方法はないのか?」
「そうだな… 毒はどうだろう? 毒を塗りたくって食わせればあいつは死ぬんじゃないか?」
「いいアイデアだ。もしかしたら作れるかもしれない。まぁ、少し時間はかかるが」
「不幸中の幸いというべきか、あいつはウスノロだからまだ間に合うだろう」
「よし、そうと決まれば急ごう。成功したら生成方法を教えるからお前がみんなに伝えてくれ」
「わかった」
不気味な生きものは静かではあるが確かに近づいていた。
「みんな聞いてくれ、毒の生成方法が分かったんだ。もしあのバケモノが来たらそれで身を守るんだ!」
「よし、間に合ったみたいだな」
「ああ、これで… んっ?」
「どうした?」
「あいつの足音が聞こえる!」
「近いのか⁉︎」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「どうした⁉︎ 大丈夫か?」
「くそ!この野郎!離れろ!」
「落ち着け、早く毒を食わせるんだ!」
「だめだ!効かない!」
「なんだって⁉︎」
「こんなはずじゃなかったんだがな… ああ、どうやら俺はここまでらしい」
「やめろ!あっちへ行け!バケモノが!」
「じゃあな相棒。お前は生きろ」
「ふざけんな!チクショー!」
悲痛な叫びも虚しく、バケモノは次々と仲間を襲っていった。ただ、毒が効いているのか以前よりも動きはゆっくりで、一日の大半を眠りに費やしているようだった。それがまたバケモノの不気味さに拍車をかけたのだった。
地上にある何もかもを溶かすような蜃気楼が見え始めた頃、いよいよバケモノは最後の獲物のもとへとたどり着いた。
「とうとう俺一人になっちまったのか。もうみんなの声が聞こえない」
「ガサガサーー」
「登って来たなバケモノ。何も俺は指をくわえて見ていたわけじゃない。仲間のためにもお前を殺す算段をつけていたんだよーー」
「ギリギリギリ…ガサガサッ!」
「親友が残してくれた毒のレシピの端っこに書いてあったのさ。テルペンを知っているか?」
「ガリッ!ガリガリガリガリッ!ブチッ!」
「こいつはなぁ、神が俺たちに与えてくれたーー」
「ブチッ!ブチッ!」
「お前を地獄に連れて行く魔法なんだよーー」
それきり声は聞こえなくなった。
異変に気付いたのは近くで農場を営む農夫だった。
「はい、こちらレスキュー。どうなされましたか?」
「大変だ!火事が起きたらしい!」
「落ち着いて。場所は?」
「場所は森の方向、早くしないと大変なことになる。できるだけ多くのヘリコプターで散水しないと間に合わない!」
「了解です。至急、車両とヘリコプターの手配を行いますが、もし近くに民家があるなら避難の呼びかけをお願いします」
「わかった、すぐに避難を呼びかける!」
森は瞬く間に火に飲み込まれ、その地獄の業火は衰えを知らなかった。人間の行う消化活動はまさに焼け石に水であり、その中継映像を目にした地域住民は不安に襲われた。
消化活動からしばらくすると、いよいよ消化に使う水も不足しだし、現場の隊員たちの疲労度も限界を迎えた。
その時だった。頬に当たる雨粒を感じて「神は存在する」と誰かが呟いた。
空から降り注ぐ雨により火の勢いは弱まった。これにより、隊員たちは森の中心部へと足を進めることができた。
「おいっ、こっちに何かがいるぞ!」
「どうした⁉︎」
「見ろっ、火傷しているみたいだ。すぐに病院に連れていこう」
「パシャ!パシャ」
帯同した記者が撮った一枚の写真はその日の夕刊の一面を飾ることになった。
焼け落ちたユーカリの森に雨が降り注ぐ中、勇気あるレスキュー隊員が手足に火傷を負った一匹のコアラを抱きしめるシーンは人々の胸を打った。
#小説

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