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蛇花穴

suuさん「舌ピアスを塞いだ日の話」を読んで、思ったことをつらつらと。人んちのコメントにぶら下げるには個人的なことすぎるから。

仕事柄なのか人柄なのかなんなのかしらんけど、若いころから周りにはピアスとかタトゥーとかの人はわりとごろごろいて、それもおしゃれな人が多かったように思う。SUUさんのようにギャップがある人も多かった。ちらりと見えた時に「あれっ、あの人もだったのか」みたいなことも。東京に出てきて数年間で知り合った同年代の遊び仲間や仕事仲間にそういうギャップのある人が多かったかな。

SMやフェチの業界には身体加工は当たり前のようにいたし、そちらから離れた後は音楽関係でもピアスもタトゥーも当たり前のようにいる。(不思議なもんで、この二つの業界、お客さんにはあんまりそういう身体加工をする人がいないように見受けられる。もしくは隠れて楽しんでいるのかもしれない)

そんでここ1年ほどのバイト先である歌舞伎町。歌舞伎町をホームタウンとするヤング女子たちがピアスとタトゥーで武装してる。そう。これは武装。

若いころ、わたしのファッションは武装だった。ほかの同じ年代や同じ立場の人があまり着ないような洋服を着て、派手な髪色をして、なんか悪口を言われたり、悲しいことがあったりしても、負けないように強くいたくて武装してた。だから、あの量産型たちが武装してるのは理解できる。

最近周りにいるかわいらしい女子どもも。ピアスを増やしたりタトゥーを増やしたりしてて、良識のある大人からは眉をひそめられたりしてる。わたし?かっこいいね、っていう。それが武装でお守りだって知ってるから。いつかいらなくなる日が来たら外れる。タトゥーは消すの大変だけどさ。「本当は弱いんだよ、だから守ってあげなきゃ」とかそんな風には思わないんだけど、負けるなよー、と陰ながら声援を送るだけ。自分で超えるしかないから。ある日突然いらなくなるんでしょう、きっと。

わたし自身はどうかというと、武装こそしないでもよくなったが、元来好きなものというのは不要にはならないもんなのだなと40代も後半になって気が付いた。いまだもってして髪はいわゆる派手髪というやつだし、服も若干奇抜なのを選びがち。ピアスは10代の頃にあけたが、粗忽が過ぎてハタチすぎでふさがってしまった。ある程度年を取ったり、人生であれやこれやをふるいにかけているうちに、要不要が選別されていくんだなーというのを実感した次第です。

ああほんとにただつらつら書いただけだったなあ。


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