新しいオモチャ

「ねぇママ、どうしてママはパパがおうちにいるとおこるの?」
娘に言われて気づいた。私は知らず知らずのうちに夫に嫌悪感を抱いていたようだ。
「ううん。怒ってないよ」
「でも、このあいだ、パパのへやのドアをバタンってしめたでしょ?」
「閉めたけど…」
どうしてあんなに好きだった男のことを今は何とも思わないのか。それどころか、休日に眠っている姿を見ると気持ち悪いとさえ思ってしまう。家族を支えるために働きたまの休日に寝て何も悪いことはない。そのはずなのに… 私はどうかしてしまったのだろうか。夫に対する愛は枯れていた。
「パパのことキライなの?」
「嫌いじゃないけど…」
娘のまっすぐな瞳は私の心を見透かしているようだった。
「わかれちゃうの?」
「別れるだなんて、そんな言葉どこで知ったのよ」
「ノブくんのパパとママはわかれたんだってきいたの」
結婚して三年経って別れる夫婦は多いし、もしかしたら自分もそうなのかもしれない。でも、たった三年で別れてしまうなんて世間体が保てない。薄情な人間だと言われた時にどうやって否定すればいいのだろうか。
「ノブくんはパパもママもすきだけど、それぞれ幸せの形は違うんだっていってたの。わかんないけど」
「難しい言葉を知っているのね」
確かにその通りだ。自分は両親や親戚や友達のために生きてるのではない。自分の人生を考えてみると、これからこの子が大人になった時に自分は四十六歳。その時に何が残るだろう。家には夫と私だけが残されて、余生を二人きりで過ごすのか… 考えただけで息が詰まる。仮に別れるとして、四十六歳で別れて一人きりで生きていけるだろうか。仕事はあるだろうか。
「だからね、ノブくんね、運動会さみしかったんだって」
ああ、そうだ、この子を孤独にすることだけはしてはいけない。それだけは避けなければ。
「じゃあ、ノブ君に優しくしてあげないとね」
「うん。やさしくしてあげる。きのうね、ノブくんのおうちに行ったらね写真があったよ」
子どもにとっては両親は世界に二人しかいない。離れてもかけがえのない存在に違いないんだ。
「ノブくんとぉ、ノブくんのママとぉ、あたらしいパパの写真」
「えっ?」
「あたらしいパパがね、ゲームかってくれたんだって。あたらしくてね、テレビからとびでるみたいなすっごいの。あそばせてくれたんだぁ」
「へぇ、そうなんだ。新しいパパはカッコ良かった?」
私は何をきいているんだろうか。
「いけめぇーん、いけめぇーん」
「そうなの。へぇ」
「新しいパパがね、運動会にね、できなかったからね、遊園地につれていってくれるんだってノブくんいってたの」
「じゃあノブくん寂しくないね」
「うんっ、!あたしも新しいパパほしー」
「こらこら、そんなこと言っちゃダメよ」
「なんで? ママはパパのこときらいなんでしょ?」
「パパに失礼だからそんなこと言っちゃダメよ」
こんなに小さな子どもでも離婚というものを理解して、新しい両親ともうまくやっていけるのか。もしだ。もし、別れるなら早くしないと相手が見つからない。ノブくんのママはどうやって新しいパパと知り合ったのだろうか。今更、娘に訊くのもおかしい。
「あれっ、そういえば今度バザーのお知らせなかったっけ?」
「ばざーあるぅー」
よし、その時にノブくんママに話しかけてみよう。
「ママに話したらその気になっちゃった。本当に別れるかもしれない」
「良かったね。なんでも新しいモノのほうがいいよね」
「うん、新しいオモチャ欲しいな」
#小説

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