デモン・フェラー 伐鬼の斧

分厚い雲が晴れることはなく、陰も日向もない灰色の日々が続いていた。
昼とも思えぬ薄暗さの中、少年エモーは小さな体に襤褸をまとい、通りですりの獲物を物色した。
肋の浮いた牛が道に転がるゴミを難儀そうに避けながら牽かれている。向かいでは怒り顔の坊主が気の滅入る辻説法をしている。肌寒い乾いた風が、カラスの鳴き声と鼠の死骸の腐敗臭を運んでくる。
後ろの酒場では、腹を満たす以上の喜びは提供していない。ここのぶどう酒も気づけば随分と薄くなった。スープに犬猫の肉が入ることが珍しくなくなったのはいつからか。
入店する労働者の長いこと体を洗っていない強烈な体臭が、鼻よりもまず目を刺激した。

エモーは全てに辟易して街から目を背けたが、外に目をやったところで、色あせた草原と、それを蝕むように残る薄汚い雪が見えるだけだった。

世の中は悪くなる一方だ。
貴族や成金ですら先を争って僅かな金をかき集めている。奴らもそれだけ注意深くなり、その目をくぐって財布をすってもケチなものしか入っていない。

通りに目を戻すと、突然、光が指したように鮮やかな色彩が目に飛び込んだ。
冷たく銀に輝く美しい髪に、日焼けのない肌。男の体にあわせて編まれた、継ぎ目のない光り輝く帷子。赤や黄色で彩られたくすみのない外套。力強く逞しい黒馬。朗らかで愛のこもった笑顔。爽やかな春の草原の香りすら感じる。
彼の周りには自然と人だかりができ、彼の側では物乞いも名士になり、街娼でさえ王妃となった。
そこに物語が歩いていた。

エモーも彼に引き寄せられた。
しかし男の顔を見たとき、エモーは得体のしれぬ恐怖を感じた。彼の美しい笑顔が、生きた仮面のように見えたのだ。異質な何かが人の皮をまとっている。
エモーはすりのことなど忘れ、一目散にその場をあとにした。

男の目は走り去る少年を捉え、そして少年が懐に大事にしまっている木彫りの首飾りを、布越しにはっきりと見つけ出していた。

【続く】

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