うらしま

夜の海岸から声がする。
その声は簡単に波音にかき消されてしまうほどの小さな声で、そのうえ呟くようなボソボソとしたものだった。既に陽は沈んでおり、人々は姿を消していた。
あるのは夜空に浮かぶ満月と、ボランティアで見回りをする地元サファーが手にするライトの明かりだけだった。
「もしだ。もし、あの人がボクのことを助けてくれたなら、ボクはあの人にとびきりの感謝をしよう。そうだな。竜宮城に連れてってあげよう。普通の人間には決して見ることのできない世界をあの人だけになら見せてあげよう。助けてくれたのだから、それぐらいのことは当然だ。理由を話しさえすれば乙姫様だってきっと理解してくれるはずだ。それから… それから…」
「異常なし」
もうすぐ夏がやってくる時期の夜風は独特の湿り気を帯びており、時折強い風が吹いては砂つぶを暗闇に放った。
「ねぇ、みんなー!こっちになんかいるよ!」
「マジかよ今日は網持ってないよ」
「じゃあ写真撮るわ」
翌日、砂浜でサッカーをしていた三人の子どもたちは車の轍の中で息絶えた子ガメを見つけた。
「すげえカメだ。初めて見た!」
初めて目前でカメを見た男の子は驚きを隠せなかった。
「待って、この子動かない」
初めにカメを見つけた男の子は反応のない小さな身体を手のひらにのせた。
「死んでるみたいだね」
女の子はそう判断し、それから三人の間にしばしの沈黙が流れた。
「ねぇ、お墓作ってあげようよ」
死んでいるのに手のひらの上にある命を男の子は埋葬してあげようと提案した。
「うーん。じゃオレ、家からスコップ持ってこようか」
「写真撮ってあげたいから一回、海で洗ってあげようよ」
誰に言われるわけでもなく、子どもたちは自発的に子ガメの墓を作るための役割を自分から買って出たのだった。
しばらくして家までスコップを取りに帰った男の子が戻ってきた。
「おーい」
「あっ、けんたくん戻ってきた」
「スコップさぁ、探したけど一個しかなかったからあと二人はシャベルね」
「おつかれさま。あたしシャベルでいいよ」
「ぼくもアキちゃんと一緒でシャベルでいいよ。けんたくんのほうが深く掘れそうだし」
「わかったぁー」
「ほら見て、洗ってあげたの。可愛いでしょう?」
「ほんとだーー。すごいーー」
一秒前まで呼吸が荒かったけんたくんは、アキちゃんの手の上で全く動かない子ガメを見るなり息を呑んだ。
「なんで生きてないんだろうーー
あっ、それ。いいの?」
けんたくんは子ガメの下にある真新しいハンカチを指差した。
「いいの。この子にあげることにしたの」
「あとさ、けんたくんがいない間にこれ見つけたんだよ」
「なにそれ?」
「分かんないけど。オルゴールみたいな箱を見つけたんだ。その子をここに入れてあげようって」
「ちょうどいい大きさだな」
「うん」
「写真は?」
「撮ったよ。最後に三人で記念写真撮ろうよ」
「じゃ、穴掘るかぁ」
「そうだね。ボクね、海に近いほうがいいと思う」
「この子はきっと、海に行きたかったんだもんね」
「いっきまーす」
けんたくんが大きな穴を掘って、穴に崩れ落ちる砂を二人が掻き出した。しばらくすると湧き出てきた海水を合図に、三人はようやくその小さなオルゴール箱を埋めた。
「あの子お腹にシマシマがあったから名前はウラシマにしよう!」
「うん、いいと思う」
「賛成!ウラシマ!安らかに眠れっ!」
子どもたちは砂だらけの小さな手を合わせてお祈りをした。
その後ーー
「あっ!」
けんたくんが何かに気づいたーー
「どうしたの?」
それにアキちゃんが気づいたーー
「サッカーボールがない!」
けんたくんのサッカーボールはーー
「あっ!海だ!」
ゆうとくんの指差す先で波を越えて姿を消していったのだった。

#小説

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