泣き声

「やーだぁー、買ってくれないと動かない!」
「いい加減にしなさい!そうやってぐずればお母さんが買ってくれると思ったら大間違いです!」
「やーだぁ!やーだぁ!やーだぁ!」
「お母さん行くからね!」
「ギャーーーー!」
母親はしつけの一環として心を鬼にし、ゲーム売り場の近くで腹ばいになって泣き叫ぶ我が子を放置した。泣けば自分の思い通りになるという考えは間違っている。良いことをすれば報酬が貰えるという、ごくごく普通の考え方を教えるのも一苦労だった。少しすれば自分のことを探すだろうと思い、フードコートに行って昼食を注文して待つことにした。
「はぁ、遅いわね。あの子まだあそこで寝そべってるのかしら。一体誰に似たんだか…」
息子が根負けするか、それより先に自分が根負けするかの勝負にも思えたので、もう少し待つことにした。
息子の好きなハンバーグ定食がすっかり冷めきった頃だった。
「遅すぎるわ、あの子迷子にでもなったのかしら?」
様子を見に行くことにした。
「あれ?いないーー」
ゲーム売り場の前に息子の姿はなかった。ゲームが陳列されている通路の一つ一つをくまなく探したがやはり息子の姿はない。
「すいません、あの…」
「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」
「男の子を見ませんでしたか? さっきまであそこの床に寝そべっていたと思うんですけど」
「さっきというと、あの一時間ぐらい前に泣いていた子ですか?」
「はい!そうです!どこへ行ったか分かりませんか?」
「ここからですと寝そべっていたかどうかは分かりませんけど、いつの間にか泣き声はしなくなりましたね」
「何分頃ですかね?」
「覚えてませんね」
「ここには来ませんでしたか?」
「私はずっとカウンターに立っていましたけど男の子の姿は見てませんし、防犯カメラの画面にも映っていなかったと思います。こちらですね」
店員はカウンターの内側にある画面を指差した。
「そうですか」
「もしあれでしたら、迷子センターを訪ねてみてはどうでしょう?」
「そうですね。ご心配おかけしてすいません」
母親は足早に立ち去り、言われたとおりに迷子センターへと向かった。
「そうよね。あんなに泣いていたんだから、誰かが迷子センターに連れて行ってくれたんだわ」
そう考えるのが一番自然であったし、駄々をこねる息子にとっても苦い薬になるはずだった。
「小さな男の子ですか?来てませんけど…」
「そんな…」
眼鏡をかけたベテラン職員の一言に母親は顔面が引きつった。
「では、今からアナウンスしますのでこちらにお子さんの年齢と特徴をお書きになって下さい」
息子が発見されたのはそれから二日後だったーー
「山中で発見されたのは、デパートで行方不明になっていた宮下圭吾ちゃん六歳。頭部の損傷が激しく、服装とDNA鑑定の結果本人と確認されました」
テレビから流れる我が子の名前を耳にして夫は怒りを妻にぶつけた。
「なんで!なんで!置き去りにしたんだ!」
「ううううううう」
「泣けば解決するのか⁉︎ 俺だって泣きたいよ。圭吾はもう帰ってこな…い。うう…」
泣き声をかき消すようにアナウンサーの声が部屋に響いた。
「容疑者はデパート内に店舗を構えるゲームショップの店員で、警察は防犯カメラの画像から犯人の操作を行っていましたが、該当の時間の記録がないことに気づき質問したところ自供をしたとみられーー」
#小説

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