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自分が使っているカメラのこと①

この職業を始めるまで「カメラ」というものを触ったことがなかった。というより興味がなかった。新聞を始めるきっかけでカメラを触り始めたのがことのはじまり。当時は携帯で写真を撮るぐらいで(撮っても記憶を記録するぐらい)で恵比寿新聞を始めてから自己流で一眼レフカメラと向き合うこと今は8年目になろうとしている。もう子供のような。いや、彼女のような。「コイツ」なくしては生きていけないそんな存在でもある。

一番最初に付き合ったカメラはnikonの「D90」。うれしすぎて初めて付き合った彼女に毎晩セックスを求めるサルの如くシャッターを押し続ける生活が続いた。いろんな場所にも旅行(取材)に行った。おいしい飲食店。街を賑わせる神輿祭り。夏の盆踊り。すべてが楽しい思い出になった。そんなこんなでD90と付き合って1年が過ぎようとしていたころ悲劇が突然やってきます。

恵比寿にある某有名チェーンの松屋という牛丼屋にうっかりカメラを忘れ、1時間後に気づき急いで戻った頃には時すでに遅し。カメラバッグごとなくなっていたのだ。店内には防犯カメラがついていたので誰が持って行ったのか検証してほしいと松屋本社に掛け合ったら「この防犯カメラ。偽物なんです」と言われてそれ以来、某松屋の牛丼は牛じゃないのかもしれないと思うほどショックに打ちひしがれた。

僕の不注意で「さよなら」も言わず去ってしまった「D90」。そんなこんなで落ち込んでいた時に秋葉原のショーウィンドーで目が合ったのはCANNON「7D」。「ニッコウ」という中古カメラ屋さんで出会うこととなるのだが、その価格帯「75,000円」オプション「EF-S18-200mm F3.5-5.6のレンズ付き」そしてシャッターを押した瞬間のオルガズム。「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」と言わないよ絶対的な出会いがあり即側室に迎えることに。広角域から望遠域までをカバーするそのレンズは今までにない僕に視野を与えてくれた。オナニーを覚えたての中学生のように望遠レンズを寄ったり引いたり寄ったり引いたりコスリ続ける日々が続いた。しかし、そんな日も長くは続かなくなる。いわゆるレンズに対しての「倦怠期」が訪れることとなる。

結局29~320mmの距離を僕たち行ったり来たりだけじゃないか。しかもいつも同じの背景ボケ。たまには違うボケも見たい。そう。ビートたけしの物ボケを毎日見続けるほど僕はタフじゃない。毎回シャッターを押すのが退屈な日が続いたある日。恵比寿にある「大沢カメラ」という戦後からある老舗のカメラ店でまた新しい出会いが訪れることになる。

つづく

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